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アルテイル、村を出る


 魔獣との死闘を繰り広げた翌日から、アルテイルは自宅で寝込んだ。限界以上の身体強化に加え今までした事の無い魔法の連発に最後は腕を巨狼の頭に突っ込んで大爆発させたのだ。とりあえず魔力が戻り次第癒やしの魔法で他の従士含め応急処置は行ったが、一日二日で癒せるような疲労では無い。なのでアルテイルは寝込みながら自身に癒やしの魔法をかけ続け、三日ほどかけて自身の治療に時間を費やした。動けるようになったのは魔獣を退けてから4日目。その日までアルテイルには来客の類は来なかった。だがこの日、アルテイルの家には一人の来客が訪れていた。


「ごめんなさいね、急に押しかけちゃって」


「いえ。それよりアデール様、今出歩いても大丈夫なんですか? もうそろそろお生まれになるんでしょう?」


「大丈夫よ。動かなくちゃ身体が訛っちゃうからね」


 従士長カルアスの妻であり、現在身重となっているアデールが客としてアルテイルの家に押しかけたのだった。母からこの話を聞いた時は何かの間違いかと思ったが居間へ行けば重そうなお腹を抱えつつお茶を飲んでいるアデールが本当に居るでは無いか。アルテイルは慌てて着替えて居間へとやって来たのだった。


「それで、お話というのは」


「そうそう。アルテイルちゃんの件でね、ウチの人と御義父様、まぁ領主がお話をしているんだけど。何だかこんがらがっているみたいなのよ」


「こんがらがってるって?」


 てっきりすぐにでも出て行け、という話になっているのかと思ったがどうやら違うらしい。詳しく聞いていくとアルテイルの頭は段々と痛くなってきた。当初のアルテイルの扱いは、魔獣と対峙した時カルアスに言ったように領主とカルアスの間でこの領地を出て行くという方向になっていたそうだ。だがそこへ待ったをかけたのがカルアスの兄であり次期領主と目される長男ケインで、魔獣を単騎で退けられる程の魔法の腕前を捨てるなどとんでもない! と言い出したとか。そんなケインの思惑など透けて見える程分かりやすいもので、どうにかアルテイルの力を利用したい、その一心しか無いようである。それが分かっているカルアスがこれもアルテイルの為だからと言えば、ケインが領地の為だと言い出し結局交渉は泥沼化。魔法が欲しいだけだろう狡い奴め、育てた弟子を追い出すのか薄情者、などと兄弟喧嘩を起こし領主が呆れて勝手にやらせている状態なのだそうだ。


 カルアスは兎も角、ケインもいい年して狡い奴だなとアルテイルが思ったのも無理は無い。


「でね。今とりあえず領主様が西方辺境伯であるシュタイマーアルク様へ手紙を送ったから、返事が来るまでもう少しだけ領地に居てね」


「はい、それは分かりました。わざわざすいません、そんなご連絡にお越しいただいて」


「いいのよ、アルテイルちゃんもウチの子供みたいなものだから」


 魔法の事が知られて以来、本当にカルアスとその妻アデールにアルテイルは世話になっている。食事もほぼ毎日ご馳走になっていたりと可愛がってもらえており、アルテイルも純粋に嬉しかったのである。


「それじゃあ、お茶ご馳走様。そろそろ帰るわね」


「はい、お家までお送りします。途中転びでもしたら大変ですから」


「そう? 外で従士の方が待っているけど、甘えちゃおうかな」


 笑顔を浮かべながらテーブルに手をつき椅子から立ち上がったアデール。だが次の瞬間、その動きがピタリと止まった。続けて、サーッと顔が青くなる。


「うそ……やっちゃった……」


「え……アデール様?」


 何か様子がおかしい。そう思い立ち上がったアルテイルの足元からピチャリと水音が聴こえる。ふと見るとどこからか水が流れており、元を辿ればアデールの下腹部へと続いていた。その事実が何を指し示すのか理解したアルテイルも、サッと顔を青くする。


「アデール様……まさか……」


「……ごめん、アルテイルちゃん。赤ちゃん、生まれちゃうかも」


「……あ、あああ、か、母さん! 母さーん!! アデール様が、赤ちゃん生まれちゃうかもって!!」


「なんだってーっ!!」


 アルテイルの叫びに奥の自室に引っ込んでいた母親が慌てて飛び出して来る。文字通り血相を変えて居間へ飛び込んできた母はアデールの様子を見てどうやらマジだと悟ったらしく、アデールの腕へと手をかけた。


