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アルテイル、ゴブリンと遭遇する。


 七歳を手前にしたある日、アルテイルは一つの欲求を抱えていた。


「…………米が食いたい」


 そう米、所謂ジャポニカ米の事だ。自身がこの世界で自意識を持ってから二年と少し、今まで肉と野菜、小麦を練って焼いたパンを食べていたアルテイルだが、最近になってとうとう食生活に飽き始めていた。地球の日本という国の知識や記憶がある彼には当然、その国の食事も記憶に残っており、最近は無性に米や味噌汁、魚が食べたくなる事が多くなってきていた。


 ここ最近ハイデリフト領内での砂糖の生産が始まった事で多少潤ってきた地域ではあるが、山と森に囲われている立地であり畑しかない。主に栽培している農作物は小麦であり米は勿論、魚などを得ることは非常に難しい。勿論領内に川は流れているが、そこで捕れる魚はゴアという鯉のような魚やブコイと呼ばれるナマズのような魚ばかりであり、泥抜きをしてから焼いても非常に泥臭い香りを放ち、アルテイルにとってはとてもではないが食えたものではない。アルテイルが求める魚というのは塩焼きしたり干物にして美味しいアジのようなものだったり、マグロ等の海水魚の事だ。淡水魚でも鮎のようなものが居れば良いが、とは考えたが少なくともこの近辺では生息していない。


 何度か王都に住むハイネルとの手紙で分かった事だが、王都には米は兎も角魚は売っているらしく。しかも海産物のようで泥臭くなく非常に美味しいとの事だ。


「海、か。この領地は大陸の最西だから、森と山を越えれば絶対海があるはずなんだが……」


 アルテイルに地理や歴史を教えていたハイネルに聞いた所、この領地は大陸でも最西端に属される辺境であり、しかも周囲を山が囲い、その内側に森が広がり、森の切れ目に存在するかのようにこの領地が存在している。オーリストア国の定めた領地区分ではその森も山も、果てはその西の先にある海までもがハイデリフト領内となっている訳だが、この領地の人間で西の海に行った事がある人間は誰も居ない。魔獣や野生動物が生息し、鬱蒼と生い茂る森を抜けた後に険しい山道を登り海へ行こうとした者が居ない訳では無いが、少なくともその者達が領内に帰って来ることは一度として無かった。それ故、領内では海へ向かおうとする事が半ば暗黙の了解で禁止されているような状態であった。


 だがアルテイルには、今までの領内に居た人間と違い魔法という特殊技能が存在する。だからアルテイルは、とりあえず米は置いておいて、海へ向かおうと思い立った。自宅にあった魔法教本初級編に記載されていた魔法は何も攻撃的な魔法だけでは無い。魔法使いが生きていく上で、自身の生活をより向上させる事が可能な魔法もいくつか載っていたのだ。例えば抽出という『対象から任意の成分の抽出する』という魔法があり、これを用いて例えば動物の死骸等から塩分や油分が抽出できる。例えば加工。その名の通り『魔力を伝達可能な物質に対し任意の形へ加工する』魔法。そして移動用の魔法として『飛翔』と『転移』がある。『飛翔』に関しては魔法使いの中では割りとポピュラーな魔法であり、その名の通り空を飛ぶ。そして転移は飛翔より使い手は少ないと記載されている『一度訪問した任意の場所に転移する』という魔法である。ただこの『転移』に関しては色々と制限が多く、例えば魔道具や何らかの術式で結界の張られた地点へはどうやっても転移できない。そして転移可能な人数は魔力の行使量に依るが、ただ一人の転移だけでも相当な魔力を消費する。そして、自身が居る現在地から転移先となる地点への正確なイメージが必須であり、これを失敗すれば最悪『石の中に居る』状態に成りかねない。それでも便利な事には違いはないので、初級の教本でもこの魔法達は載っていたのだった。


 アルテイルは今回午前のカルアスとの鍛錬を終えた後、食後に飛翔魔法で森を抜け山を超え、途中で残りの魔力が乏しくなったら転移魔法で自宅近辺の森へ帰還するという手段で日に少しずつでも海に近づこうという手段に出た。コツコツと距離を稼ぐ事で森を抜け、その先の山道も飛翔の魔法で通過して途中の魔物を回避し、山を超えた先にはまた森があったのでその森も超えた所で、視界に広がる青い海が見えた。


