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アルテイル、攫われる


「行方不明者……子供ばかりがですか?」


「あぁ。貧民街の子供が突如居なくなっているらしいのだが、正確な数は分かっていなくてね。貧民街の母親が兵の詰め所に訴えてきたので最近発覚したばかりなんだ」


 それは魔法の鍛錬が終わった時、エリオットに言われた言葉だった。この街にある貧民街はその名の通り貧民の住むあばら屋が乱雑に建てられている地域である。シュタイマーでの規模はそこまで大きくは無いが、それでもそれなりの数の貧民が存在している。例えば腕や足を失った元冒険者、夫に先立たれ子供を沢山抱えて貧民街に身を落とすしか無かった母子など、何らかの事情でシュタイマーから離れられず、かと言って支援をしてくれる親族などが近くに居ない人々が、貧民街には暮らしている。


 辺境伯もそれなりの支援をしてはいるのだが、それが貧民街の全員を救い上げられる訳でも無く、どうにか日々の糧を得られる、程度の物資援助しか出来ていない。この状況は辺境伯としても好ましいものでは無いのだが、如何せん彼等を完全に養うとなると金が必要になる。そこまで莫大な富を得ている訳でもない辺境伯では、対処療法的に日々の糧を与えるぐらいしかできないのが実態だ。


 そこで暮らす子供達の数は相当な数に上るが、その分正確な数値が出せていないのが実情だ。そこを整備する人員も金も、潤沢では無い。なのでシュタイマーでは基本的に、貧民街には一般の住人は不干渉としている。その子供達が居なくなったというのも発覚したのがつい最近、昨日の話だ。それから辺境伯としてはまずは調査を行う事にしていると言う。


「自発的に出て行ったのか、もしくは連れ去られたのか。分からないのでアルテイルもくれぐれも注意するように」


「はぁ、分かりました。でも貧民街の子供を攫って何か得るものがあるんでしょうか?」


「攫われた、という前提で話をするなら、まず思いつくのは奴隷にして売り捌くという事だな。本来であれば違法な奴隷ではあるが、子供を攫うような人間だ、どうにか売買を行っていてもおかしくはない」


 奴隷という言葉にアルテイルがため息を吐く。そうだ、この世界には奴隷があったんだ、と。


 この世界の奴隷とは基本的に三つに分かれる。犯罪奴隷、剣奴奴隷、そして労働奴隷だ。犯罪奴隷は言わずもがな犯罪を犯した者が落ちる奴隷であり、刑罰として数年の奴隷生活を送る事が決まっており、基本的には鉱山や炭鉱での労働を強制的に行わされる事になっている。そして次の剣奴奴隷とは、戦う術を持っていて、犯罪歴の無い者がなる奴隷で、基本的に冒険者の剣や盾になる一種の職業だ。この奴隷になるのは多額の借金をした元冒険者だったり、戦争で得た捕虜などである。近年のオーリストア王国では戦争をしていない為、基本的に借金により奴隷になるしか無い元冒険者が大多数である。


 稀に、冒険者が自ら奴隷になるという事もある。理由としては剣奴奴隷の売値の七割を奴隷商人が、三割を剣奴奴隷自身が得る事に法律で決まっている。その三割の利益で装備を整え、一緒に冒険者として活動する事が可能となる。つまり、元手が一切無くても買われれば冒険者として活動可能な資金を得られる事になる。そういった狙いもあって、自ら奴隷となる冒険者も稀に存在するのである。


 最後の労働奴隷はその名の通り労働をする為の奴隷である。貧困に喘ぐ村が奴隷商人に売った農夫だったり、貧困に喘ぐ商人が教育を施した子供を手放したりと、止むに止まれぬ事情で売買された奴隷である。そういった奴隷は人出の欲しい商家などが買っていく。商家に売る奴隷である為、売られた後は礼儀作法を教育されたりする。ある意味一番安全な奴隷である。


 基本的に奴隷は犯罪奴隷以外は粗雑な扱いはされず、人道的に真っ当な売買の上に成り立っている、一種の職業でもある。ボロ布一枚纏わされただけの奴隷や性処理の為に購入される奴隷などは存在しない。購入された後も奴隷法に則って購入者は人道的な扱いをしなければいけない。これがこの世界の奴隷だ。


 だがどこの世界にも法を無視する輩は居るように、この世界にも奴隷法を無視して奴隷を売買する輩が居る。野盗が村を襲ったり旅人を襲い奴隷にしたり、そういう本人の意志とは無関係に売買された奴隷を違法奴隷と呼ばれている。違法奴隷は満足に食事も与えられず手足を縛られ過ごす事も少なくない。またそういった違法奴隷を買う側も本来禁止されている性奴隷にする、などの不埒な目的を持ったものが多いと聞く。


