アルテイル、家を買う
王都にある冒険者学校。そこには寮が無かった。
基本的に王都に住む住人が通うので寮を作る必要も無く、また遠くの領地から態々王都の冒険者学校まで子供を通わせる親というのは基本的に、王都に別邸を設けているものだからだ。
アルテイルの場合当然王都に家など無く、知り合いと呼べるシュタイマーアルクの別邸を仮住まいにするには申し訳無さが先立つし、リザルの子爵邸に住まわせて貰うのも如何なものかと思っている。
なので王都行きに先立ち、アルテイルは王都に家を購入する事になった。伝手を使いリザルの知り合いと言う王都での不動産屋を紹介して貰ったのだ。
この日アルテイルは不動産屋に連れられて、一軒の屋敷を見に来ていた。
「ここなんかは手頃かと思います。ご希望の間取りもしっかり満たしておりますし、一番のご希望である風呂場があります」
「ほうほう、風呂場があると」
2階建てで出窓のついた実家に比べると明らかに大きな屋敷を眺めながら、リザルが応える。今回紹介してもらった事もあり家屋の見学にも同行して貰ったのだ。
「はい、風呂場があり、厠もしっかりとしたもの、というご希望でしたので。まぁ勲功爵にしては少し大きめの屋敷となりますが、周辺からは特に反発などはございませんでしょう」
「はぁ。とりあえず中を見せて貰っていいですか」
「勿論です。ささ、どうぞ」
玄関を入るとすぐに玄関ホールとなり、2階への階段が伸びる。階段の前を抜けて右手に進むと居間と台所の繋がる大きな広間へと繋がっている。居間までの通路の間に扉があり、そこが風呂場と厠だと言う。
アルテイルはとりあえず厠の中を覗き見ると、石の敷かれた所に穴の開いた椅子が用意されており、その下に壺が一つ置かれていた。その背後には壺の中身を捨てる穴があり、石で蓋が閉められるようになっている。
「どうです、確りした造りの厠でしょう」
「えぇ、まぁ、そうですね」
やっぱりこの時代どこへ行ってもトイレはこの方式か、と諦めたアルテイルが光のない視線で壺を見つめる。下水道技術が未だ無い世界なのだから致し方ないし、便の処理で利益を得ている業者もある。いきなり社会全体に下水道方式を導入してその業者を根絶させてしまう訳にもいかない。
多分自分が生きている限り、この世界ではずっとこの方式だなアルテイルは達観した。
続いて隣の風呂場に案内されるが、トイレ事情に現実を知ったアルテイルは期待していない。そして案内された風呂場を見てみると、やはり裏切られていたのだ。
「こちらが風呂場になります。衣服はここで脱いで、風呂場を利用する際にはこの火の魔石に水を掛けると湯気が発生しますので」
「蒸し風呂って事ですよね」
「蒸し風呂、まぁ確かにそういう事になります」
そう、蒸し風呂。所謂サウナである。この世界で風呂と言えば基本的にサウナなので風呂には間違いないのだが、やはりアルテイルの期待していた湯船に浸かる方式では無かった。
だがここでアルテイルは一つ気付く。今の不動産屋の説明では、火の魔石を利用すると言っていた。
「すいません、質問なのですが。この風呂場を改装する事って可能でしょうか」
「改装ですか。賃貸では困りますが、お買い上げいただくのでしたら問題ございませんが」
「買い取りだといくらぐらいですか?」
「賃貸の場合月間金貨6枚、お買い上げですと金貨2000枚になります」
その金額にアルテイルは考える。今手持ちで持っている金貨は1300枚。月々の爵位による収入が金貨10枚に、シュタイマーアルク辺境伯に買い取られた味噌と醤油の作り方に対する報酬がまだ渡されていない分で金貨500枚ある。
先に1300枚を支払ってしまって残りを月賦で支払う事は可能だろうか。
「すいません、買い取りをしたいんですが。今手持ちで金貨1300枚しか無いので、残りを月賦というのは無理でしょうか」
「えぇ、構いませんよ。またこちらで改装に関しても頼んでいただけるのであればその改装費用はお安くさせていただきますが」
「ではそれで是非お願いします」
「それは結構ですが、他の部屋は見て回らくてよろしいですか?」
不動産屋からそう言われて、自分の頭の中に風呂の事しか無かったのを恥じ入るアルテイルだった。
―――――
結局その屋敷を購入する事に決定したアルテイルは、一旦シュタイマーに戻りシュタイマーアルク辺境伯から未払いの金貨500枚を回収し、そのまま不動産屋に改装工事をお願いするのだった。
他の部屋はメインの執務室と寝室の繋がった部屋が一つと書斎、あとは来客用の部屋が4つとなっていた。王都の貴族が住む家ではこれでも小さな方であり、豪商にも劣る屋敷だが、改装工事によってアルテイルにとっては他の屋敷とは比べ物にならないほどの価値を持つ事になる。
約一ヶ月間の改装工事の間アルテイルは冒険者学校に通い学校が終われば工事に立ち会い、大工の者と色々な加工について話をしながら工事を進めていた。
