不朽の力
「待っててね、ハナ。お母さんが、なんとかするから」
その言葉を信じて、ハナとニチ子は待ち続けた。
事情を知るアビー先生の協力もあり、ニチ子は孤児院でハナと共に暮らすことができた。
そんな日々の中で、ニチ子は毎日木剣を振り続けていた。
ハナもまた、その姿に刺激を受けて、庭の花の世話を後回しにし、剣術の稽古に励むようになっていた。
そんなある日のこと。
「ニチ子ってさ、消えないんだね」
木剣を振る合間に、ハナがぽつりと呟いた。
「……それは、私に消えてほしいという意味か?」
その一言に反応して、ニチ子の剣さばきに鋭さが増す。
「違うよ。そういう意味じゃない。ただ、ニチ子って元気だから」
「どういう意味だ?」
ハナは、シーラのことを話し始めた。 シーラは、花に戻ってしまうことが多かった。 魔力が尽きると、花の姿に戻り、力を失ってしまうのだ。
「ニチ子はそうならないから、すごいなって思って」
「ふむ……私の魔力にはまだ余裕があるのかもしれない。あるいは、シクラメンの花が繊細過ぎるからか、体躯も幼いと聞いたしな」
「シーラの体格……」 ハナは初めて彼女と出会ったときのことを思い出し、頬を赤らめた。
「どうした、ハナ? 顔が赤いぞ。少し休むか?」
「だ、大丈夫。まだいけるよ!」
ハナの剣さばきが突然早くなったのを、ニチ子は不思議そうに見つめていた。
「よう、ハナくそ、ハナたれ、無能チビ」
からかうような声とともに、三つの影が現れた。
「ワッチ……」
ワッチ、ロイ、ベンの三人組だった。
彼らは辺りを見渡し、シーラの姿がないことを確認すると、近づいてきた。
「チビ女はいねぇな」
「今度はデカ女っすか」
「ママのおっぱいでも恋しくなったのか?」
嘲笑を交えて、ハナに絡んでくる三人。
「ハナ、こいつらは?」
ニチ子は、その無礼な態度以上に、稽古を邪魔されたことに苛立っていた。
「……大丈夫。僕は、ニチ子のおかげで強くなったから」
木剣を強く握りしめ、自分に言い聞かせるようにハナは言った。
「へぇ、鼻くそが俺様に剣を向けるってか?」 「魔法が使えないんじゃ魔法剣にもできないのにね」 「ああ、ただの棒切れだ。かわいそうに」
三人は笑った。
「僕はもう負けない。シーラと約束したんだ、強くなるって」
ハナは背筋を伸ばし、木剣を構えた。
「気に入らねぇな……またボコボコにしてやるよ」
「じゃ、魔法剣のお披露目といきますか」
三人は壁に立てかけてあった木剣を手に取り、魔力を込めた。
ワッチの剣は炎をまとい、ロイの剣は氷で覆われ、ベンの剣には岩が絡みついた。
「天帝流の魔法剣……」 「そうか、あれが魔法剣……」
ハナが呟き、ニチ子が息をのむ。
「僕は使えないけど、大丈夫。ニチ子とたくさん稽古したから」
その言葉には、不思議なほどの自信があった。
だが、ニチ子は知っていた。
たった数日ではあるが、ハナには剣の才能が致命的に欠けていることを。
「僕は、負けないっ!」
叫ぶと同時に、ハナは木剣を振りかざして突っ込んだ。
だがその動きは未熟で、剣は空を切るばかり。
「ぎゃははっ! なんだその腰抜け剣技!」
「当たっても痛くなさそうっすね」
「でもムカつくから、叩きのめしますか」
三人は容赦なく攻撃を仕掛けた。
「ハナ!」
ニチ子が駆け寄ろうとしたそのとき。
「来ないで、ニチ子っ!」
ハナが左手を差し出して彼女を制止した。
その瞬間、異変に気づく。
「……全然、痛くない」
炎、氷、岩、どの魔法剣も直撃しているはずなのに、体にも服にも傷一つない。
「な、なんだこいつ……」
ベンとロイの剣から魔力が抜け、光が消えた。
「くそっ……これでも食らえ!」
ワッチは木剣を捨て、右手に魔力を集める。
「ファイヤーボール!」
炎の球がハナ目がけて放たれた。
——ドンッ!
爆発音とともに黒煙が上がる。
「ゴホッ、ゴホッ……あれ? もう終わり?」
煙の中から、無傷のハナが現れた。
「な、なんなんだこいつ……」
ワッチの唇が震える。
「じゃあ、今度は僕の番だね」
静かに木剣を構えるハナに、三人は怯えた声を漏らした。
「き、今日はこのくらいで勘弁してやる!」
三人は逃げ出した。
「……ほんとに行っちゃった」
ハナが小さく呟く。
「ハナ、大丈夫か?」
ニチ子が駆け寄ってきて尋ねる。
「うん、平気。たぶん、これって……」
ハナはニチ子を見上げた。
「ああ、おそらく私の魔法の影響だ。花に魔法をかけたときと、似た感覚がある」
「やっぱり! 千日紅の花言葉って、不死とか、不滅とか、不朽とかあるし、きっとそういう我慢強い感じの魔法なんじゃない?」
目を輝かせてハナが語る。
「なるほどな……」
「実は、ニチ子が来てから、小指をぶつけても痛くないし、肘打ってもジーンとしないんだ」
「そ、それは……」
戸惑いながらも、ニチ子は自分の体にまとわりつく魔力の膜の存在を感じていた。
それは、いかなる攻撃も通さない絶対防御の魔法。
【不死】【不滅】【不朽】——千日紅の花が秘めていた、奇跡の力だった。