 もし今回の事が違法奴隷に繋がるのであれば、結構な大事件になりそうだなぁ、とアルテイルは考えていた。そしてその予感は的中してしまった。



―――――



 ゴトゴトと荒い運転の帆馬車の中で、横になって考える。どうしてこうなったのやら、と。切欠は間違いなくエリオットの行方不明者の話だ。もうその時点でフラグが立っていたのだろう。次にその話に自分が興味を持ってしまった事も原因だ。思わず修練の帰り、日が暮れた頃に貧民街を訪れてしまった事も大きく減点である。以前は敬遠した貧民街を、少し散策していたら馬車の音が聞こえたので通りを覗いたのが直接の原因である。見てしまったのだ、子供が攫われる一部始終を。帆馬車の荷台に猿轡をされ後ろ手に縛られた子供を見た瞬間、アルテイルは駈け出した。どうするかを一瞬考えてとりあえず自分も捕まる道を選び、攫おうとしていた男達にとりあえず飛び蹴りをかました後、ご丁寧に暴行され猿轡を噛まされ手足を縛られるという豪華3点セットで帆馬車に詰め込まれた。


 なんだ、結局自分から飛び込んだんじゃないか。それにしてもあの殴る蹴るの暴行をしやがったクソ共は絶対後でぶっ殺す。と心の中で誓い、アルテイルはこの後起こるであろう一通りの出来事を想像した。


 とりあえず自分達は帆馬車で連れ去られている。時間的に相当揺られている事から、既にシュタイマーからは出ているだろう事は予測可能だ。方角はどちらかと聞かれると厳しいが、シュタイマーから恐らく西、山岳森林地帯の方向であると思われる。この手の奴らが潜んでいるアジトのお約束として人に気付かれにくく、立て籠りやすい場所であると検討をつけると、シュタイマーから程々に遠く木々の生い茂る山岳地帯だろうと思っている。馬車が荒い運転になっているのもその推理を裏付ける証拠だ。山岳森林地帯は道が荒れているし、そちらの方向に街は何もない。だから道路も整備されていないから、このように荒い運転になっているのだろうと思われる。


 そしてアジトにはきっと親玉と、恐らくだが違法奴隷商人が存在している。アルテイルの目的はこの二名の検挙だ。奴隷の子達を解放してはい終わり、では無い。完膚無きまでにこの組織立った誘拐事件を叩き潰す。何よりも暴行された仕返しの為に。


 荒い運転の馬車はやがて停止し、帆が開けられ外から男達が入ってくる。見るからにガラの悪い、粗暴な男達だ。そう内心で評価を下したアルテイルは一人二人と連れられていく子供達を眺めた後、自分の番が来た時にそっと目を伏せる。怯えているポーズというやつだ。


 そんなアルテイルを見て、男の一人がチッと一つ舌打ちした。


「おい、売り物を傷つけたんか」


「いや、そのガキ俺達の事をいきなり蹴り飛ばしやがったんで。歯向かってこないように殴っただけですよ」


「あぁ、そうか。まぁいい」


 そう言って男は手足の縛られたアルテイルを肩に担ぎ、森の中を進んでいく。周囲は完全に木々に囲まれており、街の灯も届かないような場所だ。だがそこに、山の中に一つの洞穴がある。男達はそこを根城にしていた。洞穴の中へ連れて来られるとアルテイルは予想通り、横穴のような場所に放り出される。横穴には鉄格子が填められており、完全にここが牢屋である事を物語っていた。


 中にはアルテイルのような少年少女が10名程。そして、どこか冒険者風の女性が三名程、素っ裸に近い服装で転がされていた。彼女達は何日も食事を摂っていないかのように、頬が痩けていた。


