アルテイル、内政に手を出す
剣の素振り千本を熟してからの実践訓練。木剣を用いてお互いに打ち合うという至極真っ当な訓練を開始するようになった。アルテイルはもちろん相手となるカルアスと打ち合う訳なのだが、この訓練に一つの終止符が打たれた。
「お前……剣の才能、全く無いな」
「うぐっ」
言葉のナイフでざっくり胸を抉られたアルテイルが胸を押さえて項垂れる。そう、アルテイルには剣の才能の欠片も見当たらなかったのだ。素振りにより体力はついてきており、相手の剣も良く見えている。それなのに、自分の剣が何故か巧く動かない。
「まぁ、じゃあ他のやってみるか? 槍とか、弓とか」
「そ、そうですね。やってみましょう!」
それから槍を試し、弓を試し。数日かけて様々な獲物の練習を行ったアルテイルに、カルアスは非情な宣告を行う。
「お前……才能全く無いな」
「ぐおっ」
以前より鋭くなった言葉のナイフに胸を押さえて項垂れるアルテイルだが、無いものは致し方が無い。武芸一般を納めているカルアスからすると不思議なぐらいアルテイルには才能が無かった。剣は前述の通りであり、槍は巧く振るえない。弓を射ればどれだけ練習させてもあらぬ方向へと飛んで行く。ここまでセンスの無い人間も珍しいと感じていた。
「うーん、何かが邪魔している気がするんだよな」
「何かって、邪魔してる?」
不思議なアルテイルの状況に思わず疑問の声を挙げながら告げるカルアス。カルアスから見ると、アルテイルの動きは悪くは無いのだが、何か誤差があり、それを蓄積した結果悪い動きに行き当たっているように見えていたのだった。
「アルテイル、一度お前のやりやすい何かで、俺に打ちかかってこい」
「やりやすい何かって……。槍も剣も駄目ですし、素手ですか?」
「おぉ。それでいいから、ほれ、来い」
プラプラと誘うように木剣を振るカルアスに向け、アルテイルが素手でとりあえず構える。自然と前傾姿勢のファイティングポーズを取ると、カルアスが「ほう」と一つ呟いた。一気に距離を詰めて右ストレートを放ち、避けられた所に左フック、それも避けられたら回転して右後ろ回し蹴り。ガンッと木剣に当たった衝撃が伝わってから、カルアスが距離を離した。
「なんだお前! 素手のほうがいいんじゃねぇか!」
「え、そ、そうですか?」
「あぁ。剣とか槍なんかよりよっぽど才能あるじゃねぇか。あんな蹴り初めてみたぞ俺は」
「な、なんとなく身体が動いて……」
この時代の主な武芸と言えば剣と槍、そして弓だ。格闘術は未だまだ発展途上どころか、実戦では剣や槍相手では明らかな不利である為、使う人間も少なく、それ程発達していない。単純な殴る蹴る、踏んづけるぐらいのものだ。アルテイルは記憶の中にある動作を行ったのみなのだが、そこに才能を見たカルアスがうんうんと頷くと、笑顔を振りまく。
「よし、じゃあ今後お前は素手の格闘の訓練だな。あ、魔法の身体強化は駄目だぞ、素の体力でやらないと意味が無いからな」
「はい、分かりました。よろしくお願いします!」
その日からアルテイルの訓練メニューに、格闘術の訓練が加わった。
―――――
午前の鍛錬の後、アルテイルの昼食はいつも従士長家で頂いている。もちろん対価は払っており、狩りで取った獲物を毎日渡しているのだ。従士長家の庭ではアルテイルの他にも従士が訓練をしており、他の従士と一緒に昼食を取ることが多い。その日は前日に取ってきた獲物が少ないという事で、従士長家から近くの森で、昼食前に狩りをする事になった。アルテイルの同行者は、カルアスとハイネルの二人のみ。以前領主から言われた村民の前で魔法を使うなという制限があるので、アルテイルの魔法の事を知っている二人だけが同行する事になっている。日々の鍛錬の成果により、アルテイルの気配察知の魔法は精度と距離を上げており、今や半径一キロ近くをカバーできるようになっており、またその気配の大きさもより細かく分かるようになっていた。森での狩りで、カルアスとハイネルのやる事はほとんど無い。アルテイルがさっさと獲物を見つけて、さっくり魔法で仕留めてしまうので、狩った獲物を捌いて血抜きしたものを持ち帰るだけだ。ちなみにアルテイルは血抜きすら魔法制御で行ってしまうので、ペースが非常に早い。
「こりゃほんと、魔法は便利でいいな」