「海だ、よっしゃぁー! ……あれ?」


 飛翔を駆使して最速で海へと近づこうとしたアルテイルだが、海に面した眼下に何やら見えるのを確認する。木や土で構成されたそれは、明らかに人工的に建造された家屋であった。それも一つや2つでは無く、凡そ五十程度の家屋が海に面した森の切れ目に沿って建てられていた。そしてその周辺には、小さな影がいくつも動いている。見ればその姿は人よりも小さく、肌は茶色で鼻が尖り、耳の長い小人のように見える。アルテイルは慌てて一旦森の中へと着地し、森を歩いてきたのを装ってとりあえず近くの人影に声をかけた。


「あのー、すいません」


「あい? ……あら! あんたヒューマン種か? こんなとこでヒューマン種見るとは思わんかったなぁ」


「えぇっと、はい。森を歩いてきたんですけど……ゴブリンさん、ですか?」


「んだよぉ。あたしらゴブリンだ。ちょっと待って、今長老呼ぶから。おぉーい! 長老来ておくれー! ヒューマン種のお客だぁー!」


 ゴブリン。よくファンタジーもののゲームや物語では醜悪な魔物として描かれているが、この世界でのゴブリンの扱いは森に住む種族の一つとして扱われている。少数のゴブリンは人間社会にも溶けこんでおり、大きな都市にはそれなりに数が存在している。ゴブリン自体の種族としての寿命が50年と人間より短く、それを超える長生きのゴブリンはエルダーゴブリンとして同じゴブリンから敬われる事になる。恐らく今アルテイルが話しかけたゴブリンが長老と呼んだのもそんなエルダーゴブリンの一人だろうと思いつつ待っていると、横から杖を持ったいかにも長老といった風情のゴブリンが現れた。


「おやまぁ、ほんとヒューマン種か。こんなとこまでどうした?」


「えぇと、実は僕この森を抜けた山の向こうにある人里から来まして」


「んぁ? この森の先を超えてきたのか? ちっこいのにすげぇのぉ」


「いや、そこは魔法で。で、ですね」


「魔法か! お前さん魔法使えんのかい!? ほぉ~」


「え、えぇまぁ。で、ですね。ゴブリンさん達は、いつ頃からこちらに住んでいるのかと」


「いつ頃たってなぁ。あー確か50年ぐれぇ前かな。この森を南にずーっと行ってゴブリンの集落があるけど、毎度ここまで塩作りに来るの面倒だろ? んでここに新しく集落をこさえたんだ」


 50年前からここにゴブリンの集落が存在していたとは。アルテイルは少なくない驚きをもってその事実を理解した。まぁハイデリフト領の人間が辿りつけなかった所なので海の所に何があるかとか領主自体が把握しきれていないので仕方がない。これが人里に一緒に住んでいたのなら税金だ何だという話にも成りかねないのだが、このゴブリン達に言っても無駄だろう。何せここには人は住んで居なかったのだから。


「な、なるほど、それでここに。あの、それでですね。僕魚とか採りに来たんですけど、別に問題無いですか?」


「あー問題ないだろ。わしらも採っとるが海はわしらのもんじゃねぇからな。畑の方を荒さんなら問題ねぇ」


「畑ですか? あるんですか畑」


「あー、あるよ。ほれ向こうに」


 長老ゴブリンが杖で指し示した所には、確かに森の側ギリギリの所で栽培されている畑が存在していた。何やら細長い白い実をつけた蔦状の植物が無数に存在している。


「あれ、なんですか?」


「知らんのか? ありゃパライズヘチマっちゅーんじゃ」


「ヘチマ!? あれヘチマなんですか? 真っ白いですけど」


「おーヘチマ。皮剥かんと二、三日麻痺っちまうけども」


「麻痺!?」


「皮むきすりゃ問題ねぇし、うめぇもんだ。漬物にしてもそのまま焼いてもうめぇんだ。それにあの下に埋まっとる毛長ニンジンも栄養たっぷりでうめぇんだ、どうだ、食うか?」


「い、今はとりあえず海の魚で。ははは……」


 パライズ、恐らくパラライズの意味だろうヘチマと恐らく文字通り長い毛が生えているのだろうニンジンを想像してとりあえず食べるのを遠慮しておいた。彼等の主食はそれと森の恵みの果物や野生動物、そして海の幸らしい。今も村人の漁師が船を出して漁に出ているらしい。アルテイルも魔法を駆使して魚を獲る事にした。飛翔で空を飛び気配察知の魔法で海中の魚を確認すると、その魚周辺の水を魔法で変質させて氷にし息の根を止めて浮き上がらせる。それを持ってきた麻袋に放り込んでいき、麻袋一杯の魚が集まった所で浜へと戻る。浜へ戻るとどうやらアルテイルの事を待っていたらしい長老達が珍しいものを見るような視線を向けてきた。


