アルテイル、戦う
八角形の全てを壁に囲まれ、壁の背後に見える階段状に並ぶ石の段を見て、ここが訓練場か闘技場なのだろうと思い当たる。
アルテイルの正面には校長先生が笑顔で立ち、観客席に見える場所にはミカとノエルの他、複数の大人の姿がある。恐らく冒険者学校の講師だろう大人達も含め、校長先生は実力を見せて欲しいと言ったのだろう。でなければこの場には居ないはずである。
まぁ魔法使いという噂のみ先走って伝えられているアルテイルをこの冒険者学校へ引っ張ってきたのだ、そこに価値があると見せなければ行けない事は理解している。
だからアルテイルとしては、適当に魔法のいくつかでも使って終わらせるというつもりは無かった。
「さて、それじゃ。いつでもかかってきなさい。あぁ、建物を壊すような大掛かりな魔法は禁止じゃぞ」
「ウィンドカッター!」
開始の合図と同時に、アルテイルが魔法をぶっ放す。飛ばされた風の刃はしかし、校長の魔力障壁によって防がれた。
やはり言うだけあってこの程度じゃ通用しないか、と考えたアルテイルだが、校長の次の言葉にカチンと来る。
「ふむ、この程度かの。じゃったら期待外れもいいとこなんじゃが」
その言葉がアルテイルの神経を逆撫でし、本気にさせた。
勝手に期待しといて何て言い草だこのジジイと心の中で唾棄しながら魔法を仕上げていく。
「ドライブワン、イグニッション。アクセルドライブ!」
紡いだ言葉が魔法陣となりアルテイルの身体を通り抜け、その力を解放する。確りと魔法が浸透した事を確認したアルテイルは、一足飛びで校長の目の前へと現れた。
「うおっ!」
「オラァッ!」
腰が引けた校長に殴りかかるもガツン、と魔力障壁で防がせる。それにもめげず左右のコンビネーションから右回し蹴りと披露するも、その尽くを目の前の壁に防がれた。
ならば、とひとっ飛びで後ろへ飛んで、再び魔法の言葉を紡ぐ。
「ドライブツー、チェンジアップ! クロスドライブ!」
より輝きの増した魔法陣がアルテイルの身体を通過し、その効果を発揮する。放たれる魔力はより鋭利に、その速度は更に増加した。
先程よりも早く校長の正面へと駆け寄るが先程から校長は魔力障壁を展開したままだ、ならばと正面にフェイントをかけて直角に横へと回り、横っ飛びにソバットをかます。
「ドラァッ!」
ガツン、と良い音がしたが急制動に対応した校長が冷や汗混じりに魔力障壁を展開しているのを見て、この速度であれば対応できない可能性を考える。
ニヤリと笑みを浮かべ、アルテイルはフェイントを交えつつ校長へと襲いかかった。正面かと思えば左から、右だと思えば下から殴り、蹴りつけ、それを既の所で校長が防御する。
そして背後に回ったと見せかけて上空へと飛んだアルテイルは、拳を引きながら魔法を展開した。
右拳の前に浮き出る魔法陣は高熱を発し温度によって赤を通り越し黄色く輝く。そして拳を突き出すと同時に、アルテイルはその魔法を解き放つ。
「フレアショットガン!」
上空から散弾の如く放たれた火炎はどう考えても人に向ける類のものではない威力を内包しており、その弾幕は避ける隙間さえなく、校長はやはり魔力障壁で防ぐ他無かった。
障壁にぶつかる事に轟音を響かせながら爆発する散弾を確認してから距離を取り、三度目の魔法を使う。
「ドライブスリー、オールリミットリリース。フルドライブ!!」
轟音と爆炎の中アルテイルは三度目の魔法に包まれる。
より強く、より速く。肉体の限界に近い速度を可能にするその魔法を纏い、アルテイルは両の腕を腰溜めに構えて、一気に駈け出す。
爆炎に巻かれた校長の姿を確認してその懐に潜り込み、踏み込みの勢いと軸足からの回転を膝から腰、腰から肩へと伝え、双掌打に爆発的な威力を与える。
その双掌打は確かに、校長へと放たれた。
「破ッ!!」
途端、バチンッと大きな音を立ててアルテイルの身体が吹き飛び、ゴロゴロと後ろへ回転してから停止する。
ズザザザ、と引きずられたような音を立てて何とか姿勢を取り戻したアルテイルが慌てて立ち上がると、そこには魔力障壁を張った校長が、変わらぬにこやかな笑みを浮かべて立っていた。
「ほっほっほっ。まさかここまでやるとはのう」
「……今のは、何が起きたんですか?」
「うむ、障壁で防御しただけじゃよ。自身の放った技の威力で吹き飛んだんじゃよ」
なるほど、障壁に阻まれて衝撃が返ってきた訳か、とアルテイルは納得し、自身の攻撃が届かなかった事に歯噛みする。
そんなアルテイルの様子に校長はニコニコとしたまま告げた。
「うむ、魔法の才能は十分、これからの素養もある。将来有望じゃな」
「はぁ……あ、ありがとうございます」
「うむ、では今日はこれぐらいで帰るといい。明日からよろしくの」
「はい、よろしくお願いします」
校長からの言葉にペコリと頭を下げて、アルテイルは訓練場の出口へと向かう。慌てて駆け寄ってくるミカとノエルを引き連れて、そのままアルテイルは訓練場を出て行った。
その姿を笑顔を浮かべたまま見送った校長は、完全にアルテイルの姿が見えなくなってから、ガクリと膝をつく。
