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アルテイル、姉に逢う


 勲功爵位を叙爵されてから数日。アルテイル達は未だ王都に滞在していた。叙爵による給金とアルテイルが解決した事になっている誘拐事件、それに纏わる貴族の粛清に対する報酬の計算が、この日やっと終わる事になったからだ。王都の役所より丁稚がシュタイマーアルク邸にやってきたのは先程の事で、アルテイル達はすぐさま役所へと赴いた。


 窓口の者に奥の部屋へと通され、ミカとノエルを連れて入った先には来客用と思われる綺麗に整えられた応接間があった。そこには既にハイネルと、もう一人優男が待っていた。笑みを浮かべてアルテイル達を迎えた優男は席を立ち、アルテイルへと手を差し出す。


「はじめまして、ハイデリフト卿。私はリザル・タンデント。ハイネル君の上司で、一応子爵という爵位に封ぜられている」


「はじめましてタンデント卿。アルテイル・ハイデリフトです」


 差し出された手を握り返しながら頭を下げる。五爵に連なる下から二番目の子爵位を持つ男。それがハイネルの上司という名目で自分に会いに来た理由は何だと考え疑心が首をもたげる。だがアルテイルの顔色が変わった事を察したのか、ハイネルが苦笑を浮かべてアルテイルへと進言した。


「そう警戒しなくても大丈夫だよ。タンデント様は安全だから、私が保証するよ」


「おや、どうやら無用に警戒させてしまったようだね。すまない、ハイデリフト卿」


「あー、いえ。こちらこそ申し訳ありません」


 お互い苦笑を浮かべながら謝り合って、応接室の席へと座る。今回のメインはアルテイルなので、お供であるミカとノエルは壁に寄り掛かるように立って待つのだ。この様に心苦しいものを感じるアルテイルではあるが、少なくとも今は対外的なポーズを見せなければいけない時間なので、彼女達に何かを言うことはしない。だが、心苦しくは感じている。


 それを察しているハイネルはやはり苦笑を浮かべつつ、さっさと用事を終わらせようと複数の書類と革袋を机の上へと置いた。


「アルテイル、これが今回からの君への給金、月間で言うと金貨10枚。年間120枚が支給される。それとは別に件の騒動で取り潰されたりした家から没収した財産の内三割が君の懐に入る。この計算が大変でね、現金にして王金貨12枚。金貨1200枚って事だね」


「せんにっひゃくっ!?」


 飛び出してきた金額に目をひん剥く。横で聞いていたミカとノエルも声こそ出なかったが「くけぇ」というヘンな音を喉で鳴らしていた。


「どうやらよっぽど上手い事やっていたみたいでね。奴隷一人あたり数十枚の金貨で取引していたらしい。それで美術品やら貴金属を買い漁り私腹を肥やしていたって訳だ。まぁそういう家が複数あれば三割でもそれだけの金額にはなる」


「という事で、王金貨12枚と金貨10枚。確認してね」


 ハイネルから差し出された革袋に恐る恐る手を伸ばし、中を覗き見る。革袋の中には金色に光る硬貨が10枚と、白金の硬貨が12枚入っている。なるほど、王金貨はプラチナか。などと妙な所で感心してしまったアルテイルがハッとして袋の中身を確認したポーズをつける。


「確かに、王金貨12枚と金貨10枚ありました」


「うん、それじゃあこっちの受取証に署名をお願いね」


「はい」


 すっと差し出された書類に羽ペンでサインをする。アルテイル、まで書いて提出したらリザルに苦笑された。


「君は既にハイデリフト卿だろう? 正式に姓まで記載を頼むよ」


「あぁ、すみません。何分姓を授かってから日が浅いもので」


「事実その通りだけにしょうがないね」


 正確に姓まで記載して書類を改めて提出し、ハイネルが受け取った事で手続きが終わる。アルテイルの手元には金貨約1200枚の現金がまるっと受け渡されていた。とりあえず慌てて落としたりしないよういつも持ち歩いている魔法の鞄へと仕舞い込む。その様子を見届けたリザルが笑みを浮かべた。