「お前さん、ほんと魔法使えんだなぁ。いやぁたまげたわ」


「いやぁ、まぁ、あはは。そうだ、結構獲ってきたので良かったら皆さんも食べますか?」


「そうか!? いやぁ申し訳ねぇな。おい! 客人が魚くれっから、料理を女衆でやってくれ!」


 アルテイルの申し出に長老が嬉しそうに他のゴブリン達へと声をかける。呼ばれたゴブリン達が素早くアルテイルから魚を受け取ると嬉々として調理を開始した。自宅から持ってきた包丁とまな板代わりの木の板で鱗を落として丁寧に処理していく姿は流石に海の女と言える手際の良さがあった。


「あっと。そういえば塩も作らないと」


「塩? どうやって作んだ?」


 変わらずアルテイルの側に立っていた長老がアルテイルの言葉に不思議そうに問いかける。アルテイルはそれを苦笑だけで交わすと、とりあえず海へとまた近づき魔法の一つ『物体移動』を行使し魔力である程度の海水を持ち上げ、それから『抽出』の魔法を使い海水からミネラルと塩を抽出する。塩分を抽出された水はまた海に戻してやりそれを何度か繰り返すと、麻袋にいっぱいの天然塩ができた。一摘み舐めてみると自宅で舐めた塩よりも随分美味しい塩が出来た事に思わず顔がにやけてしまう。ふと横を見ると長老がどこから持ちだしたのか大きめの壺を一つ抱えていた。


「……えーっと、作ります、か?」


「おねがいしていいか?」


 始めっからやらせる気だっただろ。などと思いはするが口が裂けても言えず、また海水を持ち上げてそこから塩を抽出する作業を開始する。その作業をしていると次から次にゴブリンが壺を持って長老の背後へと並び、結局アルテイルの作業は採ってきた魚が全て焼き上がるまで終わる事は無かったのだった。


 久々の魚介をお腹いっぱい食べて満足したアルテイルの視界は海へと向けられていた。砂浜に足を放り投げて座っているこの感触が記憶の彼方から蘇り随分と久しぶりに感じる。この世界に日本の記憶を持って生まれて早二年となるが、食事等を懐かしむ事はあれど日本に戻りたい、という思いは沸かずこの世界で生きていく為に堅実な考え方をしている自分に苦笑が漏れる。結局今自身が置かれている状況から逃げる事は不可能なのが明白なので、なんとかやっていこうと思えるのはプラスになれどマイナスにはならないだろうと思えていた。遠くに沈み始める夕日を眺め、その夕日が形作る影を眺めていると、その影が段々と近くなっているのが分かる。影をよく見ると、小型の船を横に2つ繋げ、間に三角形の帆を張っている船だと分かる。間違いなくあれはヨット、しかも双胴艇と呼ばれる本体が二つ繋がれたタイプの小型帆船だ。


「お、村の若い衆がけぇってきたな。漁さ上手くいったんだなぁ」


「あれで漁してるんですか?」


「んだ。あの船はエルフの長老が教えてくれた船でな。なんでも昔の人達が使っとった船らしい。ま、作ったのはわしらだけどな」


 ゴブリン達に造船技術があるとは驚いた。しかも教えてくれたのがエルフとは。エルフと交流がある事にもびっくりだ。アルテイルのイメージではエルフはどちらかと言うと排他的な種族だと思っていた。


「坊主は今日どうすんだ? 村泊まってっか?」


「いえ、今日は家に帰ります。多分また来ますので、その時にでもまた」


「そうか。きぃつけてけぇれよ」


「はい。ありがとうございました」


 人情味溢れるゴブリン、というのも可笑しな話だが現実に居るので馬鹿にはできない。アルテイルは塩の入った麻袋を持って転移を発動し、手を振り長老に笑みを返して村へと帰還した。今後は飛翔魔法を使わずとも転移一発でこの村には来れる。次はカルアス達の分の魚介類も土産に持って帰れるよう鞄か何かを用意する事を決める。


 こうして今後、アルテイルとゴブリン村の人達との交流が始まるのだった。

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