 アルテイルは手足の縄が解かれ、猿轡も外された。だが彼は他の少年達と同じように、部屋の隅へと逃げるように移動する。またもやここで怯えプレイである。


 そんなアルテイルを一瞥した男はフンと鼻で笑うと、嫌らしい笑みを浮かべた。


「元気なのは良い事だが、言う事は聞かねぇと今度は殴るだけじゃ澄まねぇぞ。取引までの数日間、大人しくしてるんだな」


 男はそう言って鉄格子を締め、鍵をガチャリとかけ何処かへと歩いて行く。そしてその場には、攫われた子供達と冒険者風の女性達が残された。


 ここまでは、計画通り。


 男が去った方向を見て、アルテイルはふぅ、とため息を吐いた。


 牢屋に入れられて五日。それがアルテイルが攫われてからの日数だ。食事は一日に数個、粗末なパンが支給される。それをみんなで分けあって食べるのがこの牢屋での暗黙のルールだった。なるほど、これでは大人である女性三人にはキツかろうとアルテイルは納得する。どういう経緯で攫われてしまったのかを聞きたかったりするが、それを口に出せる程彼女達に気力は無かった。このままではいずれ死んでしまうのではないかとアルテイルは思い、他の子供達に聞こえないように彼女達へと近づいた。


「……大丈夫、ですか」


「………………」


 気力が枯渇寸前である、これはやばい。アルテイルは苦肉の策を弄する事にした。


「いいですか、僕が指先から水を出しますから。三人とも、僕の指を加えてその水を飲んで下さい」


「……なに、いってるの」


「いいから、早く」


 とりあえず一番疲弊していそうな、ずっと横になっている女性の口の中に指を入れ、無詠唱で水を出す。すると女性は驚いたように目を見開いた後、急速にゴクゴクとその喉を動かし始めた。人間、水と塩で一週間はいけるらしいが、ここの生活ではその水が圧倒的に不足していたのだ。女性はアルテイルの指を離すまいと両手で掴み、未だゴクゴクと水を飲み続ける。やがて指の力が緩んできた所で、アルテイルは女性の口から指を離した。


「他の二人も、申し訳ないですけど指から水出すので飲んで下さい」


 そう言って両方の人差し指を彼女達の口に突っ込み、水を出す。彼女達も同じように水をゴクゴクと飲み干すと、やがて若干生気の出てきた表情を浮かべた。


「ありがとう、助かったわ」


「いえ、今はこれぐらいしか出来なくて申し訳ないですけど」


「それでも、水があるだけ有り難いわ」


 苦笑を浮かべながら言う彼女達に何だか申し訳ない気分になる。本来であれば魔法で回復させてあげたいのだが、それをすると訝しむ者が出てくるかもしれない。それに、相手に魔法使いが居ないとも限らないので、魔法を感知されるような事は余りしたくない。そう思いアルテイルは可能な限り魔法を使わず、現状を耐え忍ぶのが一番であると考えたのだ。


 とりあえず人心地ついた彼女達の前に座り、状況を相談する。


「お姉さん達はどうしてここへ?」


「私達は、初級冒険者なのよ。野草の収集依頼でここの付近に来たんだけど、運悪くあいつらに見つかってね」


「捕まって装備剥がされて、このザマさ」


 自嘲するように言う彼女達だが、相手が野盗では仕方無しとも思う。魔獣で無いだけまだマシというものだ。冒険者の敵は何も魔獣だけではなく、人間の野盗、盗賊、海賊なども敵になりうる。実際に盗賊の討伐という依頼が冒険者互助協会に来るぐらいだ。今回彼女達が捕まったのも運が悪かった、多勢に無勢の状況だったのだろう。死ななかっただけマシ、というものだ。


 アルテイルがそう思っていると、ザリザリと言う足音が聞こえてくる。牢屋に近づいてくる粗暴な男達の足音の他にもう一つ、何やらジャラジャラと聴こえる。まだ食事の時間には早いのだがなんだろうと思い牢屋の出口を見ると、見るからに粗暴そうな男と共に、身なりの小奇麗な、だが性根が醜悪そうな下卑た笑みを浮かべる男が居た。


「どうだ、今回の奴らは」


「おぉ、女が三人も居るじゃないか。その他は子供だがまぁ、金にはなるだろう」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながらそう言う男達の会話に、とうとうこの時が来たとアルテイルは内心でほくそ笑む。表の表情は怯えプレイだ。他の少年少女と冒険者の女性三人は、完全に怯えてしまっている。

 

 その様をあざ笑うように見ていた粗暴な男が、牢屋の扉をガチャリと開けて中へと入ってきた。


「さぁお前ら、お前達のご主人様になる商人様だ。大人しく言う事聞けば痛くしねぇからな」


「ヒッヒッヒッ。お前みたいなのにそう言われちゃ縮こまるだけだろうさ」


 牢屋の外で見守っている男から何かを受け取った粗暴な男は、手に黒い輪を持っていた。もしかしてあれ、奴隷の首輪とかそういう魔道具だったりするんだろうか。恐らくそういう『お約束』だよなぁと思いつつ、アルテイルは怯えプレイな表情のまま、一歩前に出た。


