秘密の丘
* * *
春の陽射しは思いの外気持ちよい。
ひとりの少女が"大木"の下で、薄桃色の花びらたちに埋もれながら蒼を見上げていた。
いつかあの大きな空を自由に泳げたなら、そんなことを夢見始めたのはそれほど昔の出来事ではない。
むしろ最近のことだ。
真白い綿毛がふわんふわんと遥か彼方へ流れていく。遠すぎて、まるで頭上の営みだとは実感できない。
それがなんだか、おかしく思える。
「飛ぶのもいいけど、流れるのも悪くないかもしれない……」
普通なら一人言なんて口にするのも恥ずかしいけれど、ここに人気はないのが常。
山奥の小ぢんまりとした故郷は、よくある話で旅人か通り過ぎるだけの名もない村だ。
ただ、比較的"朝廷"が存在する京の都に近いだけあって商人たちの質もよい"成り立った村"なのである。
優しい人々が住む村から少し離れたここ、一本桜の丘は父と椿の秘密の場所だ。秘密と言っても他に心の安らぎを求めて訪れる者はいるし、存在自体が秘密というわけではないのだが。
誰にも言えない思い入れが、ここにはあるのだ。
いまは訪れる者がいない静かな聖域。手でそこを掬えば花びらたちがついてきた。美しい色だ。
「いつか絶対枯れるのに……」
どうして"今"こんなにも眼を奪われてしまうのだろうか。
「―――儚いモノは、きれいだよ」
気が付けば、椿の重たかった上半身が起き上がっている。そして彼女の目の前にいたのは―――。
聖域はさらさらと、音もたてずに崩れていった。
.