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このだだっ広い暗闇の中で

作者: 木犀

ライトサーベルを薙ぐ。やわらかい物にあたったかのような感触。――ヒットだ。

 パパパパパ。ショットシャドウが散弾を撃つ音がする。

 左方に転がり込み、音源にライトショットを放つ。

 網膜にかすかに赤黄色い何かが映る。

 

 ショットシャドウがうめき声を上げながら倒れ伏す音がする。

 座標表示から、最後のシャドウの座標が削除された。

 ――このマップにもう敵はいない。


 私は3時の方向に足を進める。

 温かい光が体にあたるのを感じる。

 ――高エネルギー源だ。

 私は高エネルギー源をいくつか拾い上げ、ポシェットに入れる。

 高エネルギー源は今の『ベース』には欠かせないものだ。

 シャドウ討滅のために、

 そして、レイの為に……




 このだだっ広い暗闇の中で、私達はさまよっている。

 ――西暦20XX年。

 最初のシャドウが人々の前に姿を見せた。

 はじめはそれに人々が不思議性を覚えはしたが、脅威と言えるものではなかった。

 だが、シャドウはどんどん街を、人々を、侵食し始めた。

 

 そして、新世紀……2100年を迎える今、

 私達の世界は完全に闇に飲み込まれていた。

 

 人間は皆、完全に視力を失った。

 だが、人間の底力はそのような非科学的要素にも対応しえた。

 人間は≪座標表示≫という機械を作り、|(45,29)というような数字だけを見て暮らすようになった。

 

 お互いの顔を認識することなく、数字のみを見て私達は生き延び続けた。

 だが、そのような生活も、終わりに近づいてきた。

 ――シャドウが、人々を襲い始めたのだった。

 人々は旧世紀に開発した高エネルギー源によるライトショットでそれを討滅したが、時すでに遅し、世界はシャドウといういまだに未知の存在に、本当に食いつぶされようとしているのだった……



 私は村に帰ると、まずはじめに家に向かった。座標(65,42)村の東北に私の家は位置する。

 x座標25辺りを差し掛かったころ、属性≪黄≫の人間が近寄ってきた。

 |≪黄≫はジャンおじさんだ。

「や、カノン。今日もシャドウ討伐の帰りかい?」

 ジャンおじさんは語りかける。

 私の仕事はシャドウの討伐だ。いわば、村の護衛役というところか。

「ええ。――このベースで、高エネルギーショットが打てるのは私しかいないんですから。――積極的に狩っていかないと駄目ですから」

 高エネルギー源の攻撃方法は二種類ある。

 ショットと、ブレイドだ。

 ショットは遠距離攻撃で、弾幕シャドウである、ショットシャドウにも対応できる。

 だが、ブレイドは弾幕をはなつショットシャドウに対しては危険性が大きすぎるのだ。

 そして、そのショットを撃てるのはこの村では私しかいない。

 かつてはジョンおじさんもショットを打てたらしい。

 だが、年と共にショットの威力が減衰したという。

「――そうそう。高エネルギー源、新たに600ユニット拾ってきました。これで当分はシャドウ相手に防衛前線が張れますよ」

「すまないな。まだ若いのに、カノンちゃんにそんなことをさせて」

 ジャンおじさんは謝る。

 どんな顔をしているのかなど、目視不能だが、私はそんなジャンおじさんが好きだ。

「いえいえ。――年齢を重ねるとショットは打てなくなるのだから、私がエネルギー源取りをするのは当然ですよ」

「そっか。――謙虚だな。カノンちゃんは」

「そんなことないです。それに、私が高エネルギー源を取りに行くのは……レイの為でもあるのですから」


 家に帰った後、私はベットで寝た。

 旧世紀には、テレビや本などという娯楽があったらしい。

 だが、視力を失った私達はそんなことができない。

 私達を癒してくれるのはせいぜい睡眠や食事程度だ。

 

 ――このだだっ広い暗闇の中、私達は考えた。

 なぜ、私達はシャドウに飲み込まれたのか、

 なぜ、私達は視力を失ったのか?

