アルテイル、現実を知る
突然のガルマンからのケインへの廃嫡宣言にただ呆然とするしか無かった一同だが、現場には怪我人が二人居る。とりあえずカルアス達は怪我人とこの暴行事件の被疑者、ケインを隔離する事とした。カルアスはケインと共に別室へ、ハイネルとアルテイル達は怪我人を治療する事とした。とは言え治療するのはアルテイルの回復魔法で一発ではあるが。
「む……済まぬな。して、何故貴様がここにいる」
回復魔法を掛けられた事に一応の礼を言うが、この場に居るアルテイルに疑問を示すガルマン。そりゃいきなり人の家に他人が入ってきていれば疑問にも思うだろう。アルテイルのみならず、お供のミカとノエルまで居るのだから。
「そちらに関してはまた後程。それよりも治療の方をお受けになったほうが」
「いや、私はもう大丈夫だ。彼女の方を治療してやってくれ」
ガルマンの言葉に従いミカ達に助け起こされている女性へも回復魔法を行う。打たれたのであろう頬の腫れも回復魔法で引いていき、素朴なまでも愛嬌のある可愛らしい顔を取り戻していた。
「ありがとうございます、助かりました」
「いえ、それほどでも」
綺麗に礼を行う女性の姿に釣られてアルテイルも頭を下げる。そうしてこの場に居る人間が一応の落ち着きを取り戻した所で、ハイネルが口を開いた。
「それで、父上。なぜオリガ義姉上と共にケイン兄上から暴行を?」
「うむ……」
オリガ義姉上。なるほど、このオリガという女性はケインの妻なのだとアルテイルは理解した。ハイデリフト家に姉妹が居るという話は聞いたことが無いので、自動的にオリガはケインの妻でハイネル達からすれば義理の姉となる。
それにしてもオリガという女性、気丈に椅子へと座りガルマンを見つめているが、今でも小刻みに震えている。余程ケインから痛烈に叩かれたのだろう、アルテイルが治す前の腫れも中々に酷かった気がする。
「……まぁ、一から話すのが早いだろう。なので出来ればハイネル以外は席を外して欲しい」
何か気まずそうな表情を浮かべたガルマンはその表情のまま、アルテイル達へと告げた。それもそうだろう、家庭内の揉め事である。他人の自分達が首を突っ込む所では無い。
アルテイル達は黙って頷き静かに部屋の外へと出た。オリガも一緒に。
「……えっと、何故オリガ様も?」
「御義父様も私が居ては話しづらいでしょう。それにお客様が居りますもの。お茶をご用意させていただきますわ」
「あぁ、それは申し訳ありません」
そうしてオリガの促すままに、アルテイル達は屋敷一階の居間にて紅茶をご馳走になり、ほっと一息するのだった。
それから数分後、階段を降りてくる音が聞こえてきたと思ったら、居間へとハイネルがやってきた。その表情は幾分困っているというか、戸惑っている。
「ハイネル様、どうなさいました?」
「うん、あぁ。まぁ何というか、お家騒動ではあるのだが、何とも言い難くてね」
ハイネルはそう言うと自分で戸棚からカップを出してポットに入っていた紅茶を注いで一気に飲む。そして紅茶の苦味に顔を顰めた。
「オリガ義姉上、父上の話は事実ですか?」
「どのようにお聞きになったかは存じ上げませんので。どのようにお聞きに?」
「ふむ……。あぁどうするかな」
そう言うとハイネルはアルテイル達を一巡してから、何かを決意した。
「よし、じゃあアルテイルに頼み事が出てくると思うので話を聞いて欲しい」
「えぇ……。お家騒動に巻き込まれるのはちょっと」
いくらハイネルの願い事であればある程度は協力するつもりのアルテイルでも、お家騒動に巻き込まれるのだけは御免だった。そんな面倒な事に首を突っ込みたくない。
そんな心配をしたアルテイルだが、ハイネルは笑みを浮かべて言い切った。
「何大したお願いじゃない。私を月に一度王都からここまで送って欲しいだけだ」
「まぁ、それぐらいでしたら構いませんけど」
「よし、じゃあ聞いて欲しい。オリガ義姉上も、合っているかどうかを教えて欲しい」
「分かりましたわ」
