不遇職「通訳」として蔑まれてきた僕が、チートスキル「異文化理解」で全員まとめてざまぁしてやる~それだけは止めてくれと言われても、もう遅い~
私なりの「不遇職」に対する見方です。恐らく、なろう系で良く見るのとは解釈が違うかと思います。
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「ゴミめ、目障りだ」
僕のお腹を衝撃が襲い、体はクの字に折れ曲がる。地面に倒れ込んだ僕は体を必死に丸め、頭を両手で庇う。今日だけは、そう、今日だけは意識が飛ぶまで蹴られない事を女神さまにお祈りしながら。
「おい、よせ。そいつは『通訳』の一人だが、今夜の使節団に同行することになっている。あまり痛めつけて粗相でもされたら、俺たちだって無事じゃすまない。皇太子殿下が来ているからな」
さっきのとは別の声がして、僕を蹴り続けていた足が止まる。
「けっ、『通訳』なんざ存在自体が既に粗相だろうが……オーク臭が移っちまうじゃねぇか」
「はは、ちげぇねぇや」
ドッと笑い声が響いて、僕を蹴っていたやつが最後に唾を吐きかけてから、全員その場を去っていった。ああ、良かった。あばらすら折られていない。老アレイセルの言う通り、雄鶏が3回鳴いた朝は良い事がある。
どうしてこんな事になっていて、そもそも僕が誰なのかって?僕はエルフ族のアレンデル、16歳。10歳で女神さまから「通訳」の職業を賜ったんだけど、僕が暮らすこの世界でそれは地獄のような、短い人生を意味する。何故なら「通訳」が特性を生かせるのはエルフ族とオーク族が話し合いをする時だけで、両種族はお互いを忌み嫌っているからなんだ。
僕が所属するエルフ族は何よりも森を愛し、定住と、美と芸術を大事にする。僕たちから見るとオーク族は非常に不細工で、野蛮で、平気で森を傷つけて、文化の欠片もない野蛮な生き物なんだ。だから、オークの近くに来るだけで吐き気を催し、汚された気分になっちゃうんだ。「通訳」の職業を与えられていない、普通のエルフはね。
そんなオーク族はと言うと、広々としたステップで遊牧民として暮らし、何よりも自由と、武勇と誇りを大事にしている。彼らから見た僕たちは自分の本心をひた隠し、常に上から目線で接する割に決闘すらできない、いけすかなさ過ぎて殴りたくなる種族なんだ。
会えば一触即発の両種族。これまでにも大きな戦がいっぱいあったんだって。下手をすると収拾がつかなくなるのを恐れた両種族は、「通訳」を介せば何とか話し合いができる事に気が付いた。エルフ族はオーク族の隣まで来なくても済むし、オーク族からしたら「通訳」を殴れば良い。僕みたいな不遇者の出番ってわけだよ。まぁ、全部老アレイセルの受け売りなんだけどね。
でも、僕は僕で女神さまから「異文化理解」と言うスキルも貰っているんだ。お兄ちゃんに口止めされて、他の誰にも言ってないけど。だから、オーク族の事も結構知っているんだ。老アレイセルより知ってるかもね。おっと、こうしちゃいられない。今夜の使節団同士の話し合い、皇太子殿下まで来て、オーク族のハンと和平条約更新の話をするんだ。僕がその場の「通訳」だから、遅刻したら大変だ。
僕は可能な限り服から泥を払い落とすと、他のエルフたちや、既に到着しているオークたちに見つからないようにテントの合間を縫いながら走った。
エルフたちは「通訳」を汚らわしいと思って酷い事をするんだけど、オークたちは奴隷として生きるなら死を選ぶから、僕たちみたいに抵抗もせずに生きるエルフを軟弱者として嫌っている。近くにいると弱さが移るんだって。だから誰にあっても殴られちゃうんだ。ご飯もほとんどもらえないし、30歳を超えて生きてる「通訳」は居ないって、老アレイセルが言ってた。彼ももう28歳だから、僕たちの長老みたいなものなんだ。でも、今日は上手く走り抜けれたぞ。雄鶏のお陰だね。あと、女神さまの。
無事に使節団が相まみえるテントまでたどり着いた僕は固く握った右こぶしをそっと開いた。
「……よし、失くしてない」