「さて、まずは用事も済んだという事で。次にハイデリフト卿には、私に着いてきて貰いたいのだが。勿論ハイネルも一緒に来るし、そちらの家臣のお嬢さん方も一緒にどうぞ」


「えっ? えぇっと、別に私達は特に用もないので……」


「なら丁度いい、早速行こうじゃないか、さぁ!」


「えっ、ちょ、ど、どうしたんですか」


 今までの優男然としていた態度とは打って変わって何かを楽しんでいるような、これから楽しい事が待ち受けている少年のような表情を浮かべながらアルテイルを急かすリザルの姿に戸惑いを浮かべてアルテイルはハイネルへ助けを求める。ハイネルもそれが分かっていたのか、相変わらずの苦笑を浮かべつつアルテイルの後に続いた。


「まぁ大人しく付いて行くしかないね。大丈夫、別に取って食われたりはしないから」


「ならいいんですけどね」


 何だかウキウキしているリザルの後に続いてアルテイル達は役所を出て、一路貴族の住む住宅街へと歩く。王都の中では王城に近い側に連なる住宅街は、貴族が住むだけあって綺麗に整えられていた。その中の一つ、役所から程近い大きな庭が特徴的な一つの屋敷にリザルが入っていく。


「おーい、連れてきたぞーっ!!」


 玄関あけてすぐ大声で叫びだしたリザルに何事かと後から続くアルテイルは驚いたが、ハイネルは苦笑を深くするだけだ。


「私の時もリザル様はこうだったからね。まぁアルテイルなら余計こうなるか」


「私の時もって、ハイネル様も以前この奇行を目撃していたんですか?」


「奇行って君、まぁ傍から見たら確かに奇行だけどね」


 アルテイルの忌憚ない意見に思わず目を細めるハイネルだが、確かに傍から見たら奇行にしか見えないので同意しておいた。その間にもリザルは玄関口で屋敷で働く家令や家政婦に挨拶をされながら屋敷へと入っていく。このままでは置いて行かれてしまうなとアルテイル達が後に続くと、玄関ホールの階段上から、女性の声が聞こえてきた。


「はいはい、聞こえてるわよ。全く、ハイネルの時もそうやって叫んでたじゃないアンタ」


「いやー、悪い悪い。つい楽しみで気持ちが盛り上がってしまってね」


 階段を下りながらリザルに話しかける女性は、腕にそろそろ立ち上がる頃かどうかの子供を抱いていた。長く赤い髪を軽くウェーブさせている、何処からどう見てもリザルの、貴族の妻にしか見えない上品さをその助成は携えていた。だがしかし、アルテイルはそこに違和感を覚えている。何か小骨が喉に刺さっているような小さな違和感を、初対面のその女性に感じていた。


「あら、ハイネルもいるんじゃない。アンタこいつの事止めなさいよ」


「いやー、私の上司ですから無理ですよ」


「全くアンタは相変わらず傍観者の立ち位置になって。昔っから変わんないわねそういうとこ」


 呆れた物言いをするその女性はハイネルの事を昔から知っているような素振りでハイネルに語りかける。リザルに紹介されて会ったという事では無く、昔からの知り合いが偶然リザルの妻だったという事だろうか。でもハイネルが王都に来たのは二三年程度前なのだから、そんな昔から知っているような人が王都に既にいるとは思えない。


 そこまで考えていたアルテイルに、その女性がふと気付き、アルテイルを見て笑みを浮かべる。その笑みにまたもや喉の小骨がチクリと疼くのだった。


「あぁミューラ、彼がその、アルテイル・ハイデリフト卿だ。ハイデリフト領出身の、魔法使いだよ」


「でしょうね、まさかウチから魔法使いが出るとは思わなかったけど。目元が母さんそっくりだもの」


 ミューラ、そうリザルが呼びかけた事で何かがカチリと頭のなかで嵌る。続けて聞こえてきた彼女の言葉で、アルテイルの頭の中で種がパーンッと弾けた。その様子に感じるものがあったのか、ミューラ、彼女は笑みを湛えてアルテイルへ言葉を放つ。


