アルテイル、友人を得る
アルテイルが熊を横取りされたその翌日。普段教室の隅っこで一人大人しく座学を受けるアルテイルだが、この日も同じように大人しく座学を受ける準備をしていたアルテイルの横に、珍しく人が訪れた。
「やっほ、アルテイル君。隣いい?」
声のした方を見ると昨日狩場であったミカとノエル、そしてカインの三人が立っている。特別座学を受ける上で席順等の取り決めは無く、自由座席なのでアルテイルとしては断るという事も無い。
「こんにちは。自由座席ですし、どうぞ」
「ありがとねー。あっ、昨日の熊、結構いい値段で買い取ってもらえたんだよ。それもありがとね」
ニコニコと笑顔を浮かべて座席に座るミカの言葉にそうですか、とだけ返事を返しアルテイルは教科書へと視線を向ける。正直言ってアルテイルには昨日の熊がどうだったかなど興味が無い上に、ミカ達に対しても別段興味が無いのである。シュタイマーアルク辺境伯の家臣の子女・子息であるというだけで、アルテイルとしては「ふーん、で?」という話の種にすらならない。まるっきり自分には関係の無い人間であると思っているのである。それよりは、カルアスへの今度の土産やハイネルとの手紙でのやり取りの方がアルテイルには重要であった。
ふと、ハイネルへの手紙の返事を思いついたのでアルテイルは一旦教科書を閉じると鞄の中から墨と羽ペンを取り出し、ハイネルへの返信用の紙へと文字を書き始める。
「へー、墨と筆だ。アルテイル君ってもしかしてお金持ち?」
「これは、王都で今働いている知人から貰った物ですから。墨は自分で買ってますけど」
この時代墨と羽ペンを持っているだけで小金持ち扱いされる世の中である。ミカの感想は的確ではあるが、アルテイルにとってはやはりどうでも良い事であった。近況を認めた後に魔法の修行に関して、王都での生活についてハイネルへ聞いてみたりといった文章を一気に書き終えると、ふぅ、と溜息をついてアルテイルは筆とペンを仕舞い、墨を乾かすため掌を紙へと向ける。すると乾燥した温風が紙へとやんわり吹き付けて墨を綺麗に乾燥させた。この魔法とも言えない魔力制御は実は一般的に言われる風の魔法と火の魔法を混合させ、さらに微弱な力で細かな制御を行うという無駄に技術を詰め込まれた無駄に制御の難しい魔法だったりする。
そうして乾燥させた紙を見たアルテイルはうん、と一つ頷くと便箋に入れて封をする。授業が終わったら商人ギルドへ行って次に王都へ行く行商人に手紙を配達して貰う手続きをしようと決めた。便箋を仕舞うと再びアルテイルは教科書を開いて内容を読む。教科書の内容は既に頭に入っているが、何かしていないと暇でしょうがないのだ。
「ねぇね、アルテイル君」
「……なんですか」
ツンツンと肩を突いてくるミカに対して視線も向けず返事を返す。とても連れない態度だが別段優しくしてやる筋合いも無いのでアルテイルはそのままで通すつもりである。そんなアルテイルにもめげず、ミカは笑顔を浮かべてアルテイルに話しかける。
「アルテイル君ってさ、いつも一人で狩りしてるの?」
「そうですよ。魔法の練習がてらにやってます」
「ふぅーん、大変じゃない? 大丈夫?」
「大丈夫ですよ、魔獣なら兎も角野生動物なら何とでもなりますから」
「流石、魔法使い」
ミカとアルテイルの会話に横で聞いていたノエルがぼそりと呟く。昨日も同じこと言ってなかったか? と思ったアルテイルだったが、そこに突っ込む意義も見いだせず黙々と視線は教科書に向けていた。
「ねぇね、もし良かったらさ、私達と一緒に狩りしない?」
「いえ、間に合ってますから」
「そんな事言わないでさぁー」
「結構です」
「いいじゃんいいじゃんー」
のべつ幕なしに言い募ってくるミカにはぁ、と一つため息を吐いて、アルテイルは教科書を閉じてミカへと視線を向けた。そこには笑顔のミカと真顔のノエル、何やら焦った表情のカインが見えた。