その間にハイデリフト領の問題が片付いた事で何の懸念も無くなったアルテイルは工事に本腰を入れて自分の知り得る知識を曖昧ながらも大工に伝え、やっとアルテイルの望む風呂場が完成した。
脱衣所を抜けると石の床の上に木の板が隙間を開けて敷いてあり、これが簀子となっている。湯船は檜のような材質の木を利用し、水漏れを起こさないようにしている。
湯船の横には火の魔石を土台にした石で出来たタンクが存在しており、ここに水を貯める事で火の魔石により暖められた水がお湯になり、レバーを撚る事で直接湯船に投入される。熱すぎる場合はアルテイルが水を魔法でぶち込めば良い。
排水もちゃんと考えており、簀子部分や湯船から抜けた水は庭に新たに池を掘り、そこに排水される。排水された水が溜まったら汚物業者に回収して貰うかアルテイルが魔法で蒸発させるつもりだ。
とりあえず池に魚などを飼うつもりも無いアルテイルとしてはそれで良いと考えている。ヘドロなんかも発生するだろうが、そうなったらやはり汚物業者に回収して貰うつもりだ。
こうして完成したアルテイル邸に、三人は訪れていた。
当然アルテイルと、対外的に家臣という事になっているミカとノエルだ。
「おーっ! いい家だねーアルテイル君!」
「お風呂がある。これは最高」
「ていうか君達、本当にここに住むの」
「私達はシュタイマーアルク様からのお目付け役なのだから、当然アルテイル君と一緒なのです!」
「私達としても王都の冒険者学校に通えるのは利点が多い。歴史に残る優秀な冒険者はみんな王都の冒険者学校に通ってた、らしいから」
アルテイルは結局、この二人から逃げる事が出来なかった。
新たな冒険者学校で新しい仲間が待つという状況に少し夢見た所もあったが、あのシュタイマーアルク辺境伯が頑として彼女達を側から外す事に同意せず、結局こうして連れてくる事となってしまった。
カインも状況は理解しているらしく「二人の事、宜しくな」なんて言って別れてきた。
カインだけ残していくのも心苦しいものがあったのだが、カインはカインで既に学校で新たなパーティに参加しているという状況であり、別段ミカとノエルが抜けたからと言って特に気にしては居なかった。
自分もどちらかと言えばカインの立ち位置が良かったなぁ、と思いながら、早速屋敷を物色している二人を見て、ため息を吐くのだった。
―――――
時は過ぎて冒険者学校転校初日。その間家ではミカとノエルが部屋をどこにするかで揉めたり、料理当番を毎日交代制にする事を決めたりと様々な小事が起こっていたが、特に語る事も無い為割愛する。
アルテイル達はいよいよ冒険者学校二年目となり、その転校初日となった。
早速三人で冒険者学校の事務局へと向かい手続きを行う。すると、アルテイルの名を見た事務員が何処かへと行って数分後、慌てた様子でアルテイルの元へと戻ってきた。
「すいません、アルテイル・ハイデリフト様。校長室にて校長がお待ちです」
「はぁ、校長先生ですか」
「はい、校長先生です。ご案内しますのでご同行をお願い致します」
頭を下げて言う事務員に同意を示すと、アルテイル達は事務局から比較的近い部屋へと案内された。通常の扉とは違い、そこは重厚なな雰囲気を持つ木の扉になっている。
こういう扉の造りとかで差別化が図られているんだなとアルテイルは一人納得しつつ、事務員に案内されるままに校長室の中へと入った。
校長室の中は小奇麗にされており、高級そうな机の前に、一人の初老の老人が座っていた。
「おう、君がアルテイル君かね」
「はい、アルテイルです。初めまして」
老人の言葉に同意して頭を下げると、老人がウムウムと言いながらアルテイルを探るような目つきで見つめてきた。
「ふむふむ……中々精悍な顔つきをしておるの。それに底知れぬ雰囲気じゃな、うむ」
「はぁ、あの、校長先生ですよね」
「うむ、わしが校長じゃ」
校長はそう言うと、席を立ち握手を求めてくる。それに反射的に手を握り返すアルテイル。
「うむ、宜しくの。さてそれでは早速なのじゃが。君が新進気鋭の魔法使いである事をわしは知っておる。じゃがまぁ、実際どれほどの腕かは知らぬのじゃ」
「えっと、と、言いますと?」
「うむ、つまりじゃ。その魔法の腕を見せてくれたまえ。模擬戦という形でのう」
転入手続き早々に模擬戦とは、穏やかじゃない学校生活が待っていそうだなぁと考える。
だが確かに自分の話は外から聞いただけの話だろうし、実際に披露するのも悪い事ではないだろうとアルテイルは思った。
「それは、構いませんけど。一体どなたと模擬戦をすれば?」
「うむ、全力で事に当たって欲しいのでな。ここは対戦相手に相応しい者を用意しておる」
「はぁ、そうですか」
「ま、わしなんじゃがな。他の魔法使い相手じゃ難しそうじゃし」
「えっ」
転入早々の模擬戦に、対戦相手が校長先生。
どういう事か、そういう事になってしまったのだった。
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