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シュレディンガーのパンツ

「先輩、私のパンツが気になって仕方がないって顔してますよ」

「お前の先輩は一体どんな顔をしてたんだよ」


 放課後。先輩である村崎 翔真の部屋に、その後輩の風間陽菜が遊びに来ていた。


「またまた〜、先輩の顔に書いてありますよ。『風間様のパンツが見たい』って」

「そんな訳あるか。そんな事微塵も思ってないぞ」

「いえ、さっき先輩が寝落ちしてるうちに私が書いておきました」

「何やってくれてんだッ!!」


 翔真が慌てて鏡を取って確認するが、顔には何も書かれた様子はなかった。


「流石の私も顔に落書きなんてしませんよ」

「お前ならやりかねないから怖いんだよ……」

 

 陽菜が楽しそうに笑っている様子に翔真が深くため息を吐く。


「でも実際気になりません?私のスカートの中身」

「そりゃまぁ……気にならないと言ったら嘘になるけど」


 翔真が陽菜を見やる。短く切り揃えた髪に、運動で焼けた小麦色の肌。そしてアイドルにも劣らない可愛らしい顔。


「たとえ 火の中 水の中 草の中 森の中 土の中 雲の中 私のスカートの中!ですよ」

「俺は別にポ◯モンマスターは目指してない!」


 別にポケ◯ンマスターを目指してるからってスカートを覗く理由にはならないのだが、と思いつつ取り敢えず否定した。


「そもそも、何でお前は俺にパンツを見せたいんだよ」

「それはですね先輩、私は気づいてしまったんですよ」


 陽菜が真剣な眼差しを翔真に向ける。まるで何か重大な告白をする前のようだった。


「先輩が今私が履いているパンツを知らないせいで、先輩の頭の中では私が無数のパンツを穿かされていることにッ!!」


 陽菜がまるで重要な事実を突きつけるかのように声を張り上げる。


「これはそう!シュレディンガーのパンツですよ!」

「ただのおじさんのパンツになってるじゃねぇか」

「何と青年期のです」

「どの時期でも要らんわ!」


 おじさんのパンツについて揉める高校生達の図がそこにはあった。

 一通りの攻防を終えてお互いに息を整える。


「まぁ要するに、先輩には私のパンツを見て欲しい訳です」

「俺は何を言われたって見ないぞ」

「意固地ですね〜」

「こんな話題で意固地もクソもあるか」

「あ、じゃあ先輩こうしましょうよ」


 陽菜がアイデアを思いついたと人差し指を立てるが、翔真は嫌な予感がしてならなかった。


「私がパンツを見せるので、先輩もパンツを見せてください」

「悪化してるじゃねぇか!」

「え〜自分だけパンツを見るのが忍びないって言う先輩の心を配慮したんじゃないですか」

「そんな配慮せんで良い」


 翔真の口から重いため息が漏れる。


「お前には、なんだその……乙女の恥じらいみたいなのは無いのか?」

「それは勿論ありますよ」


 陽菜が心外だと言うように頷く。


「こんなことを言うのは世界で先輩だけです」

「ハァァァァ」


 翔真の口から今までで一番大きなため息が漏れた。無自覚なのか分からないけれど、陽菜はこう言う好意を仄めかす事をよく言うのだ。その度に1人だけドキドキしている翔真にとってはたまったもんじゃない。