「噂は聞いてるけど、本当にまだ子供ね。私はミューラ・タンデント。まぁ元々は姓なんて無いただのミューラだけどね。ハイデリフト領の、デミスとカミラの娘のミューラよ」


「あ……あ、あ―――」


 デミスとカミラの娘、ミューラ、ハイデリフト領。全てのパズルのピースが嵌まり、アルテイルはミューラを震える指で指し示す。


「ま、アンタから見れば私はアンタの姉っていうわけ」


「そして私は義兄という事になる!!」


「―――あねぇえええぇぇぇえええっ!?!?」


 この日一番の大声は間違いなく、アルテイルの今の叫び声だった。



―――――



「はっはっはっ。いやーすまないね、君をどうしても驚かせたくて」


「もういいですよ。十分驚かせて貰いました。まさか冒険者になったと聞いた姉がタンデント卿の奥方になっているとは思いませんでした」


「私もまさか貴族と結婚するとは思ってなかったわねー」


 アルテイルが十分驚いてからリザルが家政婦に指示を出して紅茶と茶菓子を用意させ、今はこうして広間でお茶を飲んでいる。いきなり出てきた姉という人物に戸惑いが無い訳では無いが、納得できてしまうのが悔しい。ミューラの雰囲気は貴族然としているのに、顔立ちは母親に似ているのだ。これだけで納得できてしまっていた。そしてミューラの腕の中には、まだ言葉を喋らない小さな命が抱かれている。


「ていう事は、私はいつの間にか叔父さんになっていた訳ですね」


「はっはっはっ、いやーすまん」


「ほーらリゲル、あなたのおじちゃんですよー」


「あー、だー」


 リゲルと呼ばれた子供が手を出してきた所に指を置くと、握り返してくる。子供の力なので全く痛くないのだが、こうしてみると確かに自分の血が少しでも入っている子供なのだなと思えてしまう。


「全く、ウチの母さん達は知らないでしょ。ていうか手紙とかで連絡はしてるんですか?」


「いやーそれが色々忙しかったし、出産とかあったしね。二年くらい前からぱったり手紙を出すのを忘れてたのよ」


「はぁ、それじゃ結婚してる事も知らないんじゃないですか」


「そうね、確か最後の手紙は冒険者辞めるかもっていう内容だった気がするから」


「辞める理由は結婚ですか?」


「リザルが結婚してくれなきゃ嫌だーって言うもんだからね。まぁ私もこいつに不満があった訳じゃないしいいかなって」


「はっはっはっ、いやー照れるな」


「いやタンデント卿、今のどっこも褒めたりしてませんからね」


「そこは義兄さんと呼んでくれたまえ、義弟よ」


 義兄の言葉にはぁ、と溜息を吐く。なんというか、急に気安くなったのでアルテイルとしては彼のノリについていくのがやっとだった。と、急にリザルが表情を変えて真剣な顔に戻る。


「それで、だ。事の経緯は分かったと思うが、我々の結婚に関して彼女のご両親、つまり君のご両親は知らない訳だ。無論、孫が生まれた事も。それで」


「もしかして私の転移魔法で挨拶に行こうっていう話ですか?」


「察しが良くて助かるなぁ義弟よ」


 にこやかな笑顔でバンバンと背中を叩くリザルに軽くイラッと来ながらも、アルテイルは努めて笑顔を浮かべていた。


「そういう事なら協力しますよ。まさかウチの両親に限って反対するとかそういう事はないでしょうし。既に孫もいますしね」


「ほんと助かるわーウチから魔法使い、それも優秀なのが生まれてくれて。まぁ私はアンタが生まれた時既に村に居なかったんだけどね」


「はいはい」


「ついでに私も一緒に里帰りでもしようかな。どうせまた王都に戻ってくるんだろうし」


「えぇ、そうですね。ハイネル様も一緒にどうぞ、ミカとノエルも連れて行くしか無いでしょうしね」


「いやー助かるねー魔法使いがいると。これは将来子爵、いや侯爵ぐらいまで上り詰めてしまうんじゃないのか?」


 リザルの言葉にその将来像を思い浮かべて苦い顔をする。別に爵位とか貴族社会には興味は無いのだ、出来れば冒険者として一生を終えたいとすらアルテイルは思っている。


「じゃあそうと決まったらハイデリフト領へお邪魔するのは明日にして、今日はこのまま食事を共にしようじゃないか。何なら家に泊まっていくといい。シュタイマーアルク邸の方には家から使いを出そう」


「えぇっと、じゃあ、お言葉に甘えて」


 こうして翌日に里帰りを控えた一行は、今夜の内は盛大に祝いの宴を楽しむのだった。


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