「アルテイルが居れば食事には一生困らなさそうだね」
獲物を抱えてホクホク顔で言うカルアスの肩には、頭を魔法で撃ちぬかれた猪が。ハイネルの両手には兎が4羽ぶら下げられていた。今日の昼も夜も豪華になりそうだと三人で笑顔で戻っている途中、アルテイルは視界の端にそれを見た。森の中の少し開けた場所に青々と茂っている、地面から突き出した大きな葉の数々を。
「あれ、カルアス様。アレは?」
「アレ? あぁ、なんかよく分からん。馬の餌や堆肥に混ぜて肥料にしたりしている、野菜と言えば野菜なのか?」
「あぁ、あの味のしない奴ですか。葉の下に白くて太い根がついているんですよね」
「白くて太い根!?」
ハイネルの言葉にクワッと目を見開く。アルテイルが想像するのは白くて太い、味噌汁やおでんに入れておいしいアレだ。アルテイルは急いでその葉へと駆け寄り、無造作に葉っぱを掴むと勢い良く引っ張る。ズボッと抜けたソレは、正確にはアルテイルの想像とは違ったが、より驚愕を浮かべるに値するものだった。丸みを帯び、下に細くなっていく白い根。カブよりも長く、しっかりと白いコレは、領内の経済状況を改善させる事ができるかもしれない。アルテイルは目を輝かせて抜き取ったソレを担ぎハイネル達の所へと戻った。
「カルアス様! コレはすごいものですよ!!」
「おおう? 何がすごいのか分からんが……」
目を輝かせて告げるアルテイルに引き気味に対応するカルアス。アルテイルの言葉に何を思ったのか、ハイネルは静かに聞いた。
「ねぇ、アルテイル。君はソレが何か知っているのかい?」
「はい! コレは甜菜、サトウダイコンとも呼ばれる、砂糖の原料ですよ!!」
アルテイルの言葉に、二人は驚愕に目を見開いた。この世界にも砂糖は存在するが、限られた土地でしか栽培されていないサトウキビから抽出するのが主流となっている世の中で、砂糖とは高級品の調味料だ。その甘味が非常に人気で、砂糖を使ったお菓子は中流以上の貴族や豪商に人気の贅沢品である。
早速とばかりにアルテイル達三人は獲物を忘れず抱えたまま慌てて従士長家へと戻り、サトウダイコンから砂糖を抽出する作業を開始する。とは言え精製すら行わない作業は簡単なもので、葉を落とし泥を洗い皮を剥いたサトウダイコンを細かく切り、一つの鍋に水を入れて細切れにしたサトウダイコンを投入。十分に成分が出たと思ったらもう一つの鍋の上に布を敷いて中身を移す。布に残ったダイコンを更に絞って十分に成分が出たと思ったら、鍋の中の無駄な水分が飛ぶように煮詰めるだけだ。グツグツと沸騰し、水分が少なくなってきた頃には辺りに甘い香りが充満し、その匂いに釣られるように他の従士やカルアスの妻アデール、他の従士の妻達も庭の炊事場へとやって来る。
「あなた、これは?」
「あぁ、アルテイルが森で見つけてな。いつも馬の餌や肥料に使ってる奴だったんだが、サトウダイコン、砂糖の原料らしい」
「まぁ! 本当に!?」
「この甘い匂いは間違いなく砂糖なんだろうな」
興味深そうに鍋の中身を見るアデール達に、そろそろいいかなとアルテイルは鍋を火の上からあげる。結晶化もしておらず、成分の分離もさせていないので茶色く色づき少々青い香りがするが、糖分は十分。スプーンで一口舐めたアルテイルはそれを確認して、掬ったドロドロの砂糖をアデール達へと差し出した。
「最初なんでこれぐらいですが、十分甘いですよ」
「……あぁ、ほんと。甘くていいわぁ! ほらみんなも、舐めてみなさいよ!」
アデールの言葉に次から次へと妻達がスプーンで鍋から掬い舐め、頬に手を当てて喜ぶ。女性にとっての甘味はやはり大事なんだなぁと思い眺めている横で、カルアスとハイネルが話し合っていた。
「兄さん。これは上手くすれば」
「あぁ、そうだな。森から抜いてきてこちらで栽培できるようにしよう。従士の畑で余っている所がいくつかある。抽出方法も改善させていけば十分売り物になるだろう」
「後は株分けして数を増やしていかないとね」
「あぁ、これから忙しくなるな」
二人とも嬉しそうな笑顔を浮かべながらアルテイルへと近づき、その頭をガシガシと撫でる。
「お前ほんと、よくやったな! これでウチは大儲けだぞ!!」
「僕も思ったより早く王都に行けるようになるかもしれないね。アルテイルのお陰だよ」
「いや、それほどでも……」
