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アルテイル、入学する


 シュタイマーアルク辺境伯領に務める兵士四人に連れられたアルテイルは、彼等の先導により迷う事無くその屋敷へと到着した。絢爛豪華とは行かないがかなりの敷地面積を誇り、正門から伸びるように庭園が配置され、庭園の間を馬車が通る程度の大きさの道が伸びた先にある大きな屋敷。ハイデリフト領主の屋敷が小屋にでも見えそうなその屋敷に住まうのが、西方辺境伯であるシュタイマーアルクである。


 アルテイルは若干緊張の面持ちで屋敷内へと先導されるまま入り、兵士が家令と思われる人物と話をしてからまた誘導されるままに着いて行く。屋敷内も小奇麗にされておりそもそも外から見ても大きかったのに内部に入ると更に大きく感じられる。ここに住まうという領主は一体どのような人物なのだろうかと期待と不安の入り混じった感情を抱えながら歩いていると、やがて一つの部屋へと到着した。コンコンと兵士がノックし中から返事が返ってくると、その部屋の扉をガチャリと開き中へと入る。続けてアルテイルも室内へと入ると、中には三人の人物が居た。


 見るからに優男風ながらも、どこか芯の通っている三十過ぎぐらいのブロンド髪を湛えた優男。物腰の柔らかそうな、優しそうな顔をしている、魔力を感じる三十過ぎぐらいの男性。そして、いつか見た事のあるような、神経質そうな眼鏡を掛けた男である。あれ、どこで見たんだっけなと自身の記憶を探っていると、シュタイマーの門番に混じって受付をしていた男である事を思い出した。


「やぁ、お疲れ様。とは言っても彼の転移魔法で帰ってきたとか。行きは大変だったろうが帰りは楽できて良かったじゃないか」


「はっ。彼は間違いなく有能な魔法使いであると実感致しました」


 優男の言葉に兵士のリーダーが礼を取りながら返事を返す。そのままアルテイルを連れてきた彼等は部屋を後にし、残されたアルテイルは一人、部屋の中に居た三人の視線を受ける事となった。少々居心地の悪い気分になっているアルテイルに、優男が笑みを湛えて声をかける。


「君がアルテイルだね。うん、中々に優秀そうな顔だ。私はこのシュタイマーアルク辺境伯領の領主をしている、ジルベスタ・シュタイマーアルクだ。こちらはウチのお抱え魔法使いをしているエリオット・バージルと私の弟のジェイムス・シュタイマーアルクだ」


「エリオットだ、よろしくねアルテイル」


「ジェイムスです」


「あ、アルテイルです。よろしくお願いします」


 三者三様の挨拶に慌てて頭を下げるアルテイル。状況からすれば唐突に辺境伯に対面する事になり、一般市民的には中々に心臓に悪い展開である。


「あぁ、それほど気を張らないで。事情はハイデリフト領主から聞いている。状況的に致し方の無い事ではあるが、魔獣の討伐に領主との約束を破り魔法を使ってしまったとか。単騎で魔獣を撃破した事もあり、ハイデリフト領内では抱えておくのが難しくなったらしいね」


「えぇ、まぁ……」


「まぁ少し年齢的には早いが、それ程優秀なのであれば冒険者学校への早期入学も問題無いだろう。既に手続きは終わっているから安心していい」


「あ、ありがとうございます」


 早期入学が認められたという事でアルテイルは礼を言う。冒険者学校を運営しているのは冒険者互助協会、所謂冒険者ギルドになる訳だが、施設を構えている領地の領主も経営には携わっている。領主自身がお金を出して経営をしているのだから、そういった手続きなど通すのに何ら問題は無かった。


「冒険者学校は明日からすぐだ。今日はこれからそこのエリオットと一緒に学校へ行って手続きをして欲しい。その後学内の寮へと案内されるだろうから、今後はそこへ住むように」


