第二十六話 縁起をかつぐ
拙者ら漬物侍は、食卓に添える脇役としてこそ華となる。紫苑や白妙らもそうした信条を持っておるわけだが、添え物としての数の主張もまた考えがあった。
一切れは人切れに通じ縁起が悪い。二切れは蓋切れであろうか。三切れは身を切れに通ずる。これは一見縁起は悪く見えよう。切腹の覚悟で挑めと言う意味もあり、侍の矜持。四切れ五切れは世直し、語切れと、量的に主役にせまる扱いゆえに辞退し申した。
「わしとしては、沢山ある方が喜ばしいのだがのう」
「それはたくあん侍様の誇りに泥をかけるようなものです」
「わかっておるわい」
五切れのたくあんを見て、美食大王と御茶御前のやり取りにあてられたある日‥‥食欲魔人衆の一人、大食漢が現れ、我らが食卓を襲った。
魔人衆は飽くなき食欲の権化。瞬く間に食卓を彩る主菜が食されてしまった。
「くっ、‥‥無念なり」
「この身を切っても、食卓は守り申す」
拙者は残った二切れのたくあんを守るため、力を振り絞り魔人の口中に活路を求め飛び込んだ。
拙者の務めは果たされる。食感、塩気、酸味……全てを主君を守るために捧げ、魔人を道連れに見事な散り様を見せたのだ。
この壮絶なる戦いを目の当たりにした里人たちは、語り継ぐ。
「たくあんは二切れでこそ、その覚悟と調和の美学が完成する」
この戦い以降、添え物として並ぶたくあんは二切れが良いと、言われるようになったのだった。




