花の寿命
ハナとシーラが調べて分かったこと
今のハナの魔力では、一日に魔法を4回使えるが、4回目で気を失ってしまう。
・花を摘むよりも、根を張ったままのほうが人の姿を維持できる時間が長い。
・人になった花も魔法を使える。
・食事をしなくても生きていけるが、シーラは食欲旺盛。
・花が咲いていないと、魔法は発動しない。
魔法について調べながら、ハナとシーラはお互いのこともたくさん話した。
好きなこと、嫌いなもの、夢、そして他愛もない話。
初めて「分かり合える友達」ができたハナは、とても幸せだった。
けれど——別れは突然やってくる。
それは、シーラが魔法のことを調べているうちに知った事実だった。
「花が咲いていないと魔法は発動しない」ということ。
花の開花時期は限られている。
時期を過ぎれば、花は枯れ落ち、眠りにつく。
次の開花まで、ゆっくりと栄養を貯め、蕾となり、その時を待つ。
シクラメンの花も例外ではなかった。
咲く季節が、終わりを迎えようとしていた——。
「ハナ……しばらく、会えないかもしれないわ……」
寂しげな表情で、シーラは切り出す。
「……そうだね。ありがとう、シーラ。すっごく楽しかったよ」
ハナは、こみ上げる涙を必死にこらえた。
「泣かないで、ハナ。次に会うときは、もっと強くなっててよね。ハナは、すごい魔法使いなんだから」
それは、シーラにとっても初めてできた、大切な友達。
「うん。僕、がんばるよ。次に会える日まで、一生懸命お世話するからね」
そして、ハナはシーラにシクラメンの花言葉を伝えた。
「想いが響きあう」
「絆」
例え、会えなくなっても——
それだけは絶対に、忘れない。
涙をこらえ、二人は別れを告げた。
……翌日。
「ごめんね、シーラ。そういえば、僕、家族に魔法を使えるようになったこと、伝えるかどうか相談したくて……それで呼んだんだった」
「……ん?」
呆気にとられるシーラ。
そこは城下町にある、とある花屋だった。
【温室栽培完備】
【いつでも綺麗なお花をご用意できます】
そんな看板が掲げられている。
孤児院の庭に咲いていたシクラメンは、すでに開花時期を過ぎていた。
花が咲いていなければ魔法は発動しない。
だから、また来年の開花まで会えない——はずだった。
「ここの鉢植えにいる私は、売り物なんですけど?」
あれほど劇的な別れをしたのに、何事もなかったかのように現れたハナを、シーラはあきれ顔で突っぱねる。
だが、温室栽培なら開花時期を調整することができる。
季節に関係なく花を咲かせ、需要に応えるのは、花屋として当然のことだった。
「お花屋のおばさんとは仲良しだから大丈夫だよ」
ハナは花が好きで、よく近くの花屋にも足を運んでいた。
温室のシクラメンを思い出し、ふと立ち寄ったのだ。
「まあ……いいわ。それで、家族に魔法のことを伝えるかどうか、だったわよね?」
いろいろと思うところはあったが、またハナと話せることを、シーラは素直に嬉しく思った。
「うん」
「いつもハナから聞いてる話だと……まずはお母さんに伝えるべきだと思うな」
ハナには友達がいなかった。
だから、花に語りかけるように、自分のことをたくさん話していた。
シーラはその話をずっと聞いてきた。
「いつもハナのこと心配してるみたいだし、妹さんと一緒に孤児院にも会いに来てくれるでしょ。きっと、相談に乗ってくれるわよ」
「なるほど。お母さんか……いい考えだ。ありがとう、シーラ」
「でも、いきなり目の前で魔法を使って、裸の女の人が出てきたら……お母さん、倒れちゃうかも。へたしたら、ハナのこと軽蔑しちゃうかも」
「そ、それは困るな……。じゃあ、このままシーラを連れて行くよ」
「だから言ってるでしょ、私は"売り物"なの。買ってくれるならいいけど、勝手に連れ出したらおばさんが困っちゃう」
「そうか……。シーラって意外と高いからね。僕、おこづかいとか貰ってないし……」
「ふふふ、私って結構人気の花なのよ。高嶺の花、ってやつかしら」
得意げに値札を見るシーラ。だが、次第に表情が曇る。
「……よく考えたら微妙な気分になってきた。私って、こんな値段で売られるの? っていうか、人身売買……」
「大丈夫だよ、シーラ。花が好きな人に悪い人はいないから」
「それはそうだけど……」
ハナとシーラは会話を弾ませるが、花屋のおばさんの咳払いで声を落とす。
おばさんは「こんな女の子いたっけ?」と首をかしげたが、二人が満面の笑みで会釈すると、それ以上詮索しなかった。
「とにかく、せっかくだから他の花でも試してみたら?」
「他の花?」
「シクラメン以外の花にも、魔法をかけてみなよ」
「そういえば試してなかったね。他の花も、人になったりするのかな……?」
「どうだろう。でも、なんだかワクワクするね」
「うん!」
ハナとシーラは目を輝かせながら、どの花に魔法を使うか議論を重ねた。
「買う必要がなくて、今の時期に咲いてる植物なら……千日紅がおすすめね」
「千日紅か。道端にもよく咲いてるよね」
「"千日咲くから千日紅"とも呼ばれてるの。なんか強そうじゃない?」
「だね。さっそく探してくるよ!」
「がんばってね!」
シーラは手を振って、ハナを応援した。
「え? シーラは来ないの?」
「買ってくれるなら行くけど」
「……そっか。お金なくってごめんね」
「気にしないで。それに、ハナに"買うか買わないか"言われるのもちょっとショックだし」
「そうなの?」
「だって、私たち友達でしょ?」
「うん。またちゃんと、院の庭で会おう。シクラメンの花が咲くまで、ちゃんとお世話するし、魔法の結果とか相談とか……全部、話すから」
「うん、約束ね。……でも、たまにはここにも来てよね? おばさんも怪しんでないし」
「うん、また来る!」
ハナは笑顔でシーラを花に戻し、再び別れた。
帰り道、ハナは花の図鑑に載っていた千日紅の記述を思い出しながら、道端を探した。
「……あった。確か、この花だ」
ハナはその花をじっと見つめる。
シーラのために持ってきたシャツとズボンもある。
人通りも少ない。魔法を使う準備は整っている。
「よし……千日紅さん。お願い、出てきて」
魔法が発動し、千日紅は徐々に人の姿へと変わっていく——。
「……シーラ、想定外だよ……」
ハナは絶句した。
人となった千日紅を見つめながら——。