「あのですね。狩りでパーティ組むメリットが無いんで必要ありませんから」
「ぱー、めりっと? って、必要ない事ないでしょ。みんなで狩りするの楽しいよー」
不思議そうな表情を一瞬浮かべたミカの態度にアルテイルは思わず自身の口を手で抑える。思わず出てきてしまった単語がカタカナ英語だった事にアルテイル自身が驚きである。それは兎も角、ミカ達としては一緒に狩りをしたい思惑がある。魔法を実際にこの目で見たいという事もあるし、アルテイルが一人で狩りをしていて本当に大丈夫なのかという心配も少々ある。まぁその先に冒険者となった後で一緒に冒険者として活動できたら良いな、という思惑が無い訳でも無いが。ともあれ、彼女達としてはアルテイルを自分達の狩りメンバーに入れたいという希望があった。
アルテイルとしては狩りは魔法の練習も兼ねているから一人でしたい、転移魔法や飛翔魔法で移動するから一人でした方が都合が良い、狩りの後ゴブリン村で風呂に入りたいから一人が良い、という理由により一人で狩りをしたいという思惑がある。
話は完全に平行線だった。
その後、尚も言い募ろうとするミカを他所に講師が講堂へ入ってきた為狩りの話は終わりとなり、講義が終わってすぐ、アルテイルは煩わしいものから逃げるように講堂を飛び出した。今日はエリオットの魔法講習の日である。アルテイルはそのまま街へと出て商人ギルドで手紙を依頼し、昼食を外の露天で済ませてから、エリオットの務める領主の屋敷へと出向いたのだった。そして、エリオットが魔法の指導をする訓練所へ向かうと、アルテイル的には会いたくない彼等が居た。
「で、エリオット様。なんで彼女達がいらっしゃるんでしょうか」
アルテイルの前には、教室で別れたはずのミカ、ノエル、カインの三人が立っていた。ミカは満面の笑みを浮かべ、ノエルはやはり何を考えているか分からない真顔、カインだけが気不味そうにしている。
「彼女達の親御さん、ここで働いているんだがね。良く顔を出しに来る訳だ。それで、彼女達から話を聞いた所君の魔法を見たいと言うものでね」
「はぁ……。僕は今の所人員募集はしていないんですが」
「ま、それは私としても理解している所だが。アルテイル、君冒険者学校に友達居ないだろう」
エリオットから言われた言葉に目を逸らし沈黙で返す。過去に遡って現在まで同年代の友人というのは存在せず、別段今まで気にする事は無かったのだが、他人から指摘させると流石に心が痛む。完全に家庭内でもぼっちスタートだったのを未だに引きずっていたりする。
アルテイルの反応を予測していたエリオットとしては、ここでアルテイルの友人になれそうな彼等にアルテイルの事を知ってもらういい機会であると思っているのだ。
「まぁ、アルテイルの境遇も些か特殊なものだから仕方が無いとは思うが。もう少し学校の人間と友好的に付き合う事はできないかね」
「そこに打算やらが付き纏わなければいいんですけどね。学校での人付き合いは結果的に打算が入ってくるのであまり深入りしようとは思いません」
「はぁ、これだ。君は力があり賢いのだが、それ故に孤高であろうとする。それは悪い事ではないが、孤高になるのはもっと大人になってからでも良いだろう。十歳の子供の言葉では無いぞ今のは」
エリオットの言葉にまたもや沈黙で返す。流石に自分の言っている事は理解しているし、その言葉が十歳児のそれではないという事も把握している。だが今更子供らしくあれと言われても無理な上に、この考え方を修正するのは恐らく容易な作業では無い。老成していると言えば聞こえがいいが、この生まれ持ったオヤジ臭さはもうどうしようもない所まで来ているのだとアルテイルは開き直っていた。