「それと、君ぐらいの魔法使いを指導できる魔法教員は居ないので、学校が終わったら週に二度は私と一緒に魔法の修行をする事にしよう」


 ジルベスタの言葉を引き継ぐようにエリオットが声をかけた事に、アルテイルは驚きの視線を向ける。そこには変わらない笑みを湛えたエリオットがにっこり笑いながら頷いている姿があった。


「うん、君はきっと私よりも上を行く魔法使いになるだろう。これからの指導が楽しみだよ」


「よろしくお願いします」


 領主お抱え魔法使いから直接指導。良くも悪くも話のネタになりそうな展開だなぁと思いつつ、アルテイルはやはりエリオットへと頭を下げるのだった。


 領主の家から歩いて一時間程の場所に、その敷地はあった。高めの壁に四方を囲われ、正面の門には門番が待機している。外から見える建物は無機質な石造りになっており、外装には特に拘りは伺えない。領主の家よりも小さめの全体敷地に建物が、明日からアルテイルが通う事になる冒険者学校だ。


 エリオットと二人並んで門を潜り校舎へと入る。現在は授業は全て終了し、校舎に残っているのは教員のみとなっている。この冒険者学校は冒険者を夢見る少年少女が通う学校となっているが、どの生徒も基本的に自分達の生活費や授業料は自分で賄うしか無い。金持ちの家であれば多少の仕送りも見込めはするがそれだけで生活していける訳もなく、それだけの仕送りが出来る家の子供であれば、態々冒険者になろうなどとは思わない。ここに通うのは家業を継がない平民や、貴族家出身でも次男や三男坊など家督を継げない身分の人間ばかりである。そういった人間がどうやって自分達の生活費を稼いでいるかと言うと、シュタイマーから出て郊外で狩りをするか、街の中でアルバイトをするかという手段になる。正式に冒険者へと登録されていない生徒達なので魔獣の討伐系依頼は熟せないが、冒険者ギルドから学校へと流される依頼品の採取を行ったり、野獣の皮や肉を売る事で、彼等は生計を立てるのである。何とも世知辛い話だとは思うが、この冒険者学校にはシュタイマーアルク領主より補助金も出ているので生徒がアルバイトする程度の金銭で生活できているので、実は優しいとも言える。完全に全てを生徒が賄うとなったら、授業など出る暇も無く狩りをしなければいけない程の金額がかかってしまうのだ。


 アルテイルの場合、特待生・奨学生枠での特別入学となる為授業料は免除、寮で生活する分の食事代等も全て無料という高待遇になっている。シュタイマーアルクの思惑が透けて見える訳だが、ここは大人しくご相伴に預かるとしようなどと不埒な事を考えていた。自分が楽ができるのであればそれで良いのである。将来シュタイマーアルクのお抱え魔法使いに内々定しているというのも悪い事では無い。今後の生活には困らなさそうなのだから。


 校舎で諸々の書類への記載を終えた後、帰宅するエリオットを見送ってから教員に連れられてこれから住む寮へと案内される。寮は基本的に二人部屋となる訳だが、アルテイルの場合待遇の問題で一人部屋である。他の生徒との年齢も離れているし、領主自らの推薦による特待生だ。学校としても下手な扱いはできないというのが実情ではあるが、これもアルテイルにとっては都合が良かったので、一人部屋を優雅に使わせてもらう事にした。


 食事は一日三回寮内にある大食堂で摂る事になるが、自室に持ち帰ってそこで食べても問題は無い。また大半の生徒が午後学校が終わった後は狩りやアルバイトがある為、夕食に関しては食堂で摂っている人間の方が少ないという事もある。食べるも食べないも自由なのが、この食堂のルールである。