こうして瞬く間に従士長を主導とした、ハイデリフト領内での砂糖の製造事業が開始される事となった。カルアスが領主である父親のガルマンに承諾を得に行った際、やはり兄のケインと一悶着あったのだが、どうにかカルアスが主導で製造を行う権利を得る事が出来た。
アルテイルも含め他の従士と一緒に森までサトウダイコンを取りに行き、畑に植えて栽培体勢を整えて順調に数を増やす。この世界の農作物はアルテイルの持つ知識よりも成長が早く瞬く間に数を増やし、もちろん連作障害に注意する為栽培する畑と休ませる畑を分けて作り、安定した砂糖の製造体制を確保する事が可能となった。
抽出方法もどんどん改善されていき、布で濾した後根を絞り、一時間程置くと色素や糖分以外の成分が沈殿するのを確認してからまた更に布で濾して色素と糖分を分離させてから煮詰める事でより純度の高い砂糖を精製する事が可能となった。この方法で作った砂糖は村の商人では無く、直接行商人と取引を行い、麻袋一つで同じ量の小麦の七倍の値で定期的に販売できるようになった。その売上の三割は領主に収めなければならないが、残った分は従士長家の物となり、その中から畑を持つ従士達と精製作業を行う従士の妻達とできっちりと分配する事になっている。今までとは比べ物にならないほどの収入が入るようになった事で、少なくとも従士長家の周辺と税を受け取っている領主の経済状況は少しずつ改善されてきたのだった。
―――――
砂糖の販売が可能になって約一年。経済状況が多少上向いたハイデリフト領の領主館前では、別れが始まっていた。主役は領主の息子である三男カーチスと、四男ハイネル。それぞれが小さな荷袋を肩に下げ、見知った領民に別れを告げていた。三男カーチスをアルテイルはこの時初めて見たが、特に特徴の無い男だというのが率直な感想であった。顔の良さはハイネルに劣り、カルアスのように体躯ががっしりしているという訳ではない。だが一番父親である領主のガルマンに雰囲気が似ている気がする。これで弓の腕は兄弟の中で一番だと言うのだから世の中分からないものだとアルテイルは思った。彼は領民の中の同年代の人達に別れを告げており、その中にアルテイルの兄達も存在しているのを確認している。一方ハイネルはと言えば領民の中でも既に嫁いでいる人も含め、多くの女性に囲まれていた。これがイケメンの力か、と圧倒されながら眺めていると、ハイネルが彼女達を振りきってアルテイルの前までやってくる。
「やぁ、アルテイル。見送りに来てくれたのかい?」
「はい、ハイネル様。王都までお気をつけて下さい」
そう、今日で三男カーチスと四男ハイネルは領地から出て、王都で独り立ちする事になったのだ。普段の税収に加え新たに入るようになった砂糖の売却益が思った以上に良く、販売からたったの一年でカーチスとハイネル、二人が当面王都で暮らす程度の貯金が出来たのだ。これもアルテイルがあの日サトウダイコンを見つけたお陰なのだが、その所為で別れが早まったと言えなくもない。彼等はこれから半月ほどかけて行商人と共に西部最大の領地となるシュタイマーアルク辺境伯領の最大都市シュタイマーまで行き、そこから乗合馬車で一月ほどかけて王都まで向かう。結構な長旅になるのだが、食料等は共に向かう行商人に金を払い揃えて貰っているので、荷物は着替えや個人の本や弓を下げているだけだ。旅慣れた行商人との旅路となるので、そこまで心配はいらない。
「アルテイル、君も大きくなったら一度は王都に来るといい。それと、手紙のやり取りもしようね」
「はい、とは言っても紙はこの街には売っていませんけれど」
「僕が送る手紙に返信用の手紙を添えておくから心配しないで」
気遣いのできるハイネルは、やはりイケメンであった。これが本当のイケメンかと内心で慄いたアルテイルだが、笑顔でハイネルの言葉に頷く。そして、ハイネルと握手を交わすのだった。
「君と過ごした一年弱は本当に楽しかった、僕に弟が出来たみたいだったよ」
「僕も楽しかったです。ありがとうございました、ハイネル様」
「うん、また会おう、アルテイル」
「はいっ! 絶対に僕も王都へ行きますから!」
そうしてハイネル達は行商人の馬車の荷台へと乗り込み、村から去っていく。アルテイルはその馬車が見えなくなるまで、思いっきり両手を振っていたのだった。
エオルゼア、面白いですね