アルテイル、やさぐれる
学校への入学は、特に問題は発生しなかった。冒険者学校は最低一年間、未成年の場合には三年の期間を冒険者学校の学生として過ごし、その後冒険者として独り立ちする事になる。アルテイルの場合は能力故の特例として、今年9歳になろうという一般より早期に入学する事となっていた。入学時期は過ぎており、新入生は既に三ヶ月ほど就学している。その新入生の枠に追加でアルテイルが入学してきたのである。
この学校にはクラス分けという概念は無く、入学時期から順繰りに学年が上がるだけであり、授業は学年毎に一緒に受ける事になる。今年の新入生は約三百名。それだけの数を一度に授業する為先生も一つの授業に一人だけではなく、複数名で当たる事になっている。授業には基本校舎内の講堂で行われる。三百名を収容可能な講堂なので、大きさもそれなりだ。
生徒はシュタイマーに住む商人の子息達やシュタイマーアルク辺境伯の治める土地に隣接する土地に住む貴族の子息が主な生徒であり、そのほとんどが人間である。一部に商人の子供として獣人族が居るくらいだ。
ここで出てくる獣人族というのは、その名の通り獣の特徴を持つ人の姿をした種族である。獣人族と一括りに言っても犬や猫、兎に狐など多種多様な獣人がおり、その特徴も様々である。シュタイマーに住んでいる獣人の多くは商人として街に居着いたものが多く、遠方から野菜等を仕入れて卸している商売をしている。また少数ではあるが冒険者としてシュタイマーで活動している獣人も居て、シュタイマーに居を構え冒険者互助協会からの依頼で仕事を熟す日々を送っている。
閑話休題、アルテイルの入学という話題は、特に学校では表立っての話題にはならなかった。では裏ではどうか、というと今季の話題ナンバー1なのは確実である。シャタイマーアルクに仕える家臣の子供やその噂を聞いた商人の子供等が、アルテイルの聞こえていない所で情報交換をし合っている。魔獣を単騎で討伐可能な魔法の才能に優れた子供として、今アルテイルは注目の的であった。
彼等は将来冒険者となり身を立てる。その時自分の周囲にどれだけ有能な人材を集められるかが冒険者として成功するかどうかに懸かっている。今の内に行動を共にし、将来一緒に冒険者パーティーとして活動する、等と考える人間も少なくない。そして学校に居る女子としてはそれに加えて自分の婿としてはどうか、という話も出てくる。御年9歳であるアルテイルではあるが、少なくともこれから成長する訳だし、現在で既に優秀な魔法使いという状態だ。将来有望であると考え小さい内に唾を付けておこう、と考える不埒な女子もちらほらと存在している。
そんな実情をお構いなしに、アルテイルは一人で黙々と授業を受けていた。冒険者学校で教えるのは地理や歴史、他種族の文化や魔獣の知識と冒険者互助協会に関する事柄が主であり、良く言えば冒険者として必須の知識を座学で与えてくれるのである。こういった座学の授業は午前中で終わり、午後からは希望制で実技の授業となる。何故希望制なのかと言うと、生徒の中には既に剣術や槍術、弓術の道場に通っている生徒も居るので、そういった道場へ通う生徒へ改めて冒険者学校が教える事も無いし、無駄である。なので午後の実技については基本的に今まで剣などを触った事のない農家や商人出身の子供を相手にした実技指導となっている。最終的には一人で野生動物を狩れる程度にまで仕上げるカリキュラムだ。そして午後の授業に参加しない生徒は街へ出てアルバイトに精を出すか、郊外へ出て野生動物を狩ったり、冒険者互助協会から学校へ送られてくる採取依頼を受けて日銭を稼ぐ時間となっている。
アルテイルも当然後者の立場となっており、シュタイマーアルクお抱え魔法使いのエリオットからの実技指導が無い時は決まって、郊外へ出て野生動物を狩ったり採取依頼を受けたりしていた。この際アルテイルは単独行動を取っている。実は午前の授業が終わった頃にチラホラとアルテイルへ声をかけるかかけまいか、という生徒は居るのだが、そういう存在を認識しつつもまるっと無視してアルテイルは一人で行動していた。彼からすれば、ハイデリフト領のカルアス未満の実践経験者は足手まといでしか無いのである。これはアルテイルが増長している訳では無く、純然たる事実としてアルテイル自身が感じている。同行者の行動範囲は精々徒歩で行ける範囲でしか無く、アルテイル単独であれば飛翔の魔法で行動できる上、目ぼしい狩場を覚えれば次からは転移で一瞬の内に行ける。同行者も転移で連れて行けば良いという話でもあるが、それをするには魔力が勿体無く、その分を狩りで使用できれば同行者と一緒に行動するよりも多くの成果を出せる自信があった。それに、アルテイルとしては魔法の練習の邪魔をされたくないというのも同行者を伴わない狩りの理由の一つでもある。