 アルテイルは早速食堂へ行き夕食をお願いする。出てきたのは少し固めのパンと野菜と肉が入ったスープ、そして恐らく兎だろう肉を焼いたものにタレをかけたものが出てきた。さてここの食事はどんなものかなと食べてみると、何とも普通の味であり、良くもなく悪くもなく。家の黒パンよりも柔らかいパンだが味はなんだか素っ気ない。野菜と肉のスープも良く煮込まれているがボリュームが足りないし、もう少し胡椒を効かせたほうが良いと思う。兎の肉は何だかタレが微妙でこれなら塩胡椒を振ってそのまま食べたほうが美味しいような気もした。総評としては、時間が無い時以外ではここを使うのは辞めよう、と思う程度の味であった。


 何だか微妙な食事を終えた後、アルテイルは自室に戻ってから魔法の鞄に仕舞っておいた服や小物を部屋の収納へ片付ける。そしてそれも終わった後で、アルテイルは一旦シュタイマーを見物する事にした。以前からちょくちょく来ては居たが本格的に自分が住むという事になり、もっと良くシュタイマーの事を知ろうと好奇心がざわめいたのだ。


 既に夕暮れは過ぎ夜の帳が降りている時間だが、シュタイマーの町中は未だ喧騒が絶えない。宿や飲み屋、色街が綺羅びやかな灯りに照らされ街を彩っていた。まるっきりおのぼりさんのようにあっちへフラフラ、こっちへフラフラしながら街を見物していると、一転して明らかに寂れた風情の地域へと辿り着いた。そこかしこから漂うすえた臭いに顔を顰めつつ、アルテイルの脳裏に貧民街という単語が浮かんだ。ここに居るのは精神衛生上宜しくないと気付いた頃には、アルテイルは元の街の喧騒を求めて駆け出していた。


 シュタイマーをひと通り見物したアルテイルは、シュタイマーから一旦出る事にした。先程手続きの際に渡された学生証を持って、そのまま一人街の外へ行く。そこから転移魔法で向かった先は、アルテイルがお風呂文化を植えつけたゴブリンの村である。ここでアルテイルは風呂へと入り、ついでに着ている服も海水から塩分やミネラルを抜いた真水に近い水で洗う。ここでアルテイルはゴブリン村の近くの森で大量に生っている果実を一つ取り、その汁を絞って洗濯物へとかけた。実はこの実、何故かは知らないが果汁が日本で言う液体洗剤のようなものなのである。そして実をそのまま乾燥させれば固形洗剤のような効果を持ち、殺菌消毒作用のあるお肌に優しい自然石鹸が出来上がる。これらは全てゴブリンの知恵で利用されていたものであり、アルテイルがそれを初めて知った時は非常に衝撃を受けたものだ。現代に生きる人間よりも、ゴブリン達の方が衛生環境が良かったのだから当然である。


 アルテイルは早速この果汁と乾燥させた果実を獣の皮や肉で交換し、魔法の鞄にいつでも使えるよういくつも予備を抱えて生活している。お陰でアルテイルだけ周囲に比べ綺麗な肌だったりするが、子供だからだろうと周囲は思っている訳である。そのうちアデール達には教えようとは思っていた。


 風呂にゆっくり浸かって身体を清潔にした後、アルテイルはやはり海へと行き魚を獲ってからゴブリン村の人間と一緒にまた夕食を摂る。先程の味気ないスープなどよりも、捕れたての魚を焼いて食べた方が何倍も美味しかった。そして帰りにゴブリンにせがまれてやはり海水から塩を作ってからシュタイマーへと転移して戻る。戻ってきた時に街の守衛に学生証を見せれば、入場料等は免除になるので実に便利である。


 残念ながらシュタイマーには風呂に入るという文化が無かった。みんながお湯で濡らしたタオルで身体を拭き、頭などは水洗いそのままである。匂いがする時には香水で誤魔化すという、さながら中世ヨーロッパな生活をしているのでアルテイル的には非常に残念だ。毎日風呂に入りにゴブリン村まで行くしか今の所無いので、いつか自分の家を持って生活環境を快適にしようと、アルテイルは改めて胸に誓ったのだった。


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