 と。

 だが、私達に答えを見つけ出すことはできなかった。


 私はベッドから起き上がる。――この世界では昼も夜も区別がつかない。

 だから、今何時なのかは、脳内埋め込み時計を見るしかない。


 PM8時……旧世紀では夜の時代であり、逆にもっとも活発な時間だと伝えられた。

 ――レイに会いに行こう。

 私はそう思い、座標を南にすすめた。


 |(60,-14)そこが、レイの家だ。

 ――レイは私と幼馴染の男の子だ。

 だが、レイには特殊な能力がある。

 それは、私のショットという、年齢だけに依存する能力だけでないものだ。

 

 弱視


 それが、彼の能力だ。

 彼には、とんでもなく弱い視力が存在する。

 それは、旧世紀の人間を一億としたら、1にあたるような弱視だが、

 だが、私達は彼のように、弱視の能力を持つ人間を、≪ホウプ≫と呼んだ。


「レイ、来たよ」

 私はレイに語りかける。

「やぁ、カノンか」

 レイは返答する。その音源から考えるに、レイはベッドの上に寝転んでいるらしい。

「レイ。高エネルギー源を持ってきたよ。――弱視に必要でしょ?」

 私は100ユニット分の高エネルギー源を彼に手渡す。

 レイにはその高エネルギー源が見えているのか、その場所をはっきりと察知して、掴み取った。

「カノン、いつもすまないね」

「――みんなの為よ」

「みんなの為――か。カノンはいいやつだね」

「いいやつ……か。ねえ、レイは何でシャドウが私達を侵食したのか、考えた事ある?」

「あるよ。何度もね」

「そっか。ホウプだもんね」

「ホウプであるかないかは別にしても、この世界でそのことについて考えない人間は居ないと思うよ?」

「そうね。――で、レイの結論は?」

「分からない」

「へ?」

 私は聞き直した。

「だから、分からないんだよ。なぜだかね」

「――そう」

 私はただたんに、受け止めた。

「あえて言うなら、――天命ってやつかな? そうなるように、なっているんだよ。――均衡を保つようにね」

「――均衡、そうね。世界を壊した人間への天罰――と考えるのがいいのかしら?」

「天罰か。それなら、もっと人間は幸せであるべきなんじゃないか?」

「そうね。――二十一世紀の初め……人間はもっとも全体的に幸福だったと言われているけど……その頃の人間は、どうかんがえてたのかしらね?」

「……おそらく、今の僕たちと一緒だろうね」

「と、言うと?」

「――今に精一杯」

「言えてるわ。――人間ってう種で考えたら、人の一生なんてちんけなものだからね」

「そう。――80は大きい数? っていう質問と同じだ」

「――そうね。夏の蝉は夏を知らないもの」

「それを考えると、今の僕たちも不幸とは言えないんじゃないかい?」

「確かに。その理論から行くと、旧世紀の人は色や絵を知らないってことになるわね」

「そうだね」


 私たちはいつもそのような会話を繰り広げる。

 私もレイも、妙に哲学的なのかもしれない。

 だが、今日、最後にレイがちょっと変わったことを言ってくれた。


「――カノン。あんまり無理、しないでね」

「なぜかしら?」

「――カノンは、とっても可愛い女の子だからだよ。今に至ってはあんまり腕力とかが関係ないからそういう男の子は戦って女の子は家を守るっていう旧旧世紀的な考え方はしないんだろうけど……それでもさ、やっぱり僕はカノンを守る立場に、立っていたいと思うんだ」


 ――可愛い女の子……か。

 そんな考えはあんまりなかったな、と思う。

 この世界に美人や、不美人という考え方はそこまで浸透していない。

 ――だから、可愛い女の子っていうのは……おそらくレイの主観なのだろう。

 だとしたら、深読みなどしなくても、あれはレイが私を好みの娘だと言っていてくれるということと同値なのだと考えていい。

 ちょっぴりうれしくて、でも、なんんとなく虚しく、

 結局この世界が……嫌になった。



 私は次の日、のシャドウの討滅に向かっていた。

 東の洞窟……ベースから数えて、x軸方向に10000は行ったあたりだ。

 そこには、ショットシャドウを基礎とするシャドウの巣が展開されていた。

 そこにシャドウの巣があるということは聞いていたが、予想以上の数だった。

 脳内の座標表示の半分が文字で埋まる。圧倒的な数が、この洞窟に潜んでいる。

 私はただのショットシャドウは無視をして、洞窟の奥底に進んだ。

 ショットシャドウのほとんどは正確に狙ってくる拡散弾だ。よって、討滅はできずとも、よけて進むことは容易である。

 ――私はその洞窟の奥底、

 ひときわ大きい反応を見た。


 ――目視はできないが、その音や体臭、そして、ひしひしと感じる殺気ですべてを理解する。――このシャドウはいままでのシャドウ――サーベルシャドウやショットシャドウといった等身大よりかすこし小さ目なそれとが違い、

