温もりの掌
* * *
差し出された右手は、握ってみると見た目以上にゴツゴツした感触があった。そして―――、
「俺のことは"光鷹"って呼んでよ」
「え、そんな気軽に呼び掛けていいの?」
その疑問は最もで、光鷹は椿たちを治める立場にその内に昇る。そんな偉い人を呼び捨てて良いのか、椿は束の間迷った。
握りあっていた彼の掌に、心なしか力が込められた気がした。
「関係ないさ、俺は引き取られただけなんだから」
反応に一瞬困ったが、眼を彼の表情に向ければ穏やかそのものだった。
「……私のことも呼び捨てで構わないわ、光鷹」
光鷹は嬉しそうにその凛々しい顔を綻ばす。
「ここに来て初めての友人だ」
「……私と友人になったからには光鷹の周りはうるさくなるわよ」
「なんでだ?」
案外朗らかな雰囲気を醸し出す彼の声は年のわりに低く、聞いていて何故か安心するものだった。
「幼なじみ二人は、村一番のお転婆娘と悪戯小僧よ」
自分がタチの悪い笑みを浮かべていることを自覚して、椿は内心苦く笑った。
光鷹はキョトンと瞬いた後にふっと微笑する。
「それは楽しみだ」
彼の右手がするりと抜け出していく。
差し出されていた右手は、握ってみると見た目以上にゴツゴツした感触だった。そして、
「あたたかい手をしてるのね」
光鷹は不思議そうに首を傾げたが、そうか、と照れくさそうに頭を掻いた。
―――椿と光鷹の出会いの終始だった。
* * *
騒がしくなる民衆を余所に、本家に従事する武士たちが道を作るように一定に並ぶ。
ドミノ倒しがなんなく出来そうな位置感覚の彼らは、どこか人間味が薄く感じられた。
椿が人情の厚い下町出身だからだろうか。
「どれどれ、どの人が若さんかな~」
ポツリと、しかし楽し気な小枝の呟きが聞こえる。ついと彼女を見やれば、枝を片手にくるくる回して跳んでいた。
確かに人垣で彼を見つけにくいのは事実なのだが、女の子としていかがなものかと思うと同時、口を出すのも煩わしく椿は放っておく。
急ごしらえの高台に立つのだから、どうせ目にすることはできるのだ。
それにしても、椿は首を軽く傾げる。
「こういう催しの時は大体お屋敷から棟梁は挨拶なさるのに、今回はどうして広場なのかしら」
つい先日掲示されたお触れに"広場デ公演ス"の文字を見つけた時からの彼女の小さな疑問であった。
「さあ?お屋敷だと来る人が限られるからじゃないの」
お店を開けなきゃおまんまも食べれない、そんな小枝の言葉を疑う訳ではなかったが、どこか腑に落ちない。
しかめっ面をした椿の眉間をトンと小枝が小突く。
「ま、今はそれは置いといて。若さんがもう来てるよ」
「……そうね」
頷いた瞬間、高台を囲む観衆がワッとざわめいた。
「―――静粛に」
高台に立つ人影が二つあった。逆光で、その表情を確かめることは敵わない。
大きい方の影が静かに手を広げた。
「春麗らかなこの日によく集まってくれた。これが私の息子だ、よく聞いてほしい」
それだけ言うと、背の高い彼、棟梁様はすぐさま高台を降りてしまわれた。
ひとり観衆の注目をその身で受け止めるのは、親御より一回りも二回りも小さな少年だ。
「名を光鷹と申す」
けれどもその高らかな張りのある声が、そんな彼の姿見をたちまち覆い隠してしまう。
子でありながら、少年は武士を目指す者なのだ。
「私は生涯を掛けて、この恩に報いることをここに誓う」
天に向かって咆哮した彼に魅了され、群衆は水を打ったように静まりかえる。しかしそれも一瞬のこと、人々は我を取り戻すごとくの勢いで拳を空に突き出した。
「頼んだぞ!」
「未来の英雄だっ!?」
「期待するぞぉ」
あちらこちらから被せられる希望に、彼が本当の意味で仲間となった実感を椿は得る。
少年光鷹が村に来て、三日目のことだった。
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