舞う紅
村人たちは未だに熱が下がらない。
彼らの視線を辿れば、辿り着くのはひとりの少年。光鷹は椿たち群衆にあの温かい眼差しを送り続けている。
「なんだか、遠いね」
周りと同じくはしゃぐ小枝には全く届かなかったが、変な話で椿はその事に安堵した。
自分が何をしたいのか図りかね、例の少年からそっと視点を変える。特に何を見ようとした訳ではなかったのに。
チカッ、群衆に紛れて"何か"が小さく、しかし鋭い光を放った。
―――光った……?いや、違う。
日光を反射したのだ。けれど一瞬の灯火は既に跡形もない。
不思議に思いながら呆然としていた椿の視界の中、"それ"は忽然と姿を表した。
身の毛が弥立つなんて言葉では言い表せない。
この身体のどこに隠していたのかと思う程の冷や汗が、滝のようにどっと流れ出た。
アカ
脳裏に紅が舞ったが、それが何なのか確かめる術もない。
椿が出来たことは叫ぶのみだ。
「―――、ふせてぇっ!」
光鷹目掛けて"それ"は飛ぶ。
椿はその様子を眺めるだけ。
遠くで誰かが叫んだ気がした。
* * *
「かすり傷、だったそうだよ」
公演の翌朝、掲示された情報は光鷹のケガの事実ひとつだった。
朝の光を浴びて輝いていた"それ"、すなわち鋭い吹き矢は結果的に光鷹にかすったのみですんだ。
誰が何を目的に。
そんな問いかけが棟梁様に届く訳もないが、それでも思わずにはいられなかった。
「そぅ……」
椿の家、曰く直し屋の店先で椿本人は俯き座っている。"沈んでいます"と自己申告してるようなものだ。小枝はひとつ溜め息を吐く。
「……気付けたとしても、あの刹那でつーちゃんが止めきれる筈ないわ。むしろ叫べて上々!……って話よ」
今朝、否昨夜からずっと椿はこの調子なのだ。小枝が何を言っても聞こえているかすら定かでない。
普段なら、周りの空気を逸早く察し自分の弱さなど押し込め笑顔な椿とは別人のようだった。
―――少なくとも、小枝にとっては。
「…………丘に、行ってくる」
聞き逃しそうに弱々しい呟きを残し、椿はゆらりと幽霊がさ迷うように、頼りない足で地を踏んだ。
うん、ちゃんと音となって椿に届いたのか、小枝はよく分からなかった。
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