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アルテイル、締める


 ハイデリフト家の揉め事に際してアルテイルがハイネルからお願いされたシュタイマーアルク辺境伯へのお願い事だが、いつもの魔法訓練後にシュタイマーアルクへと話してみた所、その案に難色を示した。


「なんというか、別にウチの領じゃなくてもいいですよね、それ。王都の警邏隊に叩き込んでしまう方が良いのでは」


「あぁ、そういえばそうかもしれません。でも警邏隊って試験とかあるんですよね?」


「それはありますが、そこは私の伝手を使いましょう。いくつかありますから適当な所に放り込めるよう手を打ってあげますよ。お礼は次回の砂糖の取り引きで色を付けていただければ」


「分かりました、そこら辺は話をしておきます」


 当然ハイデリフト領からの砂糖は周辺で一番大きく、一番近いシュタイマーで取引されているのが主である。最近砂糖がこれまでより安価で購入可能になったシュタイマーでは砂糖ブームというものも起こり始めている。


 これまでより安いと言っても元が高価であり、数もそれほど流入していなかった所に近くの領から砂糖の買い付けが可能になったのだ。これまでの遠くから取り寄せる砂糖より安価になるのは仕方がない。


 砂糖の販売にかかる税金はシュタイマーの収入の一つだ。色を付けてもらえるならそれだけ提供が可能になるし、ハイデリフト領としても現物での報酬であれば助かるというのが実情である。


 砂糖でいくらか収益増をしているが、それでも元の貧乏領からちょっとマシな領になったぐらいである。これ以上収益を増やすには砂糖の生産をもっと上げるか、他の特産品を見つける必要がある。


 そう考えると、現状カルアスが管理している砂糖部分について、カルアスが領主になったほうがより多くの農民に生産を促せる事になると思うので、やはりカルアスが領主になるのが良いのではないかと思った。


「それで、アルテイル君。私のほうからもお話があるのですが」


「はい、なんでしょうか」


 改まって告げてくるジルベスタの言葉に、何の気無しに返答したアルテイルだが、ジルベスタは何とも言い難い表情で言葉を紡いだ。


「こう、なんと言いますか。正直な所、最近王都からの催促が少し煩くてですね」


「催促って、何のですか?」


「アルテイル君を王都にある冒険者学校へ転校させて欲しいという事なんですよ」


「えっ」


 突然降って湧いた転校話にアルテイルの目が点になる。


「まぁ辺境伯領、一貴族の下に住み着いている勲功爵という君の立場、向こうでは受けが宜しくなくてですね」


「具体的に言いますと?」


「優秀な魔法使いでもある勲功爵を私兵として使う気では、などと私が勘ぐられる程度ですが。正直日を追うごとに煩くなってまして」


「それはなんというか、申し訳ありません」


 まさかそんな事になっているとは露知らず、のんびりと過ごしていたアルテイルが素直に頭を下げる。そういう貴族の立場がどうという話にはトンと疎いのは実際に貴族になろうと変わらないのであった。


「それで王都の冒険者学校から是非転入して来ないかという話も来てまして。まぁ王都貴族側と冒険者互助協会側の利害が一致している所もありますし」


「冒険者互助協会は分かりますけど、王都貴族は何故に?」


「将来有望な貴族の側に居れば何らかのお零れにあずかれるかもしれないじゃないですか」


「うわー、打算的」


「貴族なんてそんなもんですよ。それでどうですか、転入に対して。あちらはお供の方と一緒に学費免除を申し出てますよ」


 学費免除はシュタイマーでも同じだが、今の話を聞いてしまうと転入する以外の選択肢が無いとアルテイルが気付く。今以上にジルベスタの好意に甘えている訳には行かない時がやってきたのだと感じた。


 尤も好意に甘えていたのはもうすぐ一年という期間であり、それほど長かった訳では無いが。


「じゃあ、しょうがないですね。シュタイマーアルク様にこれ以上ご迷惑かける訳にもいきませんし」


「ではそういう事で、あちらの冒険者学校のほうには私のほうから連絡しておきます。あちらにはエリオット程ではないですが、優秀な魔法使いが何人が居るという事ですので、魔法の事で相談や何かがありましたらそちらへ相談してください」


 王都の冒険者学校では魔法使いが居るのか。その点だけでも行ってみる価値はあるかもしれないな、とアルテイルは感じていた。



―――――



 ハイデリフト家家族会議二回目。今回はアルテイルもその場への出席を求められていたのでハイネルと共に一路カルアスの住む従士長邸へと向かうと、門の前で既にカルアスが二人を待っていた。