エリオットから指導を受けるようになり、アルテイルの魔法の幅は確実に広がっていた。今までは単純に土は土、炎は炎として使用していた魔法を、土をより硬くする繊細な作業が可能となり、炎の温度調節も出来るようになった。そして何より炎と風、水と土、などの複合魔法と言うべき現象も実践可能となったのが一番の成果である。エリオットが魔法の複数展開の達人であり、その魔力量もさることながら魔法精度の高さにより少ない魔力でより大きな現象を発現させる事が可能な魔法使いであった。その教えを引き継いだアルテイルも、その技術を見様見真似で習得し未だ精度ではエリオットに劣っているが、そこを魔力量でカバーして大きな現象を生み出せるようになっている。風と炎で炎の竜巻を起こしたり、今やアルテイルの魔法は威力だけなら天井知らずの状態である。
「それではおさらいだ、アルテイル。魔法の発現にはどのようなものがある?」
「はい、一つは陣形魔法、所謂魔法陣です。二つ目は儀式魔法、身振りや発声により発現します。最後は想像魔法、想像した現象が発現します」
「宜しい。我々はこの三つの発現方法によって魔法を使役している。アルテイルは既に想像魔法と儀式魔法は問題ないと思っている」
「ありがとうございます」
エリオットの言葉に恭しく頭を下げるアルテイル。アルテイルは既に想像魔法については問題なく熟しており、儀式魔法についても同じである。足で地を踏むと土の槍が地面から突き出たり、魔獣の頭を吹き飛ばした「吹き飛べ」という発言が、爆発といる現象を発現させたという事だ。この世界で行われる魔法は先の三つの手段で発現するのがこの世界のルールだ。想像魔法という思い描いただけで発現する魔法は一見恐ろしいのだが、なにも全ての事柄が確実に起こる訳でも無いし、その現象を緻密に想像出来なければ発現しないという扱いに難しい面に加え、想像魔法は一番魔力を無駄に消費しやすいので魔法使いの中ではそれほど多くの使い手は存在していない。一番多いのが儀式魔法、身振りや発声をキーワードとして魔法を発現させる方法を使う魔法使いが一番多く、次いで陣形魔法の使い手である。陣形魔法は魔法使いが魔道具を作る時に必要となる技術として使われるのが一般的である。
さてこの魔法の序列に関してだが、一番魔力を効率良く、精度と威力を高く運用できるのが陣形魔法である。だが陣形魔法には魔法陣を描くという工程が入ってくるので、実践では専ら既に魔法陣を描いた杖を用いて使われる。そして次いで儀式魔法、最後に魔力のロスが大きく、一番制御が難しいのが想像魔法である。だがアルテイルは既に想像魔法は実戦レベルで実行可能であり、儀式魔法も同上。エリオットに専ら教わっているのは陣形魔法である。
そしてアルテイルは自分でも気付かぬ内に、魔法世界に新たなる楔を打ち込む事を実現した。
「それではアルテイル、陣形魔法で言っていた事をやってみなさい」
「はい!」
場所はシュタイマーの郊外の草原。生物は何も無し。格好の魔法実験場にてアルテイルは両腕を正面に伸ばした。そして頭で想像した魔法陣を、魔力で両腕に展開させる。
「顕現せよ、偉大なる業火よ! 顕現せよ、吹き荒ぶ風よ!」
アルテイルが言葉を紡ぐと両腕の魔法陣が完成し、左手からは業火が、右手からは強風が吹き荒れる。アルテイルはその掌をパンと打ち鳴らし、再び正面へと掌を向けた。すると、両手の魔法陣が一つに融合し、魔力を帯びた光を発している。
「荒れ狂え、フレイムトルネードッ!!」
途端、魔法陣からゴウッという音と共に強大な炎を纏った竜巻がアルテイルの前にその姿を現す。その荒々しさと吹き荒ぶ強烈な風は、間違いなく街の一つや二つを消し飛ばせそうな威力を持っていた。想像魔法により魔法陣を形成し、その魔法陣を媒介に陣形魔法を行使し、更に儀式魔法で発現させる。魔術方式三倍掛けの魔法行使に、その姿に側で見守っていたエリオットですら、背中に冷たい汗を流す。とんでもない子供に教えることになってしまったな、と。
「その歳でこの威力とは。私の教え子は末恐ろしいものだね」
「先生の教えが良いからですよ」
「ところで毎回思うのだが、君がよく言う『ふれいむとるねーど』やら『あいすじゃべりん』とはどういう意味だね」
「まぁそれは、えっと、炎の竜巻と氷の槍っていう意味で……あまり気にしないでください」
郊外の実習で放たれた空に昇る炎の竜巻を眺めて苦笑いを浮かべながら言うエリオットと、魔力を一気に放出し少し疲れた表情で同じく竜巻を眺めるアルテイルの二人のコンビは、今やシュタイマーでは珍しい光景では無くなっている。郊外で竜巻が発生したら、まずあの二人の仕業であるとシュタイマーの住人には知れ渡っている。この日もアルテイルの魔力が回復してから飛翔の魔法でシュタイマーへ帰ると門番から「またお二人ですか」と渋い顔で言われるのだった。