「兎も角今日は彼等と親睦を深めたまえ。魔法の講義はいつでも出来るが、友人を作るのは今しかできない事だよ」
「友人と言っても、皆さん僕より大分年上なんですが」
「三歳ぐらい誤差の範囲さ。彼等も気にはすまい。だろう?」
「はい! 私は特に気にしません!」
「という訳だ。私は席を外すから、お茶でも持たせるのでゆっくり彼等と団欒してくれ、いいねアルテイル」
「……まぁ、分かりました」
渋々、といった感じで頷くアルテイルの言葉に、エリオットは苦笑いを浮かべて席を立つ。訓練所から離れていくエリオットの背中を見送ってから、はぁ、と一つため息を吐いた。
「なんでそんなに嫌がるかなぁ、アルテイル君」
アルテイルのため息を聞き咎めたミカが、少し頬を膨らませてアルテイルへと言う。多少強引な手段を使ったという意識はあるが、それでもアルテイルがここまで嫌がる事が理解できていなかった。
そんなミカの態度に若干諦め始めたアルテイルは、とりあえず訓練所の壁際にある椅子へと腰掛ける。ミカ達三人も同じように腰をかけると丁度屋敷のメイドがお茶を持ってきてくれた。とりあえずお茶を頂き一息ついてから、ミカの疑問に答える。
「とりあえず、既に出来上がっている幼馴染集団の中に入りたいとは思わないんですけど」
「私達は別に気にしないよー」
「僕が気にするんですけど」
焦点のズレた返事に思わず苦笑してしまう。こういう所は子供なのだな、と思う。この世界で言うと後三年で成人となる彼女達ではあるが、今は未だ子供だ。こちらの事を全く理解していないなと、アルテイルは感じた。
「ノエルさんとしてはどう思ってるんですか、僕について」
「魔法使いは有用。狩りの仲間に居て損はない。それに、子供一人だと危ないし」
「ノエルさん達もまだ子供ですけどね。カインさんは?」
「ん、まぁ、なんていうか。一人だと危ないんじゃないかなっていうのはあるよな」
なるほど、どちらも心配が先行している訳だとアルテイルは理解する。確かに彼等から見ればアルテイルが一人で森に入り狩りをしている姿というのは危ないのであろうが、アルテイルからすれば逆に彼等のほうが危ない方だろうと思う。パーティメンバーも三人で活動しているようだし、人員補充として他の二人ないし三人組と一緒に組んで狩りをした方が良いのではないか、と考える。
だが彼等の言う事も理解しており、アルテイルがその魔法の実力を実際に彼等に見せていないという事も理由になるのだろう。訓練で竜巻起こしたりしているのはシュタイマーの人間はある程度知っているのだが、聞いた所でその程度だ。実際にアルテイルの実力がどの程度のものなのか、という事を彼等は知らない。
「じゃあ模擬戦でもやりますか? 三対一で」
「えー……アルテイル君と戦うのはちょっとなぁー」
「攻撃しずらい。もし当りどころ悪かったらとか、心配しちゃう」
「だよな。さすがにそれはちょっと……」
三人に断られたアルテイルとしてはじゃあどうすりゃ納得するんだ、と頭を抱えたくなってくる。
「えー、じゃあ魔法を見せればいいですか、魔法」
「えっ、見せてくれるの!?」
「いいですよ、じゃあ」
期待に満ちたミカの言葉にそれでいいのか、とアルテイルは納得してからお茶を椅子の脇に置き、訓練所の中心へと歩いて行く。彼等からいい感じに距離を取ったアルテイルは、タンと右足を強く踏み魔法を発動させた。アルテイルから20メートルほど離れた土が大きく盛り上がり、案山子のような形に起き上がる。一緒に土の成分を硬化させ耐久力も増し増しした土人形の出来上がりだ。
「おおーっ!!」
「凄い。さすが魔法使い」
「すっげぇ……」
まだ本番が始まってすらいないというのにこの盛り上がりようである。この先に起こる事は大丈夫かな、と若干心配しながらも、アルテイルは魔法を続けた。右手を前に出し、拳銃の形を作る。見た目に分かりやすいのはやはり炎かなと思いつつ魔法を発動させる。
