火照り(ゴーシェ視点)
弟は、疎ましい存在だった。
双子として同じ親から生まれ、才能も容姿も等しく期待され、寵愛を受けていた。だが、それは長くは続かなかった。
私は、弟よりも劣っていた。
魔力も、技術も、知恵も――きっと胎内で、すべてを弟に吸い取られたのだろう。
この国……いや、このエルフの家系では、無能な者は不要とされる。
生きる価値すらないと、そう見なされる。
だから私は、捨てられぬように努力を重ねた。
生きるために、必死で鍛錬を続けた。
その傍らで、弟――ローシュは遊び呆けていた。
贅沢に食らい、女に溺れ、酒に浸る毎日。
それでもなお、訓練も、実践も、試験も、すべてで私を上回っていた。
魔法も、そうだった。
炎の魔法は、理論上は温度の限界がないとされている。とある魔術研究では、五億度に達したという記録もある。
対して、私が得た氷の魔法の限界は、絶対零度――−273℃。
弟と私は、まさに炎と氷。埋めようのない差だった。
なぜだ。なぜ、怠惰な弟がすべてを持ち、努力を重ねた私が報われない?
理不尽だ。
だが、僻んでばかりはいられない。
越えられぬ壁なら、見なかったことにするしかない――そう思っていた。
今までも。そしてこれからも。
……だが、私は出会ってしまった。
この女に。
ハナの魔法によって生まれた、草花が人となった存在。
知性を宿し、豊かな感情を持ち、そして――美しかった。
その容姿も、態度も、私の理想そのものだった。
顔立ち、身体つき、荒っぽい口調……そのすべてが、私の心をかき乱した。
「体が熱い……この火照りは、どうすれば消える」
ターリーへ向かう荷馬車で、晴頼がそう呟いたとき、私もローシュも、思わず言葉を失った。
荒い呼吸に、紅潮した頬。その色香を孕んだ姿に、胸の奥がざわつくのを感じた。
本当に、彼女は花から生まれたのか?
……いや、花から生まれたからこそ、あれほどまでに美しいのだ。
「鎮めてやろうか?」
横にいたローシュが、ニヒルな笑みを浮かべながらそう言ったとき、私は全身に嫌な汗が滲むのを感じた。
いつもの軽薄な調子。だが、あのときのローシュには、珍しく“本気”が宿っていた。
そして、晴頼の返答を待つ間もなく、ローシュはその唇を奪った。
なんて無遠慮で、傲慢な振る舞い。
楔の魔法があるから逆らえないと踏んだのか。あるいは、己の欲望に忠実なだけなのか――。
だが、晴頼は抵抗しなかった。
それが、何よりも私の心をざわつかせた。
長く重なった唇。
無言のまま、まるでそこに時間だけが凍りついたかのような空白が生まれた。
……いや、きっとあの口の中では、あってはならぬ“熱”が交わっていたのだろう。
「どうだ、少しは落ち着いたか?」
ローシュが冗談めかして尋ねると、晴頼はわずかに目を逸らしながら答えた。
「……ああ、そうだな……」
動揺を隠しきれぬその表情に、私は胸をかきむしられるような衝動を覚えた。
彼女にとっても、きっと初めての経験だったのだ。
なにせ、あの身体を得る前は、ただの“花”だったのだから。
「ターリーに着くのは夜だ。宿を取って、休んでから刀を振るうってのはどうだ?」
ローシュは晴頼の手を取りながら、馴れ馴れしく言った。
不快なほどの軽薄な笑顔。
あれは、何度も女を口説き落としてきた男の顔だった。
その手を振りほどきもせず、晴頼はただ視線を逸らし、刀へと目を落とした。
……迷い。
あれは、確かにそう――迷いの目だった。
花ではない。もう人になってしまったがゆえに、心が揺れている。
まただ。
また、弟に奪われる。
親の期待。
家の誇り。
生まれ持った才能――そして、今度はこの感情までも。
だが、今回は譲るつもりなどない。
私は、あの花が欲しい。
晴頼が、欲しい。