そうしてハイネルは、ガルマンから聞いたという事の経緯を説明し始めた。
何でもケインの動向がおかしいので調べると、村の娘に手を出している事を突き止めたとか。自身の妻との間に子供を設けてすら居ないのに領民に手を出すとはどういう事か、またその事はオリガは知っているのか。知らないならば知らないで問題であるし、知っている場合でもそれはそれで問題である。どういう意図で愛人など許容しているのか、とオリガを叱らなくてはいけない。
そうでなくともこの所村長からケインに関する相談事がいくつかあり、それに頭を痛めていたガルマンとしてはこれ以上自分を困らせないで欲しいという思いが強かった。
そうしてガルマンはケインとオリガ、双方を呼び出し事の次第を確認したのだが、ケインよりも先にオリガが口を開いた。ケインとオリガは今年で結婚して五年となるが、未だ子供が出来ていない。事は行っていたが成果の出なさそうな日々にケインの方が先に音を上げたのだと。
ケインは子供が出来ないのはオリガが悪い、他の女であれば既に世継ぎの一人でも居るはずだと。そう言ってケインは村娘へと手を出し始めたのだと言う。元々政略結婚の面が強かった婚姻関係だ、情はあったがそれは愛情では無かった。その上そんなケインの発言である、その情すらも冷めてしまうのは当たり前だった。オリガは村娘に手を出すケインの行動に、無関心を決め込んだ。
だがケインは一人の村娘に手を出すも半年経っても子供が出来ず、またもや苛立ちを募らせ手当たり次第に手を出し始めたと言う。
その話を聞いたガルマンは呆れた表情でケインを眺めてこう言った。
『それで、世継ぎは出来たのか?』
『いえ、それは……』
『そうか……。ならば貴様は、種無しやもしれぬな』
ついポロッと言った一言だった。その瞬間ケインは激昂し、横に居たオリガの頬を殴る。悲鳴をあげて倒れるオリガに向かい、ケインは憤怒の表情で叫んだ。
『貴様の所為に決まっている! 子を成せぬ女め!! 俺の将来をどうしてくれる!!』
『おい、やめろ!』
『父上も父上だ! 何故俺を責める! 子を成せないのは女の所為だろう!?』
そう言って取り押さえようとしたガルマンを逆に突き飛ばし壁に叩きつけた。そうして激昂したままケインが椅子を振り上げた所で、ハイネル達が来たというのが今回の顛末である。
ケインに関して当初は期待もあったが最近は不安を覚えるようになった所へ今回の揉め事である。ガルマンとしてはケインを廃嫡としてカルアスに領主を譲る事を考えているのだとか。
「―――という話なんですが、合ってますか義姉上」
「えぇ、はい。それで間違いございません」
オリガの言葉に、全員ではぁと溜息を吐く。何というか、どうしようもない。ケインの鬱憤が溜まった結果の暴走である。もしこの日ハイネルが帰省しなかったら、暴走の果てにケインはガルマンとオリガを亡き者にしていたかもしれない。そう考えると今回の帰省は運が良かったとも言える。
「それじゃあ、この事はカルアス兄さんに説明させて欲しい。兄さんも事情は知りたいだろうし、場合によっては本当に兄さんが領主となるかもしれないのだから」
「そうですわね。それで、申し訳ないのですが私は一時カルアス様の所へ避難する訳にはいかないでしょうか」
「あぁ……ケイン兄上からまた暴力を振るわれるかもしれないし、そこも相談しましょう」
そう言うとハイネルはアルテイルへと視線を向ける。
「で、アルテイルには今後この話が纏まるまで定期的に私を王都から送ってほしいんだが、頼めるかな」
「ハイネル様も居たほうが話が纏まりやすそうですしね。僕は構いませんよ」
「ありがとう、巻き込んですまないが頼むよ」
そう言って、ハイネルはアルテイルに対して頭を下げるのだった。
―――――
ケインを二人別室に居たカルアスはケインの頭が冷えたのを確認してからケインを自室へと送り、そのまま屋敷の居間へとやってきて事の次第をハイネルから聞かされた。そしてオリガの願いも聞き届け、その日からオリガはカルアスの従士長邸へと住む事となる。