「……僕達、売られちゃうんですか?」


 儚げな声色で目をウルウルとさせながら言ったアルテイルの言葉に、粗暴な男がニヤニヤと笑みを作る。


「そうだ、そこの奴隷商人様が買ってくれるんだよ。良かったなぁお前ら」


「……奴隷商人、ですか?」


「ヒッヒッヒッ、まぁそう言われても本来の奴隷商とは違うけどなぁ」


 やっぱり非合法の商人か。これで確定。アルテイルはほっと息を吐くともう一歩前へと歩み出た。


「なんだ、自分から繋がれに来たのか? そんなにこの首輪が欲しけりゃくれてやるぞ」


「あぁ欲しいね。お前の首を繋ぐ為に、な!」


 一気に魔力を体内に巡らせ身体強化、一瞬で粗暴な男の目の前へと踏み込み男の腹へと一発お見舞いする。


「ぐほっ!!」


 くの字に折れて吹っ飛んでいった男を見送ってすぐ、アルテイルは奴隷商人の前へと躍り出てローキックをかます。膝が落ちたと同時に顎へと一撃。奴隷商人は何をされたのか理解する間もなく、意識を闇に落とした。


「さて、それじゃあ脱出の前に、この洞窟の中の掃除をしてきますか」


 今ので相当物音が立ち、ザリザリという足音が複数聞こえてくる。アルテイルは今までの鬱憤を全てぶつけるように、野盗の集団へと躍りかかった。


「ヒャッハーッ!! 死にてぇ奴からかかってこいやーっ!!」


 鬱憤が溜まり過ぎると人は壊れる。ある意味壊れてしまったアルテイルと遭遇した男達は、哀れな事になった。


「くっそ、ガキぐべらっ!」


「ギャー!! 腕が、俺の腕がーっ!!」


「魔法使いなんて聞いてねぇぞっ!!」


 そこら中で血飛沫があがり、打撃音が聞こえ、肉を打つ音が響く。洞穴の中は吹っ切れたアルテイルの巻き起こす魔法と体術での圧倒的な暴力の前に、完全に制圧された。


「あ、お前俺の事ボコボコにした奴だな。オラ、オラオラ!!」


「ぎゃっ、ぐえ、ご、ごべんなざ、ぶっ!!」


 ついでに自分を暴行した男を執拗に殴る。血塗れになったそいつの顔を見て固唾の下がったアルテイルは良い仕事をした、と無駄に額の汗を拭った。そうして牢屋へと戻ると、爽やかな笑顔を中の住人達に向けた。


「全員片付けたんで、帰りましょうか」


 返り血を全身で浴びているアルテイルの言葉に、子供達はおろか冒険者の女性陣まで無言で頷くしか無かった。



―――――



 ゴロゴロと音を立てる帆馬車の御者席で、アルテイルは冒険者の女性と一緒に座っていた。荷台には意識を失い簀巻きにされている奴隷商人と野盗達。それに攫われていた少年少女達と冒険者の残り二人が一緒に乗っている。彼女達の装備は乱雑ではあるが保管されており、恐らく一緒に奴隷商人に売ろうと思っていたのだろう。壊れてはいなかった装備達を見て、彼女達はホッとしていた。


 アルテイル一人ならば転移魔法ですぐ帰れるのだが、今回は数も数なので野盗達の馬車を奪っての岐路である。


「それにしても、凄いわね。この数の野盗を圧倒的に伸しちゃうなんて」


「魔法の師匠が良いからですよ。何せシュタイマーアルク辺境伯のお抱え魔法使いですから」


「なるほど、領主様の……。それじゃあ貴方、仕事で潜入して来たの?」


「いえ、そこは独断で。まぁ攫われてる現場見てその場でぶっ倒しても良かったんですけど。そうしたら既に攫われた子達は助けられないなと思い至って」


「何にしても、無茶するわね」


 流石に攫われて五日もかかるとは思っていなかったとは言わなかった。二三日で奴隷商人が来るかなと楽観視していたのが良くなかったのだ。


「ま、お陰で助かったんだし良かったわ。ありがとうね」


「いえいえ、こちらこそ。馬車なんて動かした事無かったんで、あなた達が居て良かったです」


 何にせよ、これで誘拐事件は解決である。これでシュタイマーの治安が少しでも良くなればいいなぁとアルテイルは思った。


 後日、エリオットやミカ達にしこたま怒られたのはまぁ、しょうがないという事で。


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