お前が愚鈍でなかったならよかったのに
本当にそう思う。
七歳の頃までは秀でていたから、背伸びをして侯爵家の婿にどうかと拝み倒してやったものを、お前は私たちの期待も、侯爵家の信頼も裏切ったな。
スカーレット嬢は大変気の長い方であったよ。
それを心底から怒らせたお前の非というものはあまりに大きい。
言い訳は「試し行動」だったか?
容姿や性格を悪し様に言ったり、他の令嬢を侍らせたり、冷たい対応をしたりを三年も繰り返していたとは私も思わなかった。
その間にスカーレット嬢は完全に心が離れたのだからお前の落ち度でしかない。
結婚した後にそういったことをしたのでないだけまだマシだが、それでも貴重な三年という時間を浪費させた事をお前は償わなくてはならない。
全く。
お前には心底から失望しているよ。
今回お前が侍らせた令嬢たちは先に市井に放り出されている。
お前も後を追うのだぞ。
さて、お前が成人した時に共に飲むために用意しておいたものがある。
どうせ出ていく身なのだから飲むといい。
ああ、私は少量でいい。この後も仕事があるのでね。
お前は好きなだけ飲めばいい。
伯爵家に居られるのもあとわずかの期間なのだし。
生まれ年のワインなど早々飲める身分ではなくなるのだからね。
……お前には本当に期待していたのだよ。
一時は、長子継承の風習を覆し、嫡子に選ぼうかと思った程にな。
いっそそうしていたらお前は格上の存在を怒らせるという罪を犯さずに済んだのかもしれんな。
全ては過去の私が決めたことだ。
ああ、血を吐くのならテーブルにしておきなさい。
床は後で清掃に来るメイドが苦労する。
なぜ?
令嬢であれば早死にするか庶民に馴染んでいくかしてくれるが、男のお前は利用されかねない。
故に、毒が必要だったのだよ。
毒を仕込むのは私だが、飲んだのはお前だ。
自害という形で医者は診断書を書くよ。
大丈夫だ、最期まで見ていてやるから。
それがせめてもの父親としての責務だからな。
痙攣も収まったな。
では医者を呼んでくれ。
私はここに居なかった。
執務室で後片付けをしていて、このバカ息子は勝手にワインを引き出してきて毒を混ぜて飲んで自害した。
そうだろう?
毒は……うむ、出所不明でもいいだろう。
外出までは禁じていなかったのもそのためだ。
こやつが自責の念からどこぞで調達してきたのだろうということにしよう。
下手に闇医者由来のものを私が手に入れていたということにしても、痛くもない腹を探られるだけだからな。
まったく。
スカーレット嬢に大人しく傅いて、愛を受けるために尻尾を振ってさえいれば安泰だったものを。
あの家にどれだけの金子をはずみ、頭を下げたと思っていたのだろうな。
それでも縁は繋げたのだから結果は残ったが、婿入りしたほうがよほど大きかったのだがな。
次男という立場で、婿入り先があるというだけで恵まれていると分からなんだのが実に惜しい息子であったよ。
勉学は出来たくせにそういうところがとんと出来ない男であった。
派手に送り出してやることも出来んが、仕方がない。
スカーレット嬢の留飲が下がるのであれば安い話だ。
さて、私は執務室へ行く。
医者が来たら呼びに来てくれ。
妻や娘は起こさなくて構わない。
棺に入った後に顔を見させるだけでよいだろう。
では、頼んだぞ。




