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アルテイル、厄介事に巻き込まれる


 アルテイルは天才である、というのが領主一家の末っ子ハイネルの言である。アルテイルがそれを聞けば苦笑を浮かべるしかないのだろう。何せアルテイルにはこの世界より何世紀も先を行った知識が存在しているのだから。歴史や地理、計算に薬学をハイネルが教えれば、アルテイルはそれを真綿が水を吸い込むように吸収してしまう。結果的に、ハイネルがアルテイルに教える必要があると思える最低限の学問については、半年もせずに終了してしまっていたのだった。元々文字の読み書きが出来ていた上にこの吸収力はアルテイル自身としても驚きではあったが、ただ便利なだけなのでその恩恵に喜んで預かっていた。最近では専ら、ハイネルとアルテイルの勉強の時間は貴族社会に関する語らいの時間となっていた。


「つまり、法衣貴族というのが公務、吏員などの仕事をする貴族で、帯剣貴族というのが、軍や騎士団の、軍務を担う貴族という事ですか?」


「そういう事になるね。このオーリストア王国では軍と騎士団は別組織として運営されていて、それぞれに帯剣貴族が存在する。王都の警邏隊は騎士団に割り当てられるね」


「その他にも領土を持つ領主で各々に領土軍が存在する、という事ですか」


「呼び方はそれぞれだね。騎士団だったり軍だったり。ハイデリフト領内では領土軍となっている。そして、領土軍はそれぞれに人員の人数制限があるんだ。辺境伯であれば五千、子爵は三千、男爵は千五百、とね。実際はその上限まで数を揃えられない現実があるけど」


「領土を持つ領主がみんな裕福ではない、という事ですね。軍の人に出す給金が無いのでは」


「そういう事。ウチの領土軍は百人も居ない上、普段はみんな狩りや農業、開墾作業に勤しんでいるから、半ば形骸化されているようなものだね」


 そんな軍で大丈夫かと思いもするが、大丈夫では無いからみんな何らかの副業を行うしか無いのだ。ハイデリフト領の貧乏っぷりは中々に酷い状態である。領主自ら節制を心がけているのに領土が発展せず現状維持が精々というのがとても哀愁を誘う。そのうち過疎化してしまうのではと心配になってくる。


「そういえば、こちらのカルアス様の家に居る従者さん達は皆さんどこかのお家の方なんですか?」


 従士長カルアスの家には、お手伝いさんが居る。俗にいうメイドや家令というものなのだが、毎日入れ替わりで女性が複数人カルアス家を訪れ掃除や料理を作って帰っていくのだ。


「このカルアス兄さんの所に来るのは他の従士の奥さんだね。アデール義姉さんの従姉妹、僕達からしたら又従姉妹だったりするんだけど。もちろんその人達にも給金を出しているんだよ」


「ハイデリフト家にもそういう方はいるんですか?」


「もちろん。みんな四十を超えたおばさん達だけどね。子が成人して家事以外やる事の無くなった人達が来てくれるようになってるんだ」


 男のロマンの一つでもある、若いメイドと一緒にアフタヌーンティーというのは夢のまた夢らしいと、アルテイルはまた一つ悟った。何だか夢も希望も無いなぁ、とハイデリフト領に関する率直な感想を浮かべていると、間借りしている部屋のドアがガチャリと開いた。


「あれ、カルアス兄さん。どうしたんだい?」


 部屋へと入ってきたカルアスは、何やら難しい表情を浮かべていた。その表情に、アルテイルが何となく嫌な予感を感じ取ると、難しい表情のまま、カルアスが口を開いた。


「どうも、ケイン兄上がアルテイルの魔法について勘付いたらしい」


 カルアスの言葉に、ハイネルとアルテイルは表情を引き締める事になった。



―――――



 どうやら最近、次期領主であるケインがハイネルの行動を探っていたらしい。普段であれば家で読書をするか時たま狩りに出るぐらししかしないハイネルなのに、連日何処かへと足を運んでいる。一緒に暮らしていればある程度は気付くだろうが、何か遊んでいるのか勉強しているのだろうと勝手に勘違いするだろうと思い、ハイネルは特に隠すこともなくカルアスの家へと足を運んでいた。


 だがそこへ、ケインの耳に余計な事を入れた人物が現れたのだ。それがこのヘイデリフト領の名士であり、村長をしているデンマーという男。四十程度の痩せ気味の男だが、若い時にはシュタイマーアルク辺境伯領の街で商人の弟子をしていた男である。それ程識字率や計算能力の高くない領内において、このデンマーの持つ読み書き計算能力は価値が高く、ハイデリフト家では政務に畳用していたという。


 そのデンマーが、最近村民の子供がカルアス家に立ち入り、カルアスやハイネルから勉強や訓練を教えられているらしいと吹きこまれた。その上、もしかしたらその子供は魔法が使えるかもしれない、という事も。このデンマーの情報源は何を隠そうアルテイルの父親であるデミスや兄達だ。それを聞いたケインが何か仕掛けてくるかもしれない、というのが、カルアスが語った全てであった。


