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花に埋もれて死にたい  作者: 風鈴
7/10

温もりの掌





* * *






差し出された右手は、握ってみると見た目以上にゴツゴツした感触があった。そして―――、




「俺のことは"光鷹"って呼んでよ」


「え、そんな気軽に呼び掛けていいの?」




その疑問は最もで、光鷹は椿たちを治める立場にその内に昇る。そんな偉い人を呼び捨てて良いのか、椿は束の間迷った。



握りあっていた彼の掌に、心なしか力が込められた気がした。




「関係ないさ、俺は引き取られただけなんだから」




反応に一瞬困ったが、眼を彼の表情に向ければ穏やかそのものだった。




「……私のことも呼び捨てで構わないわ、光鷹」




光鷹は嬉しそうにその凛々しい顔を綻ばす。




「ここに来て初めての友人だ」


「……私と友人になったからには光鷹の周りはうるさくなるわよ」


「なんでだ?」




案外朗らかな雰囲気を醸し出す彼の声は年のわりに低く、聞いていて何故か安心するものだった。




「幼なじみ二人は、村一番のお転婆娘と悪戯小僧よ」




自分がタチの悪い笑みを浮かべていることを自覚して、椿は内心苦く笑った。



光鷹はキョトンと瞬いた後にふっと微笑する。




「それは楽しみだ」




彼の右手がするりと抜け出していく。



差し出されていた右手は、握ってみると見た目以上にゴツゴツした感触だった。そして、




「あたたかい手をしてるのね」




光鷹は不思議そうに首を傾げたが、そうか、と照れくさそうに頭を掻いた。



―――椿と光鷹の出会いの終始だった。






* * *






騒がしくなる民衆を余所に、本家に従事する武士たちが道を作るように一定に並ぶ。



ドミノ倒しがなんなく出来そうな位置感覚の彼らは、どこか人間味が薄く感じられた。



椿が人情の厚い下町出身だからだろうか。




「どれどれ、どの人が若さんかな~」




ポツリと、しかし楽し気な小枝の呟きが聞こえる。ついと彼女を見やれば、枝を片手にくるくる回して跳んでいた。



確かに人垣で彼を見つけにくいのは事実なのだが、女の子としていかがなものかと思うと同時、口を出すのも煩わしく椿は放っておく。



急ごしらえの高台に立つのだから、どうせ目にすることはできるのだ。



それにしても、椿は首を軽く傾げる。




「こういう催しの時は大体お屋敷から棟梁は挨拶なさるのに、今回はどうして広場なのかしら」




つい先日掲示されたお触れに"広場デ公演ス"の文字を見つけた時からの彼女の小さな疑問であった。




「さあ?お屋敷だと来る人が限られるからじゃないの」




お店を開けなきゃおまんまも食べれない、そんな小枝の言葉を疑う訳ではなかったが、どこか腑に落ちない。



しかめっ面をした椿の眉間をトンと小枝が小突く。




「ま、今はそれは置いといて。若さんがもう来てるよ」


「……そうね」




頷いた瞬間、高台を囲む観衆がワッとざわめいた。




「―――静粛に」




高台に立つ人影が二つあった。逆光で、その表情を確かめることは敵わない。



大きい方の影が静かに手を広げた。




「春麗らかなこの日によく集まってくれた。これが私の息子だ、よく聞いてほしい」




それだけ言うと、背の高い彼、棟梁様はすぐさま高台を降りてしまわれた。



ひとり観衆の注目をその身で受け止めるのは、親御より一回りも二回りも小さな少年だ。




「名を光鷹と申す」




けれどもその高らかな張りのある声が、そんな彼の姿見をたちまち覆い隠してしまう。



子でありながら、少年は武士を目指す者なのだ。




「私は生涯を掛けて、この恩に報いることをここに誓う」




天に向かって咆哮した彼に魅了され、群衆は水を打ったように静まりかえる。しかしそれも一瞬のこと、人々は我を取り戻すごとくの勢いで拳を空に突き出した。




「頼んだぞ!」


「未来の英雄だっ!?」


「期待するぞぉ」




あちらこちらから被せられる希望に、彼が本当の意味で仲間となった実感を椿は得る。



少年光鷹が村に来て、三日目のことだった。








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