「フレイムバレット、シュート」
言葉と共に炎の銃弾が真っ直ぐ土人形へと飛んでいき頭を抉る。続けて何発かフレイムバレットを撃った後、アルテイルは更に右腕を前へと払い、大量の魔法陣を展開した。
「フレイムバレルモード、セーフティリリース」
アルテイルの魔力を受け魔法陣の輝きが増し、魔法陣自体が回転していく。この工程で魔法陣内に炎の銃弾をいくつも装填し、同時に魔法陣を発射台とするのだ。やがて全ての魔法陣の輝きが最高潮になると、アルテイルは右腕を振り下ろした。
「ファイア」
途端、魔法陣から炎の銃弾がいくつも高速で発射され、土人形を抉っていく。ドガガガガ、と暫く土を削る音が途切れず起こり、それが止んだと思えば、アルテイルが自身で作った土人形が、跡形もなく消えていた。その光景に思わずミカ達三人が目を見開く。
「……もうちょっと、派手な魔法が良かったですかね」
「いやいや、すっごい、すっごいよアルテイル君!!」
「確かに、一人でも十分狩りできる」
「だ、だな……。こんなに凄い魔法使えるとは思ってなかったわ、俺」
喜びと納得と驚き。三者三様の感想を受けたアルテイルだが、自分でチョイスした魔法がちょっと地味だったかなぁと思っていた。
「普通に爆発させる魔法とか風の刃とかもできますけど」
「いやぁ、色々できるんだねぇアルテイル君」
「将来有望」
「冒険者としては今からでも十分なれるだろうなぁ、それだけの魔法の腕なら」
「じゃあ、そういう訳で、狩りは別に一人で」
「それとこれとは別!!」
話の流れでいけるかな、と思ったが駄目だった。ミカの言葉に思わずがっくりする。次いで、頭をガシガシと掻きながらアルテイルは言葉を続けた。
「いやぁ、ていうか。ぶっちゃけ気不味いんですよね、三人の中に入るのは」
「えぇー、なんでよぉー」
「ほら、三人仲良いですし、ね。僕居ないほうがいいでしょ。お邪魔でしょ」
「そんな事ないよ、ね? 二人とも」
「そんな事ないぞ、アルテイル君」
ミカの言葉にカインが頷くと、ノエルが口を開いた。
「……もしかしてアルテイル君、私とミカがカインの事好きだと思ってる?」
「えぇっ!! そうなの!?」
驚きを全面に出したミカの問いかけに思わず目を泳がせてしまう。というかノエルは良くこちらの意図を理解したなと感心していた。ノエルの言葉が事実なのだと理解したミカが、思い切りショックを受けた表情を浮かべる。
「えぇー、それはないよー。カインとか好みじゃないしー」
「私もカインは好みじゃないから。将来顎割れるだろうし、禿げるだろうし」
「ちょ、おま、特にノエルお前俺の親父の事言ってんだろ!! 確かに、確かに禿げるかもしれねぇけどな!!」
「それにカインは私の姉にほの字。だから大丈夫、そこは気にしないで」
「だーっ! お前そこまで言う事ないだろ!!」
なんという事でしょう。カインハーレムだと思っていたこのグループが何と全くのただの幼馴染グループだったのです。そちらの方がアルテイルとしては衝撃だった。
「え、マジで?」
「ま……? えっと、うん。本当にそんな事ないから、ね」
「本当にそんな事無い。顔だけの男はお断り」
「おま……酷くねぇ、それ酷くねぇ?」
どうやら本当にカインハーレムでは無いらしい。その事を理解したアルテイルは何となく胸の支えが取れたような気分になった。パーティを組むに当たりカインが美少女侍らせて羨ましいという気持ちがあったのは否めない。
「ていう訳でさ、今後は一緒に狩りとか行こうよ!」
「魔法使いの参加、歓迎します」
「えーっと、じゃあ。よろしくお願いします」
こうしてアルテイルは、冒険者学校でやっと友人と呼べそうな人間と本当の意味で知り合いとなった。