「おう、来たか」


「こんにちは、カルアス様」


「あれ、オリガ義姉上は?」


 挨拶もそこそこにハイネルが問いかけると、カルアスが少々困った顔をした。


「ケイン兄上の顔を見たくないから行かないと。まぁ気持ちは分からんでもないし本人がそう言うのであれば仕方が無いだろう」


「ふむ……。じゃあアルテイル、君は今回も見送りで。アデール義姉さんの所に行っておいて」


「あれ、行かなくて大丈夫ですか」


「オリガ義姉上が居ないのであれば守る必要がある人も居ない訳だし、ケイン兄上が何かしてきたとしても普段鍛えてもいないケイン兄上がカルアス兄さんに勝てる訳も無いから」


 サラッと毒を吐くハイネルだが、確かにカルアスの腕前なら問題ないだろうと思う。カルアスの腕前でもし王都に住んでいたら騎士団や軍部に入っていいポジションに就いていたのではないかというぐらいカルアスの腕は立つ。


 田舎領主の次男として生まれたのが悔やまれる。


「まぁそういう事であれば、久しぶりにアデール様とお茶でもしています」


「そうしとけ。あいつもアルテイルには会いたがっていたからな」


 そう言って、カルアスとハイネルは領主邸へと向かったので、アルテイルも従士長邸へと入り、中でアデールを見つける。


「あ、アデール様。お久しぶり……」


「あら、アルテイルちゃん。久しぶりね」


 丁度居間でお茶をしていたアデールは、一緒にオリガと楽しそうに紅茶を飲んでいた。そんな事よりもアルテイルは一目でアデールの変調に気付いた。


 若干膨らんでいるのだ、お腹が。


「アデール様、もしかして」


「えぇ、二人目よ」


「それは、おめでとうございます」


 ゆったりとした服装にも関わらず僅かながら主張の見えるお腹は、五ヶ月か六ヶ月ぐらいだろうか。祝いの言葉を言われたアデールも嬉しそうに頷いた。


「次は女の子がいいわね。男の子は手がかかるわぁ」


「女の子ですか。それもいいでしょうね」


 ニコニコと嬉しそうに話すアデールとオリガの間に座り、紅茶を拝借する。オリガはアデールの嬉しそうな言葉にもニコニコしており、我が事のように喜んでいた。


 意外とそういう話をしても平気なんだな、と思っていたアルテイル。だがここで、オリガがぶっ込んできた。


「実は私も今月、月のものが来ていないんですの」


「ブフッ!」


 いきなりのオリガの発言にアルテイルが飲んでいた紅茶を吹き出す。


 慌てて見ると、オリガもアデールも、二人してニコニコと笑みを浮かべていた。


「え、いや、ちょっと。えっと……本当に?」


「えぇ。まだ確証が無いのでカルアス様には申し上げておりませんが。恐らく」


「後一二周もすれば悪阻とかが始まるかもしれないわね」


「あの、アデール様的にはいいんですか? それ」


「いいも何もけしかけたのは私だしね。あの人は難色を示してたけど、同じ女としてケインの馬鹿がオリガさんにした事は許せないし、このままじゃオリガさんが不憫じゃない」


「アデールお姉さま、ありがとうございます」


 あ、アデール様はオリガさんにとってお姉さまポジションなのか、と変な納得をする。確かに見た目美人系のアデールと可愛らしさを主張するオリガであれば、どちらが姉ポジションかと問われると間違いなくアデールが姉ポジだろう。