今日は絶対に失敗できない日なんだ。普段から話がかみ合わないと「通訳」のせいにされて、運が悪いと拷問を受けたり、オークたちに差し出されて殺されちゃったりする。中でも今日は特別。粗相やすれ違いがあれば二人に一人を火あぶりの刑にするって言われてるんだ。そう、絶対に失敗は出来ない日なんだ……
僕は拳を握り直して使節団が揃うの待った。いつもなら一刻はかかるのに、今日は女神さまが微笑んでいる。半刻もしないうちに両使節団は揃い、エルフ族の代表を務めるアレイウール皇太子殿下が歓迎のあいさつを済ませると、僕が手招きで呼ばれた。
「……ここにある品をオーク共の棟梁とやらに渡してこい。吾輩のスピーチも合わせて訳せ。それが済んだら向こうで待て」
僕が理解したかも確認をせずにアレイウール殿下はエルフの使節団と談笑を始めた。僕は金銀細工をあしらったとても豪華な腕輪を恭しくテーブルから取り上げると、後ずさりながらオーク族の使節団まで行ってから、オーク族のハンの前にそれを差し出した。
右こぶしに握り込んでいたオーク族の焼けただれた左手の小指と共に。
獣の皮を身にまとい、身の丈もあるほど巨大な斧を携えたオーク族の使節団がそれを目にした瞬間、場の空気が凍り付いた。
それもそのはず。僕はスキル「異文化理解」のお陰で本当に色々な事を知っている。この使節団が≪血塗られた斧≫の一族であることも。彼らのしきたりの事も。彼らが今のステップを支配する、オーク代表の一族であることも。
オーク族はね、相手の一族を根絶やしにしてやるって、そう決めた時にね、相手の一族の誰かから左手の小指をもぎ取るんだ。そしてそれを相手の長に送りつける。難しいのがね、相手がどんな時に受け取るように仕向けられるのか、って部分。何の予測もしてなくて、油断しまくってる宴の席とかで渡すとさらに相手を侮辱できるんだ。それとは別の、≪血塗られた斧≫独特の風習もあって、相手を殺すぞって、そう決めたけど、自分の格下過ぎてやる気が起きないのを示す方法がある。相手にね、宝物を渡すんだ。これを葬儀代にしろ、って。
つまり、僕はこれで2重の、最も重い侮辱をエルフ代表から突きつけた事になる。これは絶対に相手の血でなくては清算できないものだ。オーク族の誇りが許さないんだよ。
案の定、凍り付いたように動きを止めていたオークたちはいっせいに目が血走り、耳を穿つ咆哮とともにエルフの使節団に襲い掛かった。
そうなるのを予期していた僕は既にエルフの使節団まで戻って、アレイウール殿下の隣にいた。最後の仕上げのために。
「貴様!!!いったい何をした!?」
怒り狂って叫ぶアレイウール殿下は僕の服を掴んで自分に引き寄せた。
「何をしたか知らんが、オーク共を皆殺しにしたら1年かけて生き地獄を味わわせてやるからな!!貴様の皮を剥いで、目を……ごぽっ」
白目をむいて口から血を流すアレイウール殿下の顎には、僕がさっきオークたちからくすねた鳥の足の骨が刺さっていた。オークたちは骨髄が大好きなんだ。だから必ず骨を割ってしゃぶりつくす。そして床に投げ捨てる。鋭利な骨をね。
エルフ族の皇太子が死んだとなればエルフ族も後には引けない。オーク族のハンもあの侮辱を許すことはできないし、ハンが死んだならそれはそれで歯止めなんか効かなくなる。二つの種族は終わらせられない戦いを始めるんだ。僕が望んだ通りに。
アレイウール殿下の異変に気が付いたエルフたちが僕に斬りかかる。避けられるものではないし、避ける気もない。
刃に貫かれ、全身を切り刻まれながら僕は崩れ落ちる。倒れた目の前にアレイウール殿下の蒼白な顔が転がっている。
僕は最後の力を振り絞って、言う事を聞いてくれない唇を無理矢理動かした。
「ざまぁ……みやがれ……くそ野郎……お兄ちゃん……と……僕の……ぶ……」
お兄ちゃんの分だ、って。滅んじまえ、って。そう言いたかったのに、言い終われないままふっと体が軽くなった。痛みが無くなって白い世界が広がる。ああ、お兄ちゃんに会える。女神さまの……おひざ元で……待ってる……って……
