真夜中に花
* * *
「ズルいよ!つーちゃんだけ坊っちゃんと仲良くなっちゃってっ」
その日の夜は甘んじて床で小枝に詰られた。
そう小枝が椿に噛みつくのも致し方ない。小枝の「若様と親しくなろう」という欲丸見えの誘いを蹴った上にボイコットまでしたのだから。
しかし、ついで言えば彼女曰く"坊っちゃん"と出会ってしまったのも不可抗力である。
まさか村に到着したての少年が、古株の村人さえ稀にしか行かないあの丘へ足を向けるとは、誰が想像しただろうか。
「私だって驚いたんだから、時の人があんな寂れた所に来るなんて思わないじゃない」
言い訳してもやはりというか、流石というか、椿とどっこいどっこいの背を折々、彼女の顔を覗き込み不満面。
「む~っ、つーちゃん美人なんだもの、坊っちゃんに一目惚れされてたりして~」
「……その"坊っちゃん"呼ばわり、止めない?彼の外見を思うと似合わなさすぎて笑えないわ」
端正な顔立ち……とはいえ美丈夫と表せば彼にそぐわない気がした。
十を越えたらしくみえた彼は、"野生的"の言葉のほうがしっくりくる。"鷹"とはよく名付けられたものだ。
それを小枝に伝えれば、まだ彼を見かけたことのない彼女はポカンと締まりのない表情をする。
「……つーちゃんの方が、ホの字なの?」
「なっ、おじさんみたいな冗談やめてよっ」
そんな言葉どっから覚えてくるのだこの子は!なんて感想を椿が抱いたのも束の間、思い当たる人物はひとりしかいなかった。
悪戯っ子らしいにんまり顔を思い浮かべて椿は溜め息を吐く。
「兄上を慕うのは結構だけど、ほどほどにね。あいつが毎回どんな目にあってるか、知らない訳じゃないんでしょ?」
椿の直し屋よ斜向かいに住む小枝の父は鋳物師(イモジ:鍋、釜、像などを造る職人)の大将であり、厳格な人格で有名だ。
悪ガキなど無言の威圧で黙らせてしまう恐ろしい人なので、ここらの子供はみな影で何をしていても表面上聞き分けの良い子ばかりなのだ。
しかし、唯一の例外がその彼の息子―――つまり小枝の兄、頼成である。
「もちろん。隣の染屋の桶に花の花粉を紛れこませた時は、商品の布で父上に首を絞められていたし、棟梁の厩舎に忍び込んで馬の手綱を勝手に外して商店街へ放した時は、その綱でぐるぐる巻きにされて炎天下のもと木に吊るされてたし―――、」
まだあいつの情けない武勇伝は続くらしくほとほと呆れ頭が痛くなる椿だが、力を込めて語る小枝を可愛く想っているため邪魔も出来ない。
話の内容はオカシイと思っているし、語るのが本人であれば骨を折ってでも殴って止めるが。
「―――傑作だったのは、父上の仕事場にこっそり忍んで鉄を冷やす油桶に花や草や……蛙を入れちゃったことね。あれが一番なんてことないいたずらだったのに、父上ったら"広場で猪の丸焼きでもするか"って猪と一緒に兄上まで棒に縛って火炙りにしちゃうんだもの。それもやっぱり真夏日に」
「…………あぁ、そんなことあったわね」
子も子なら、親も親である。
あまりのしでかした事の大きさに、ふたりはいつの間にか"坊っちゃん"の話題からすっかり遠ざかっていた。
話の脱線の仕方はやはり小さくとも女なのであった。
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