 ――はるかに大きい。

 おそらく予想としては……10mはある。

 そう私は確信する。


 ショットを放ちつつ、左に再度ステップを繰り返す。

 ――近寄られると散弾をモロに食らって身体が消し飛んでしまう。

 多方向から飛んでくるショットシャドウの散弾も相まって、私の防護服の装甲を確実にそのシャドウは削る。

 その組織性は恐ろしく、

 ショットシャドウが逃げる間をふさぎ、大型シャドウが私の装甲を確実に削る。

 ――知能を持っている。

 いままではそんなことはなかったはずなのに……

 私はショットと打ち続けながら、頭の中で、そのようなことを考え続けていた。


 私はサイドステップを続け、正確無比に狙う大型シャドウの弾をかわしつつ、こちらもショットでショットシャドウを討滅した。

 次第に装甲が削られ、最終的には私は素肌を空気にさ晒すような状態まで削られた。

 ――ショットを連打しても、まったく相手のシャドウは動じない。

 防護服のあちこちに穴が開き、その部分にショットを食らうと、そのまま体が消し飛びそうだ。

 ――私は意を決して、ショットによる攻撃を捨てる。

 武器をサーベルに切り替えて駈け出す。

 収束弾の音がする。

 とっさに右に飛んだが、肩の装甲をいくらか持って行かれる。


 そして、私はそのサーベルを、敵のメインの発射口らしき場所に突っ込んだ。

 サーベルはちょうどはまり込み、その発射口をふさぐ。


 そして、大型シャドウが息を吸い、収束弾を放とうとしたその時、

 大型シャドウは爆発した。

 ――発射口をふさがれたシャドウはその弾を自分の身体の中で爆発させ、爆死した――



 結局、私達はこのようなことしかできない。

 目の前にいるシャドウの討滅しかできない。

 大型のシャドウの討滅をしたのに、私は憂鬱だった。

 ――それにしても、大型のシャドウの出現……

 組織化……

 嫌な予感がする。

 世界が、どんどん崩壊に結びつくような、嫌な感じが。




 私はその日の夜、またレイの家に向かった。レイは昨日と同じように、ベッドに寝転んでいた。

「――座りなよ。模様替えをしたからね。――ソファーは今、カノンから数えて三時の方向にあるはずだよ」

 レイが教えてくれるが私はそれを無視して、レイのベッドへと向かう。 今日は、戦闘のときの憂鬱がまだ残って、とても寂しい。――孤独感を、埋め合わせたい。――だから、私はレイと触れあいたい。

 私がベッドに腰掛けると、レイが「うげっ」と呻き声を上げた。

「カノン、重いよ」

「ごめん、ごめん」

 どうやら私はレイに座ってしまったようだ。

 私は重心をずらし、そのままベッドに倒れこむ。

 そうして、私はレイを抱きしめた。


「――カノン?」

 レイが疑問符をつけて質問してくる。

 レイの髪の毛はさらさらで、さわると気持ちがいい。

 私はレイの顔を手でなぞる。

 ――見えないけど、触って分かる。

 小さく、整った顔。

 とても愛らしい。

「ねぇ、レイ? これから、私達はどうなっていくのかな?」

「わからない」

「また、それね。――レイは考えるのを放棄しすぎじゃないかしら?」

「でもさ、――世界が見えなくても……僕はこれで良いと思う」

「どうして?」

「こうやって……カノンと抱き合っていられるから……かな?」

 私はレイをさらに深く抱きしめる。

 レイの身体はいつもぽかぽかとしていて、温かい。

 レイ――Ray……光線という意味を持つ。

 そして、望みの光。

 ホウプに相応しい名前だ。

「ねぇ、……レイ? 昨日さ、夏の蝉の話したじゃん?」

「うん、そうだね」

「――ならさ、おそらく、神様は……人と人とのつなぎ合わせを確かめるために、世界を暗黒にみたしたのじゃないかな?」

「そうだね。――でも、こうやって抱き合うことは旧世紀もできたはずだよ?」

 レイは自分の脚を私の脚に絡ませてくる。

「そうだね。でもさ、こうやって気軽にって言うか、距離を確かめようと、抱きしめることはなかったんじゃないかな?」

「――なるほどね。あることに気をとられると、他の事に目がいかないってやつか」

「うん。――私たちはさ、ルーズな目やミクロな目を養いすぎて、なにも見えなくなっていたんじゃない?」

「――盲目だったのは、旧世紀の僕たちのほうってこと?」

「うん。――旧世紀は紛争も、絶えなかったって聞く」

「――魔王論だね」

「そういうこと。――ねぇ、レイ? このだだっ広い暗闇の中で、たったふたりで生きていくっていうのは、どうかしら?」

「魅力的だね。――でも、それはいまの僕たち人類に限りなく近いんじゃない?」

「どういうこと?」

「お互い――シャドウと人間しか見るものがないってこと」

「そうかもね」


 私はレイの頬に口づけをした。


 私達はこのだだっ広い暗闇の中で、いままで生きてきた。

 そして、これからも。


 ――けっきょく、この世界に変化はない。

 変わったのは、私達だけで、


 ――そう考えると、少しは憂鬱な気分も晴れるのだった。




 the part of Ray[good] was ended.

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