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私が朗読を終えて明かりをつけると教室は静まり返っていた。しばらくすると呪縛から放たれたかのように学生たちがもぞもぞしだす。
「教授、今のお話は教授が作ったのですか?」
思った通り、真っ先に声をあげたのはアネッタだ。聡明で好奇心にあふれた子だ。
「そうですね、アネッタさん。私が作ったと言えばそうですが、それだけではありませんよ」
他の学生たちも私たちの会話に耳を傾けているのを確認してから私は言葉を続ける。
「今のお話はですね、今年に入ってから発見された文献を元に作られた仮説。それを元に私が少しばかりの想像で書き上げました。これをご覧ください」
少し明かりを暗くしてから私は背後のプロジェクターで一枚のスライドを映し出した。
「これはAF‐7614。つい最近になって古代都市エーアルイムの遺跡から発掘された一枚の手紙です。おおよその年代はエルフ歴5,300~5,400の間です。この年代が何に当てはまるか、アネッタさんはご存じですか?」
「もちろんです、教授。エルフ族とオーク族が共倒れになった種族大戦が勃発した時期に重なります」
「その通りです。我々人類がこの世界に異次元転移するおおよそ2,000年前、もともとこの世界に住んでいた二つの種族が文字通り、最後の一人になるまで争って絶滅した、種族大戦が始まったとされている時期です。そして、この手紙の内容は……」
私は講義堂を見渡した。皆私の話に聞き入っている。
「……一人の名も知れぬエルフの通訳を罵倒しているのです。手紙の著者はエルフ帝国宰相アレイウーガス。宛先はエルフ帝国23代目皇帝、アレイウーボナガス。宰相曰く、オーク族と結託し、アレイウール皇太子を卑劣な罠にはめ、大戦の元凶となったのは一介の通訳の少年。だそうです」
色めき立つ学生たちを横目に、私は少しばかり声を大きくして続ける。
「この手紙の他にもきっかけが通訳のミスだったのではないかと、そんな可能性を示唆する文献は数多く見つかっています。しかし、こんなにはっきりと当事者が言及しているのはとてもレアなケースなんですよ。考古学、今世紀最大の発見かも知れません」
「教授、でもどうして通訳がそんな事を?お話ではとても酷い扱いになっていますが、これは何か根拠が?」
再びアネッタから質問が飛ぶ。
素晴らしい。今年の学生は優秀だ。
「良い質問ですね。エルフ帝国における社会制度と暮らしについては次の学期でやりますので、それまでのお楽しみに取っておくか、図書館に行く事をお勧めしますよ。私がここで答えてしまうと、君たちに教える事が無くなってしまいます」
乾いた笑いが起こったが、すぐに止んだ。もっとウケると私は思っていたのだが、これが世代間の壁だと言うやつかもしれない。
「教授、もう一つ質問があります」
「どうぞ、アネッタさん」
「教授のお話には女神から賜った職業なのに不遇職とか、チートスキルとかが出てきましたが、これも実在した物ですか?」
ああ、やはりそこも気になるか。
「不遇職やチートスキルの部分は私の創作ですね。考えてもみて下さい。女神信仰が発達しており、その女神から全員がなんらかの職業を与えられるとしましょう。そんな中で特定の職業を蔑む、それは即ち女神の判断をせせら笑う不敬の念に他なりません。一人や二人は居たかも知れませんが、社会全体が神の選択を蔑むなどあり得ません。二つに一つなんですよ。一つ。女神から授かる物を笑っているならそもそも女神など存在せず、信仰もなく、全く別のところから、恐らく人為的に授かっている事になります。もう一つは誰もそんな狂ったことをせず、女神が敬われている。このどちらかですよ」
そこまで話すと丁度講義の終わりを告げるチャイムが鳴った。私は急いで荷物を片付けて出ていく学生たちに手を振り、次週の考古学101講義ではオーク族を取り上げると伝えると講義堂を後にした。
ここまで読んで下さって、有難うございました。
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