「アデール様、私に捕まって。申し訳ないですが、私の部屋でする事にしましょう。アルテイル! 清潔な布とお湯沸かして! あと産婆さんとカルアス様呼んできな!!」


「わわわ分かった分かった!!」


「ご、ごめんなさいね、カミラさん」


「いいんですよ。私も五人も産んでますから。アルテイル! 早くしな!!」


 アデールに肩を貸しながら奥へと連れて行く母の言葉に慌てて家を出て、すぐ側に居た従士に声をかける。


「どうした? アルテイル。そんな慌てて」


「あ、アデール様がそのう、生まれるって! 産婆さんとカルアス様を! 早く!」


「そ、そりゃあ大変だ!! おら産婆さん連れてくっから、おめぇカルアス様連れて来い! 今頃家に居るはずだ!」


 アルテイルの言葉に慌てて従士が駆けて行き、アルテイルも従士に言葉に従い飛翔の魔法を遠慮無く行使し従士長宅へと向かう。丁度カルアスは家に戻った所らしく、アルテイルはカルアスを捕まえるとそのまま飛翔の魔法で連れ去った。


「どわぁぁっ! おいアルテイル! てめぇ何するんだ!」


「アデール様が俺の家で生まれそうで! 今母さんが見てて、産婆さんが従士さん連れてくるって!」


「な、なんだと!! 速く、速くしろアルテイル!!」


「今やってますから!!」


 ギュイーンと遠慮無く飛翔の魔法を全速力で使い、到着してすぐ慌ただしく家の中に入って母の部屋へ連れて行く。するとそこでは既に産婆さんがアデールの様子を見ている状態だった。


「アデール! おいアデール!」


「っ、聞こえてるわよバカ。まだすぐは生まれないから、もうちょっと待ってなさい」


「男衆は速く清潔な布とお湯をじゃんじゃん沸かせ!」


「お、おう! やるぞアルテイル!」


 産婆に言われるままカルアスは清潔な布をカミラと共に慌てて準備し、アルテイルは家にある桶や鍋に手当たり次第水を魔法で入れ、炎の魔法を叩き込んでお湯にしていく。それを産婆に渡して産婆が処置をするというサイクルが暫くあってから、カルアスとアルテイルの男衆はカミラの部屋を追い出された。


「男は邪魔だから出ときな! もうすぐ出てくるから!!」


「お、おう……」


 部屋を追い出されたら追い出されたで、カルアスと共にアルテイルは落ち着かない時間を過ごす事になる。壁の薄い部屋からはアデールの呻き声やらカミラや産婆の励ます声が聞こえてくる訳で、下手に見えない分余計ハラハラしながら時間を過ごす事となった。それから大体二時間後。アデールの呻き声も止み、どうした事かとドキドキしながら耳を澄ませていると、部屋の中から元気な泣き声が聞こえてきた。慌てて部屋へ駆け込むと、心身共に疲弊しながらも笑顔を浮かべているアデールと、産婆に抱き抱えられて泣いている赤ちゃんの姿があった。


「おお、おおぉ……」


 フラフラと、どこか覚束ない足取りで産婆へと近づくカルアスに、産婆がやり遂げた笑顔で告げた。


「元気な息子様だ。ほんに目出度いことで」


「おぉ、そうか、息子か……」


 はらはらと涙を流しながら産婆から赤子を受け取るカルアスの姿に不覚にも涙が滲んできたアルテイルだが、その姿を笑顔を浮かべて見つめているアデールを見て、自分のやるべき事を思い出した。素早くアデールの側により、なるべく優しく彼女に癒やしの魔法をかけていく。


「あら、ありがとうアルテイルちゃん。お陰でラクになったわ」


「いえ、僕が出来るのはこの程度ですから。おめでとうございます」


「ふふ、ありがとう。ほらあなた、私にも子供の顔を見せなさいな」


「お、おう。そうだな。……ありがとう、アデール」


 カルアスからの言葉に無言で頷いてアデールも生まれたばかりの赤子を抱き上げる。本当に幸せそうな表情でその赤子と、カルアスの姿を見つめるアデールの姿に、折角我慢していたアルテイルの涙が溢れ出すことになった。