「校長っ!?」
「ぐふっ、いかんこれ。わしこれいかんわ、立っとれんわ」
先程までとは打って変わってヨロヨロとしながら地べたへと座りこみつつ校長が呟く。周囲で見ていた講師達が次々に慌てて校長へと駆け寄っていった。
「校長先生! だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫じゃないわい、なんじゃあのバケモンは。わし手も足も出せんかったわ。防御しかできんわあんなもん」
そう、校長は別に攻撃をしなかった訳ではなく、攻撃が出来なかったのである。アルテイルの速度に付いて行くには全神経をアルテイルの攻撃に備える事に削ぐしか無く、アルテイルへと攻撃する事が出来なかったのだ。
結果的にアルテイルの攻撃は一つもマトモに受ける事は無かったが、ショットガンの爆発力と最後の双掌打の衝撃は完全に殺しきれず、校長へと伝わっていた。マトモに受けていれば内臓破裂必死の威力が膝をグラつかせる程度にまで削ぎ落されて、校長を蝕んだのだ。
だがこの人物は校長先生である。初日から生徒の攻撃により膝をつくという事だけは今後の事も考えて避けたかった。なので痩せ我慢で最後まで笑顔を浮かべ、アルテイルへ帰宅を促し、彼の姿が見えなくなるまでその姿を見送った。
全ては大人の体面、校長としての挟持を護るための気合と根性が成せた事である。
「わし、次はもうせんからな。あんなん相手するのは無理あるわい、次は裸足で逃げるわ」
「こ、校長、さすがにそれは……」
「じゃったらお主がやればええじゃろ! わしは二度と御免じゃからな!!」
ハァハァと荒い息を吐きつつ、涙目で校長は叫ぶのだった。
―――――
転校初日と言うのにアルテイルの模擬戦だけで初日が終わってしまった三人は、特にやる事も無いのでゴブリン村へと行く事にした。
そろそろ塩も補充したいし、最近肉ばかり魚を食べていないという事もあり、久々に海の幸を楽しもうと転移でピュッと飛んできた。
そしていつも通り魚を獲ってゴブリン達にも振る舞い海の幸を堪能し、ついでだし風呂にも入って行くかと思った所で、アルテイルはそれに気がついた。
公衆浴場のようになっている木の囲いの壁部分に、見慣れないものが取り付けてあるのだ。
「あれ、長老。あれどうしたの?」
アルテイルが近くに居たゴブリン村の長老に問いかけると、長老は笑顔を浮かべた。
「あれはわしらがエルフの長老にお願いして貰ったもんでな。エルフの聖地じゃ普通に使われとる、水の魔石と火の魔石で水を温めて出すえっと……なんじゃったっけ」
「ボイラーだで、長老」
「ボイラー!?」
村長と共に居たもう一人のゴブリンから飛び出した言葉に目を丸くする。
ボイラーなんてものがこの世界にあるとは、というかボイラーなどという言葉がある事にアルテイルは驚愕を浮かべた。
ボイラーという言葉自体この世界では異質なものであり、聞かない響きだ。それこそ日本という異世界の知識があるアルテイルしか、その意味を理解できていない。
だがボイラーがあり、それを普通に使っているエルフとその聖地とは、一体どうなっているのだろう。
どこかこの世界の歪さを目の当たりにしたようで、酷く気持ち悪かった。
「これが来てから風呂に入るのが楽になったからのう。ほんとにエルフの長老には感謝だ」
「あぁ、そうか、そうだよな……。ラクになるのは良い事だよな」
笑顔で告げる長老の言葉に、どこか上滑りした返答しかできないアルテイル。
そう、便利になるのは良い事であり、特に長老達が何かした訳でも無いのに、気持ち悪さが晴れない。
気分を切り替える為に、アルテイルは長老に話を振った。
「それで、エルフの聖地ってどんな所なの?」
「ん? エルフの聖地さ気になるか。そーだなー、なんつーか色々すごいぞ。いってみっとわかっけど」
「んだなぁ、シューゴージュータクっつうのがあったりクカクドウロがあったり、綺麗な街だで」
「集合住宅に区画道路があるのか……」
どんどんエルフに対するファンタジーな認識が崩れ、アルテイルの知る日本的なイメージが追加されていく。
一体エルフの聖地と、エルフに何が起こっているのか、この時点でのアルテイルには全く予想が出来ていなかった。
後にアルテイルはエルフの聖地へと赴き、世の理不尽さと利便性への甘受を受け入れることになるのだが、それはまた後の話である。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
また感想、ご指摘や誤字脱字のご連絡大変感謝しております。
さて、感想欄にていくつかご指摘されている点に関して、白黒はっきり言う事で解決するとの事ですので申し上げます。
この文章につきまして、盗作、あるいはパクりである事はございません。
どこかで何かに似通った設定や展開があった場合、オマージュやリスペクトであると割りきって頂けますと幸いでございます。
今後とも稚拙な文章ではございますが、何卒よろしくお願いいたします。