その日はそれでお開きとなり、次にハイデリフト家家族会議が行われるのはハイネルの来る一月後という事になった。それまでにガルマンがケインの廃嫡に対する考えを改めるか、ケインが態度を変えて殊勝な行いをしてくれれば状況も変わるだろうとは思うが、ハイネル曰くそれは難しいだろうという事である。
アルテイルの実家側では特に問題もなくミューラ達はカミラに受け入れられ、来月またハイネルをハイデリフト領へと送る時に一緒に連れてくる事となった。
笑顔で、だけど少し寂しそうに微笑む母に見送られながら、アルテイルはミューラ達を連れて王都近郊まで転移魔法で帰ってきた。日は既に沈み始めている。
「何というか、色々あった一日でした」
「申し訳ないね、ウチの揉め事に首を突っ込ませてしまって」
「いえ、いいですよハイネル様にはお世話になってますし」
「そう言ってもらえると助かるよ」
ハイネルは心底ホッとした表情でアルテイルへと告げる。
「それじゃあ、私達は帰宅するわ。アルテイル達はどうする?」
「あー、僕達はちょっと別件でまだ行く所があるんで、ここで別れましょう」
「そう。じゃあまた来月宜しくね」
そういうミューラがリザルと共に帰宅する。続けてハイネルも吏員の宿舎へと帰っていった。これで、王都前に居るのはアルテイル達だけとなる。
「アルテイル君、どこいくの?」
「風呂入りに行く。もうなんか疲れて、風呂でも入ってさっぱりしたいんだ」
「確かに、同感」
そうしてアルテイル達は夕暮れのゴブリン村へと転移して、既にゴブリン村に常設されている入浴施設へと入る。そこには既に、多数のゴブリンと共にこのゴブリン村の長老も入浴を楽しんでいた。
「おや、随分久しぶりでねぇか」
「どうも、最近ちょっと王都に居たもんで。ここに来る機会が無かったんですよ」
「そうかそうか、ヒューマン種は王国とかそういうの好きだもんなぁ」
ウンウンと頷く長老の言葉に、アルテイルはちょっと引っかかるものを感じる。身体を洗い流し、頭も綺麗さっぱり洗って湯船に浸かってからゴブリンの長老へと聞いた。
「ゴブリンには王とか居ないんですか? ゴブリンキング、とか」
「俺達ぁ王とか居らんな。しいて言うなら長老、エルダーゴブリンと呼ばれるわしらが周辺の主みてぇなもんだ。まぁエルダーゴブリンだって数は多いしゴブリン村は森の中とかココらへんに点在しとるからな」
「へぇー、居ないんだゴブリンキング」
ファンタジーのお約束、ゴブリンキングが居ない事にちょっと落ち込む。別に今更このゴブリン達をモンスターとして見ている訳では無いが、冒険者を志す者としてはゴブリンが居てゴブリンキングが居るというのがある意味理想形ではあったのだ。
「わしらだけじゃねぇ、エルフやアルラウネ、アラクネーも王なんぞ居ないしみんなわしみたいな長老が集まって纏めてるんだ」
「ちょちょちょ! エルフだけじゃなくてアルラウネとかアラクネーもいるの!? ていうか社会を形成してる!?」
「おう、おるよ。尤もアルラウネもアラクネーもほとんど森から出てこねぇし、エルフだって変わりもんは旅立ったりするが、ほとんど生まれた所からは出てこねぇよ。あそこは聖地だからな」
衝撃の事実発覚にアルテイルは言葉も無く呆然とする。エルフは兎も角ファンタジー物でお約束のモンスター女郎蜘蛛のアラクネーや植物系モンスターのアルラウネが社会を形成しているとは。少なくない衝撃がアルテイルを襲っていた。
「後はなんだべな。オークとかセリアンスロープとか、まぁお互いに交流しながら生活しとるよ。エルフの聖地で長老会議とかは開かれとる」
「え、オークとか……人間の女騎士襲ったりとか、ひぎぃとか無いのか……」
「え、オークは面食いだから。同族以外とそういう事はしたりせんよ」
アルテイルの中の色々なファンタジー像が崩されていく事に耐え切れなくなり、ブクブクと湯船に沈んでいくのだった。