―――――



 従士長家に跡取りが生まれ、アデールの産後の肥立ちも問題無いと判断された頃に、パーティが行われた。他の従士の家族がお祝いに訪れ、様々な食べ物を振る舞いアデール達に自分の子供達に使った古着やら玩具を渡したりと、小さいながらも盛大なパーティだ。この時ばかりは領主とその妻、カルアスからすれば実父と実母なのだが、彼等も領主宅を離れ従士長宅へ赴き簡単な祝辞を述べてから、生まれたばかりの赤子を見る。領主夫婦からすればカルアスの息子が初孫となるので、その喜びも一入だ。普段はムッツリとしているガルマンも孫の様子にデレデレである。このパーティには当然アルテイルも、そして出産に実際に立ち会ったアルテイルの母カミラも出席している。アルテイルは兎も角、カミラに関してはアデールから世話になった礼も兼ねて是非にと出席を懇願された形だ。無論、他の家族に関しては呼ばれもしていない。父は元よりアルテイルの兄達は普段から従士とは関わりが無く、またカミラのように出産に立ち会ったりしていないので当然である。なお、このパーティに形式上呼ばなければ行けなかったので次期領主のケインとその妻も呼びはしたのだが、何やかんやと理由を付けて断りと入れてきたので、カルアスがホッとしていた。きっと今頃妻は兎も角、ケインは臍を噛んでいる事だろう。


 ケインの妻はケインが次期領主という事で、家と同列の準男爵家の次女が嫁いできている。貴族となると婚姻に関して自身と相手、互いの面子というものが重要になってくる。妾は兎も角正妻を娶る以上、同列かそれ以上の貴族家から嫁いできて貰うしか無いのだ。ケインの妻の準男爵家もハイデリフト同様シュタイマーアルク辺境伯の取り纏める西方貴族の領土持ちの家なのだが、やはり同じぐらい貧乏な家だったらしく、他の農民に比べれば良い生活をしているが、程度の貴族である。そしてその一家には息子が居なかった為手頃な貴族家から婿養子を貰い長女を娶らせ跡継ぎに関しての憂いは消え、残る次女をどうするか、という所にハイデリフトからの話がありせっせと嫁がせた訳だ。親としては、次女に不憫な思いはさせたくない一心の決断だ。


 この時代、余程お金を持っているか、力のある貴族家でもない限り、長男長女以降の子供については基本的に貴族では無くなってしまう。長子継承が基本であるこの貴族社会において長男、長男が居ない場合は長女が婿を取りその婿が貴族の爵位を継承する。その下の兄弟達となると、他の貴族家へ婿入りや嫁入りをするぐらいしか貴族として生き残る術はない。それが出来ない者達は辺境伯領など大きな領土を持つ街へ行き軍へ入隊するか吏員へ入る。それも無理なら農民でも力のある豪農、商人等へと嫁いだり、自分達で商売を始めたり、冒険者になる選択肢ぐらいしか残っていない。つまり、身分が平民のそれへと落とされるのだ。そこから貴族へ這い上がるには業務等で余程の功績を残すか、全くの未開地へ行き土地を開墾し自身の領土であると主張、それを王が認めれば貴族となる事が可能となるが、それをするには人的にも金銭的にも負担が大きすぎるので、今の世の中では誰もやらず、平民ながらも安定した生活をしようと努力するのである。


 なのでケインの妻はクジの中でもそこそこ良い当りを引いたといった所だ。だが現在までに彼女達の間に子供は居らず、カルアス一家に先を越される形となってしまった事で、少々事情が変わってくる。いつになっても子供の出来ない長男夫婦では無く、既に跡取りが出来た次男一家に家を継がせよう、という風が吹いてもおかしくない状況となってしまったのだ。先程長子継承が基本であるとは言ったが、基本は基本であり、絶対では無いのだ。カルアスが望むと望むまいと関わらず、そういった騒乱の芽がアデールの出産により芽吹き始めていた。


 一方そんな事情に一切の関わりのないアルテイルは、アデールの出産から二ヶ月が経ったある日、いつもの様に従士長宅で他の従士に混ざり朝の鍛錬をしている所に物々しく鎧を着込んだ四人の男と共にガルマンがやって来たのを見て、旅立ちの日が来た事を悟った。一緒に鍛錬をしていたカルアスもそれに気付いたのか、神妙な顔となりガルマンを見つめている。