そんなある日の事。アルテイルは一人郊外で狩りをしていた。この日は既に兎を三羽と狼を二匹仕留めたので十分なのだが、帰り道に熊に遭遇したので物の序でに狩ろうと思っていた。二本足で立ち両腕を広げてこちらを威嚇する熊に対し、アルテイルはここの所鍛錬していなかった格闘技で応じていた。凶悪な熊パンチを素の体力で華麗に避け、その右足に地味にローキックをビシバシと入れていく。魔法で身体強化を行っても良いのだが、それでは鍛錬にならないので使わないようにしていた。この作業が思いの外楽しく、熊の攻撃を牽制して地味に蓄積ダメージを与えていく作業がまるでサンドバック相手に練習しているようで気分的には満足していた。
足への攻撃が効いてきたのか、熊がたまらず四足になり体当たりをしようとしてきたのを往なして前足を刈りひっくり返そうと思った時、唐突に熊の額へと矢が一本ブッスリと刺さった。
「は?」
突然の事に慌てて気配察知を使うと、アルテイルの後方から三つの気配が猛烈な速度で近付いてきており、その内二つが一気に草陰から飛び出してきた。
「おおおおおっ!!」
雄叫びを挙げながら手にした長剣で熊を袈裟斬りにした少年と、脇腹に深々と槍を突き刺す少女の姿が飛び込んでくる。今までアルテイルのサンドバックを勤めていた熊は、哀れにも血を流しドスンと地面へと沈んでしまったのだった。熊が大地へ沈んだのを確認した所で、もう一人弓を携えた少女が草陰から現れ、油断無く熊を見据えながら近づいてくる。剣の少年と槍の少女は熊の死亡を確認してから、アルテイルへと振り返った。
「大丈夫だったか。熊に襲われていたんだろう?」
「え? あぁ、いや……」
にこやかに話しかけてくる少年に対し、アルテイルは急激に起こった一連の出来事が消化し切れず思うように返事が出来ない。その様子を知ってか知らずか、槍の少女が少年をツンツン突くとアルテイルを指さした。
「その子、アルテイルじゃない。冒険者学校の」
「え?」
少女の言葉に少年が驚いた顔でアルテイルを見るので、アルテイルは黙って頷く。
「えっと、魔法とかの練習相手にしてただけ、なんで。襲われてたとかじゃないので」
「え、本当か……。もしかして俺、やっちゃった?」
少年の言葉に少女二人が黙って頷くと、少年が頭を抱えて蹲った。
「まじかー。普通に襲われてると思ったわー」
「まぁ、見た目が子供だもんね。私も思ったししょうがないよ」
弓の少女が慰めるように言うと、アルテイルに向かって笑顔を向けた。
「ごめんねー、獲物横取りしちゃって。あたしはシュタイマーアルク辺境伯の家臣の娘でミカ・フローリン。こっちの槍の子がノエル・カスタルトでこいつがカイン・ボルガノン。よろしくね」
「は、はぁ。どうも、アルテイルです」
笑顔を向けてくるミカに対し、状況に流されるままに頭を下げる。ボーイッシュな短髪で人懐っこい笑顔を浮かべ、人好きのする可愛らしさのあるミカは得だな、と頭の冷静な部分で考える。対してもう一人の少女ノエルは、可愛らしさより綺麗さの際立つ顔立ちで、長髪のノエルと短髪のミカが二人並ぶと華がある。その二人に挟まれるカインも男らしい顔立ちをしており、なるほど将来イケメン間違いなしであろう。三人とも当然アルテイルより年上であり、今年入学した組の幼なじみ三人組というやつである。はっきり言って、妬ましさを覚える。
「それで。熊なんだけど、どうする?」
「僕が狩った訳じゃないので。三人で持って行って結構ですよ」
「やた。ありがとねー」
嬉しそうに言うミカの言葉にアルテイルは苦笑を浮かべるしかない。アルテイルとしてはもう十分獲物は狩っているのだ、熊は物の序でだったのだから別にどうという事も無かった。早速彼らが仕留めた熊を捌こうとしていた時に、アルテイルは帰る支度をする。
「あれ、もう帰っちゃうの?」
「えぇ。既に獲物は十分仕留めたので」
「さすが、魔法使い」
ノエルの言葉にやはり苦笑い。確かに魔法の力で獲物が狩れているので何も言えない。アルテイルは転移する直前に声をかけた。
「それじゃ」
「あっ、ちょ―――」
何か言い募ろうとしたカインの言葉を無視して、アルテイルは転移でシュタイマーの入り口まで戻る。正直あのカインハーレムには居辛かったのである。
「あー。帰る前に風呂入ってくっかな。ちくしょう」
胸の中にモヤモヤを感じたアルテイルが気持ちを切り替える為にゴブリン村へ再度転移する事にしたのは、ものの数秒後の事だった。