 アルテイルは話を聞いた瞬間怒りで目の前が一瞬真っ白になった。またあの父親が考えなしにやらかしてくれた。しかも今度は、悪い方向に動いている。前回の反省を全くしていない父親の行動に怒りを覚えつつ、アルテイルはどうすれば良いかを真剣に考えた。ケインという次期領主は、カルアスやハイネルから言わせると狡くて利に聡い男であるという事。魔法が使えるという子供を、放置しておくとはいくらアルテイルでも思えない。最悪、この領内を出て行く事まで検討していた。


「兄さん。ケイン兄上はまだ何もしていないよね?」


「ん、あぁ。俺に探りを入れてきた程度ではある。だがアレは、もう勘付いていると言って間違いないだろう」


「そうですか。さて、アルテイルは何かあるかい?」


「いえ、僕からは何も……」


「いやいや、そんな事は無いだろう。領内から逃げる程度は考えているんじゃないか?」


 図星を指されて苦笑いを浮かべる。半年程度の付き合いではあるがアルテイルの考える事ぐらいは察しているという事だろう。そんなアルテイルの姿に苦笑してからハイネルが一つ、ため息をついてから口を開いた。


「まぁそれは最後の手段という事で。僕に一つ提案があるよ。上手くすれば今後に関しての憂いも一掃できるだろうね」


「ほう。是非とも聞かせて欲しいなそれは」


「それはもちろん。何せ一番重要な役回りはカルアス兄さんだからね」


 そうして語られた打開策は、カルアスとアルテイルを驚愕させるには十分なものだった。


「確かに、それならば。だが大丈夫か? 下手をすればアルテイルは」


「恐らく大丈夫でしょう、保守的な父上の事ですから」


「まぁ、確かにな。ならばケイン兄上が何かする前に行動したほうが良いな。今から領主邸へ行こう」


「え、今からですか?」


 驚くアルテイルを他所に、カルアスとハイネルは揃って立ち上がり玄関へと向かう。その後ろを、アルテイルは急いで追いかけるのだった。


 従士邸から歩いて五分ほどの場所に、領主邸はある。領内で一番大きな家ではあるが、近くで見ると外装はそれほど整っておらず、所々壁が剥げている部分があり、どこか貧相な感じを受ける建物だ。質素倹約とは言うが、一応貴族なのだから外聞ぐらい整えておけば良いのにとも思うが、それを整える余裕すら無いのだろうか、とアルテイルは心配になった。


「さて、それじゃあアルテイルは何も言わず黙っていればいいからね」


「は、はい」


 初めての領主との対面だと言うことで若干緊張しているアルテイルの肩をポンポンと励ますように叩き、ハイネルは笑みを浮かべ玄関を開けた。


 玄関ホールは広く、だが調度品等は置かれていない質素なものだった。そこでは一人の老婆が雑巾を手に掃除をしていた。


「やぁ、ただいまレイテ。父上はどこだい?」


「お帰りなさいませ、ハイネル様。領主様は執務室にいらっしゃるはずです」


「ケイン兄上も一緒か?」


「これは、カルアス様。いえケイン様は領民と会合に行っているはずですから」


「また内輪の会合か……。アイツもそういうのが好きだな」


 ケインの行っている会合というのは、村民の中で鍛冶屋や商人、そして農家の一部と村長を交えた情報交換、意見交換を行う場となっている。今年の収穫量の報告や開墾状況、商店の売上等から税率を算出したりする。その会合で話し合われたものが通常の村民に布告されて皆がそれに従い税を納めるという仕組みだ。以前は領主自らが出席していたが、最近は次期領主であるケインに任せている状態であり、ケインが参加するようになってからその様相は変わってきたらしい。今までとは違いもう少し税を絞れないか、何か金を稼ぐ手段は無いかと模索する場所になっているという。もしかしたら現在、アルテイルの事について話し合いが持たれているのかもしれない。


「ま、居ないのなら都合が良い。いくぞ」


 カルアス先導の元、二階へと上がりその一室の扉を叩く。


「父上、カルアスです。入ります」


 ノックをし、カルアスが扉を開けて中へと入る。内装は小奇麗にしていはいるが、やはり調度品等は無く、事務的なものが仕舞われている本棚と机が置かれているのみ。これが領主の執務室かと若干の落胆を覚えながら正面を見ると、ブラウンの髪を蓄えた四十過ぎの男性の姿があった。どことなくカルアスに似たその風貌は、やはり彼らの父親であり領主のガルマン・バスク・フォン・ハイデリフトその人なのだろう。


「どうした、カルアス、ハイネル。その子供は何だ」


「この子について話がある。ほら自己紹介」


「あ、はい。あの、アルテイルです」


「最近僕とカルアス兄さんで勉強を教えたり鍛えたりしている子なんだ」


 ハイネルの言葉にガルマンが得心がいったという表情を浮かべる。


「それで、その子供がどうした」


「父上、この子は魔法が使える。しかも水や種火程度では無く、野生動物を狩れるくらいの強力な奴だ」


 その言葉に、ガルマンが目を見開く。無遠慮にアルテイルをじろじろ見るが、アルテイルは言われた通り、それを気にしないようにした。そして父親の興味がアルテイルに行っている事を確信したハイネルが、笑みを浮かべる。