「父上、その方々はシュタイマーアルク辺境伯の使いか」


「そうだ。手紙の返事として彼等が迎えに来た。アルテイルを自身の領土で引取り、歳は規定より若いが冒険者学校で受け入れてくれるそうだ」


「そうか」


 ガルマンの言葉に一つ頷くと、カルアスはアルテイルを見つめた。


「という訳だ、アルテイル。すぐに家に帰って荷物を持ち、再びこちらへ戻って来い」


「分かりました」


 カルアスの一声でアルテイルは走って自宅へと帰る。自宅へと戻ると丁度母が居間で縄を打っている所であった。


「母さん、シュタイマーアルク辺境伯様からの使いが来たよ」


「そうかい。それじゃあ出発だねアル」


 アルテイルの言葉に縄を打つ手を止めて、カミラがアルテイルを見つめる。既にカミラ達アルテイルの家族には事情は説明している為、後はいつ来るかという事だけだったのだ。それが今日である、ただそれだけの事。母の言葉に一つ頷いてアルテイルは自室へと戻り魔法の鞄に着替えと姉の部屋から拝借していた魔法教本と魔物図鑑を入れ、再び居間へと戻ってくる。


「じゃあ母さん、行ってきます。月に二回ぐらいは帰って来るようにするから」


「あんまり無理するんじゃないよ。父ちゃん達には私の方から言っておくからね」


「ありがとう、よろしく」


 余りにもドライなやり取りだが、これが今生の別れでも無ければこんなものだろう。言葉通り、アルテイルはその気になれば毎日でもこの家からシュタイマーアルク辺境伯領まで通えてしまうのだから、月二回ぐらいというのも相当相手を慮った発言である。転移魔法がそれだけ便利という事なのだが、それだけ便利だとこういった本来なら辛い別れのはずの出立がまるで有難く無くなってしまう。便利というのも困ったものである。


 アルテイルは家を飛び出すと言われた通りに従士長宅へと戻る。するとそこには領主ガルマンは居らず、シュタイマーアルクの使いである兵士四名とカルアスとアデーレ、一緒に鍛錬していた従士達しか居なかった。


「あれ、領主様は?」


「帰ったよ。領民一人の為に使いをここまで連れてきたんだ、もう父上の仕事は終わったんだよ」


「そうですか。まぁいいですけど」


 別にアルテイルにとってガルマンは特に思い入れのある人物でも無かったので問題無い。それにガルマンが居ない方が都合が良かった。


「カルアス様、とりあえず月二回程度は家に戻るつもりですので。戻ったらまた顔を出します」


「おう。何か土産も持ってこいよ」


「可能な限りそうします」


「頑張ってくるのよ、アルテイルちゃん」


 カルアスとも軽い挨拶を、アデーレからは抱擁を。他の従士達も口々に土産だ何だと軽く言ってきたのを捌いてから、アルテイルは兵士達四人へと近づいた。


「すいません、お待たせしました」


「いや、我々は大丈夫だが……。月に二度は戻るとか?」


「えぇ、まぁ」


「しかし、我々でも山を登り森を抜け、半月はかかるのだぞ?」


 訝しげにアルテイルを眺めてくる兵士四人に、んー、と悩んでからアルテイルは口を開いた。


「とりあえず、実演すれば分かるでしょう。えと、この人数ですと初めてなので、皆さん僕に触れて頂いて宜しいですか? 肩でも頭でも良いので」


「あ、あぁ。なんだか良く分からないが、触れていればいいのだな?」


「えぇ、お願いします」


 アルテイルの言葉に兵士達四人がそれぞれ肩や頭、背中等に手を触れる。正面は塞がれない形で四人が手を触れたのを確認して、アルテイルは正面に立つカルアスに声をかけた。


「それじゃ、いってきます!」


「おう、いってこい!」


 そうして、一気に魔力を吹き上げ思い描いたシュタイマーの近く、いつも転移先に使っている草原の入り口へと一瞬で転移した。周囲の四人も一緒に来ているのを確認して成功を確信し、口を開く。


「皆さん、もういいですよ」


「あぁ……。しかし凄いな、もうシュタイマーのすぐ近くじゃないか」


「そうだな。だがしかし、なんというか」


「我々としては有り難いのだが。こう、別れの有り難みというものが全く無いな」


「そういう魔法ですから」


 口々に言う兵士の言葉に苦笑する。全くもってその通りなので、アルテイルとしては苦笑するしか無い。別れの有り難みが全くなく、いつでも帰れてしまう。これでは旅行とどう違うのか、判断に迷うくらいである。兎も角、まるで有り難みも悲しみも喜びすらも無い形で、アルテイルの新生活がスタートするのだった。


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