「そう言う事あんまり他所で言うんじゃないぞ」

「?こんな事先輩にしか言いませんよ?」

「そう言うことをだッ!!」


 強めの説得もあまり効果なく、陽菜は不思議な顔をするだけだった。


「あ、先輩良い方法を思いついたんですけど」

「パンツを見る方法に良いも悪いもあるか」

「だから、一旦パンツを見せるのは諦めます」


 陽菜の言葉に翔真は目を見開く。陽菜が一度言ったことを取り止めるのは滅多になかったので意外だったのだ。


「なので、これで決めましょう」


 そう言って陽菜が手に取ったのはSwitchのソフトケースだった。


「大◯闘スマッシュブラザーズ。先輩確か持ってましたよね」

「持ってるぞ」

「偉大なる先輩の事ですから大◯闘スマッシュブラジャーズと聞いてどんなエロゲかと期待してたに違いありません」

「お前の先輩はそんなに偉大じゃねぇよ」

「スマブラと聞いて一体どんなブラジャーかと思ったでしょう」

「思わないだろ」

「紐とかでしょうかね?」

「賢いとは言えないけどな」

「ま、そんな事はどうでも良いです」


 陽菜がコホン咳払いをして話題を元に戻す。


「これでもし私が勝ったら先輩にパンツの色を教える。これでどうですか?」

「……これ普通逆じゃないか?」

「先輩が意固地で意気地なしなのが悪いんです!」

「そう言う問題じゃないと思うんだがな……」


 翔真がやんわりと否定するが、陽菜にはその真意は伝わらなかった。


「ところで、俺が勝った場合のメリットはないのか?」

「う〜ん先輩のパンツはもう見慣れてしまっていますし」

「待て、お前が何で俺のパンツを見慣れている」

「普通に箪笥を漁ってイタッ!?先輩何するんですか!?」

「お前が何してくれてんじゃッ!!」

「痛い!痛い!痛いですって!」


 翔真が全力で陽菜の両頬を掴んでいた。陽菜が逃げようと後退して、2人ともベッドに倒れ込んだ。


「先輩パンツとエロ漫画を同じ場所にイギャッ!?」

「お前はもう一旦黙れ!」

「意外と後輩モノが……って先輩どこ触ってるんですか!?」

「良いからお前はさっさと忘れろ!」

「無理で〜す。もう頭の中の引き出しにしまっちゃいましたもんね!」

「喧しいわ!」


 翔真が陽菜の口元に手を当てて無理やり静かにさせる。陽菜は拘束から抜け出そうと暴れたが、酸素不足でその力は次第に弱くなっていった。顔が赤くなり完全に抵抗するのを諦めた所で、翔真が陽菜の口元から手を離す。


「はぁ……はぁ……。酷いですよ先輩……」 

「10対0でお前が悪い」

「エッチなことするんですね!エロ同人みたいに!」

「しねぇよそんな事!」

「あのセリフエロ同人の中で言われると、少し冷めますよね。『え?エロ同人の中なんだから当然じゃん』って」

「まぁ気持ちは分からんでもないが……」

「昔くっころの事をコロッケの亜種だと思っていました」

「エロ同人の方向に花を咲かせなくて良い」

「……この状況も、くっころと言えなくもないですかね?」


 陽菜の言葉に翔真がピタリと喋るのを止めた。ヒヤリと顔に冷や汗が流れる。心拍数が上がり、息が荒くなる。


「私は、ここで散らして良いですよ」


 対して陽菜は余裕そうにそう言って微笑む。それは命の事か、それとも……。今まで取れていたバランスが大きく乱れて揺れる。翔真がゴクリと唾を飲み込んだ。


「俺は……そんな事しねぇよ」

「そうですか………では!」

「うおっ!?」


 陽菜が思いっきり翔真を突き飛ばす。大した威力ではなかったが、その隙間を縫って陽菜がベッドから脱出する。


「勿体無い事しましたね〜先輩。私から誘うなんてもう二度と無いですよ?」

「良いよ、それでも。俺は陽菜と今の関係が無くなる方が嫌だ」

「全く、先輩は意気地なしです」

「別に何を言われたって構わないさ」

「黒のボクサーパンツ」

「それは別問題だろッ!!」


 翔真の様子に陽菜が楽しそうに笑う。


「満足したので今日の所は帰ります」

「おう、送っていくか?」

「まだ日が出てるので大丈夫ですよ」

「そうか……」


 2人の間に奇妙な沈黙が流れる。本当はお互い何かを言いたいのに、それを言い出す事が出来なかった。いくらか経った頃、陽菜が覚悟を決めて口を開く。


「ねぇ、先輩」

「どうした?」


 お互いに誤魔化していた。今の関係性が心地良すぎて、変化する事を恐れてしまった。それでも、もし今からでも変わることが出来るなら。


「私はずっと、待ってますからね」

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