「父上、この子を養子にしませんか?」


「……なんだと?」


「この子が領主になれば、今後この領土は必ず発展する。何百年も先の話じゃなく、十年も経たない内に、だ。そうすれば収入も増えるし、功績を認められ爵位も上がるだろう」


「何を馬鹿な事を」


「馬鹿な事ではない! この子の力があれば田畑の開墾だって今よりも早く可能だ! 村民だってそれを喜ぶだろう!」


「もう良い!!」


 ガルマンの怒声と共に、カルアスも言葉を紡ぐのを辞める。その様子、ガルマンはため息を一つ吐くとどこか悲しそうな表情を浮かべた。


「カルアス、もう次期領主はケインで決定している。今更長子継承を破棄にする訳がないだろう。いくら優秀な者が居ても、だ」


「それは分かっている、だが」


「話はそれで終わりだ。そしてアルテイルと言ったか。貴様は今後、領民の前で魔法を使う事を禁ずる。そして農業にも手を出すな」


「は、はい。分かりました」


「話はそれで終わりだ」


 それっきり、ガルマンは口を開かず威圧的な雰囲気を醸し出す。ここは早く出て行くべきと判断した三人は、黙って部屋を後にしようとする。そこへ、三人の背中に。いや、カルアスの背中に向けて、ガルマンが声をかけた。


「カルアス。お前は未だケインの事を」


「……父上。俺はケイン兄上を主とは認められない。俺に領主は無理だがハイネルならば、と今でも考えている。それが領地の発展に必ず繋がると」


「もう良い。だがお前は今や従士長だ、その事だけは忘れるな」


「領地の為に、それだけは忘れんさ」


 カルアスはそれだけ言うと、扉を締める。この家庭も複雑なんだな、とアルテイルは思いつつ暫く三人で無言で歩き、適度に部屋から離れた瞬間、カルアスが破顔した。


「いやー流石ハイネルだ! 想定通りの話になってくれた!」


「僕もここまで予想通りになるとは思わなかったよ。良かったね、アルテイル」


「はい。カルアス様、ハイネル様ありがとうございました」


 ハイネルの想定通り、保守的な領主はアルテイルの事を拒否し、その上今後の魔法禁止令を出した。領民の前で魔法を使うなという事は、開墾等には利用できない。その上、農業に手を出すことも公式に禁止されている。アルテイルからすれば非常に都合の良い結果となった。領民の前で無ければ問題無い、狩り等で一人森に入り魔法で獲物を狩ることは自由なのだから。


「よし、じゃあ帰って宴会でもするか。アルテイル、ハイネル」


「はい、分かりました」


 そう言って玄関まで向かうと、自分達が開くより前に玄関の扉が開いた。玄関から入ってきたのは、長身細身の、平凡な顔つきをした男。彼の姿を見た瞬間、カルアスの表情が嫌なものを見るものになった。


「おや、カルアスか。それにハイネルも。どうかしたのか?」


「ちょっと用事でな、ケイン兄上」


 この人物こそが、ハイデリフト兄弟の長男であり、次期領主となる予定の男、ケインであった。見た目は平凡であり、そこらの農民と余り変わりのない凡夫。何か特異な才能がある訳でも無く、剣はカルアスに負け、頭ではハイネルに負け、ただ長子というだけで、次期領主となる事が決まっている男。ただ、見た目にも狡い雰囲気を、アルテイルは感じていた。これが次期領主で大丈夫か、と一瞬不安になるくらいに。


「そうだ。最近お前達、農民の子に何やら指導しているそうじゃないか」


「あぁ、まぁな。将来有望な人間だ、今の内に教えておいて損は無いだろう」


「確かにな。聞く所によればその子供、魔法が使えるらしいじゃないか。その子を使って開墾を」


「そりゃ無理な話だ。さっき父上に言って魔法を使うな、農業に関わるなと言われたばかりだからな」


「なんだとっ!」


 やっぱり狙っていたのか。先手を打って良かったとアルテイルが実感していると、ケインは怒りを表情に浮かべてカルアスを睨む。


「父上がそう言ったのか!?」


「あぁ、そうだ。何なら今から確認しに行くと良い」


「言われずとも!」


 ケインは表情に怒りを浮かべたまま、ズンズンと足音を立てて階段を登っていく。あの調子では本当にアルテイルを利用するだけ利用して利を得ようとしていたのだろう。狡いやり方を平気でする次期領主に、この領内の将来が心配になってくる。


「あーくそ! 最後に胸糞悪い奴に会った。ハイネル、狩りに行くぞ! アルテイルも付き合え!」


「はは、しょうがないな兄さんは」


「わ、わかりました」


 その日の晩、カルアスが大量に仕留めた獲物は従士邸で旨い肉としてテーブルに並び、今日の鬱憤を晴らすように皆で舌鼓を打ちながら笑顔で酒盛りをした。


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