 年齢的にはそう変わりもしないはずだが、アデールの辺境の女としての逞しさとかがオリガにとって頼もしく見えたのかしれない。


「まだ確証も無いので本日の会議では言いませんが、来月になったら確証も得られるでしょうし、その時にはあの男に一泡ふかせに行きますわ」


「はぁ……なんというか、恐ろしい話ですね……」


「女を敵に回すのは怖いのよ。アルテイルちゃんも気をつけなさい」


 アデールの言葉に、アルテイルは青い顔をして頷いた。



―――――



 それから更に一ヶ月。アルテイルはカルアス達に伴われながらハイデリフト家家族会議へと出席していた。


 出席者は領主であるガルマンと、廃嫡寸前のケイン、そして気不味そうな表情のカルアスに、満面の笑みを浮かべるハイネルとオリガだ。


 既に勝敗の決している勝負なのだが、ちゃんと決着は付けなければならない。何よりオリガを護衛するという使命を帯びたアルテイルは気を引き締めていた。


 そして会議は、ガルマンの一言から始まる。


「……それで、オリガ。君から話があるという事だが」


「はい、お義父様。私、身籠りましたの」


 華が咲くような笑顔でいきなり言ってのけたオリガの言葉に、一瞬何を言われたのか理解できなかったガルマンとケインが、目を点にする。


 二人のその様にカルアスは余計気不味そうに顔を歪め、ケインを横目で見ながら呟いた。


「すまん、ケイン兄上。俺とオリガ殿との子供だ」


「私がカルアス様の邸宅に移り住んで以来、肌を重ねたのはカルアス様以外おりませんから。ケイン殿の子ではございません」


「なっ……そん……おまっ」


 勝ち誇るように告げるオリガの言葉に二の句の継げないケイン。こうして見るとやはり三行半を突きつけられる男というのは哀れだよな、とアルテイルは感じていた。


「子が出来なかったのは私の所為ではございません、カルアス様とはこうして子が出来たのですから。問題があったのはケイン殿の方です」


「まぁ……やはりそうか……」


 オリガの言葉に納得を示すガルマンの言葉に、顔を真っ赤にしてケインが叫びだした。


「うるさいうるさいうるさい! 子供がなんだ! それならば養子でも何でも取れば良いだろう!?」


「自分と私の間に子が出来ないのは私の所為だと言ったではありませんか。私はそれに納得出来ず、カルアス様との間に子を成したのです。この結果は貴方の自業自得ではございませんか」


「黙れ! お前は俺の妻だろう!! なのに何故そいつと褥を共にした!?」


「あなたは……。いい加減気付いてください。私はあなたと離れ、カルアス様と共に生きます」


「許さん! そんな事は許さんぞ!!」


 ケインが叫ぶと椅子を蹴倒し一直線にオリガへと掴みかかろうとする。その間にスルリと入ったアルテイルが伸ばされた片腕を取りぐるりと背負うように回転する。それだけで、ケインはビタンと床へと盛大に背中を打ち付けた。


 柔道技、一本背負いが綺麗に決まった。


 そのままアルテイルはケインの背後へと回り二の腕を首へと回し腕を組みケインの咽喉を圧迫する。キュッと一瞬で締まった咽喉にケインは抗うすべもなく意識を彼方へと飛ばす事になった。これも柔道技、裸絞である。


 ケインの全身から力が抜けたのを確認してアルテイルは腕を離し、ケインの身体を横たえる。


「……こ、殺したのか?」


「まさか。気絶させただけですよ。ちゃんと生きてます」


 一連の躊躇ないアルテイルの行動に肝を冷やしたガルマンが問いかけるが、アルテイルからの返答にホッとする。


 そうして姿勢を正すと、ガルマンはこの場に居る皆に告げた。


「それで、ケインについてだが。過去の所業を顧みても弁護の余地はない。ケインは廃嫡とし、カルアス、お前を次期領主とする。私はケインを次期領主として指定した事と、ケインの所業の責任を取り、すぐにでも領主の座をカルアスへ譲るつもりだ」


「そうか……。ならばハイネル、申し訳ないがお前は領地に戻ってこれないか? 勿論タダでとは言わん、砂糖の権利や領地開拓の一切をお前を中心に動いてもらいたい」


「ふむ、そういう事なら。仕事の都合ですぐにとは行かないけれど、引き継ぎが終わり次第領地に戻ってくる事にするよ。私にとってもここは大事な故郷だからね」


「それで、ケインの事だが。アルテイル、何とかできそうか?」


「既にシュタイマーアルク辺境伯様から回答は貰っています。王都の警邏隊員という事で、ねじ込む手筈になってます」


「そうか、ならば今の内にケインをシュタイマーまで運んでいくのが最善かな」


「そうですね、起きたらまた騒ぎそうですし。シュタイマーまで送ってしまえば後は辺境伯様がやってくれます」


 トントン拍子で話が進み、すぐにでもシュタイマーへと送るべしという事になった。ハイネルも実家に戻り領地開拓にその頭脳を使う事が決定しているし、ハイデリフト領の未来は明るくなったような気がする。


 その様を横で見ていたガルマンが、気落ちしたように呟いた。


「ケインもこうして、兄弟や知人に頼めるような人間だったならな。いや、初めからカルアスを指定していればこうは為らなかったのか」


 こうして、ハイデリフト領での一連の問題は、アルテイルがシュタイマーに居る間に片付いたのであった。


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