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アッシュ・ブルーム ~花の魔王と失われた花言葉~  作者: 長月 鳥
第七章 弟切草

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火照り(ゴーシェ視点)

 弟は、疎ましい存在だった。


 双子として同じ親から生まれ、才能も容姿も等しく期待され、寵愛を受けていた。だが、それは長くは続かなかった。


 私は、弟よりも劣っていた。

 魔力も、技術も、知恵も――きっと胎内で、すべてを弟に吸い取られたのだろう。


 この国……いや、このエルフの家系では、無能な者は不要とされる。

 生きる価値すらないと、そう見なされる。


 だから私は、捨てられぬように努力を重ねた。

 生きるために、必死で鍛錬を続けた。


 その傍らで、弟――ローシュは遊び呆けていた。

 贅沢に食らい、女に溺れ、酒に浸る毎日。

 それでもなお、訓練も、実践も、試験も、すべてで私を上回っていた。


 魔法も、そうだった。


 炎の魔法は、理論上は温度の限界がないとされている。とある魔術研究では、五億度に達したという記録もある。

 対して、私が得た氷の魔法の限界は、絶対零度――−273℃。

 弟と私は、まさに炎と氷。埋めようのない差だった。


 なぜだ。なぜ、怠惰な弟がすべてを持ち、努力を重ねた私が報われない?

 理不尽だ。


 だが、僻んでばかりはいられない。

 越えられぬ壁なら、見なかったことにするしかない――そう思っていた。

 今までも。そしてこれからも。


 ……だが、私は出会ってしまった。

 この女に。


 ハナの魔法によって生まれた、草花が人となった存在。

 知性を宿し、豊かな感情を持ち、そして――美しかった。

 その容姿も、態度も、私の理想そのものだった。


 顔立ち、身体つき、荒っぽい口調……そのすべてが、私の心をかき乱した。



 「体が熱い……この火照りは、どうすれば消える」


 ターリーへ向かう荷馬車で、晴頼がそう呟いたとき、私もローシュも、思わず言葉を失った。

 荒い呼吸に、紅潮した頬。その色香を孕んだ姿に、胸の奥がざわつくのを感じた。


 本当に、彼女は花から生まれたのか?

 ……いや、花から生まれたからこそ、あれほどまでに美しいのだ。


 「鎮めてやろうか?」


 横にいたローシュが、ニヒルな笑みを浮かべながらそう言ったとき、私は全身に嫌な汗が滲むのを感じた。

 いつもの軽薄な調子。だが、あのときのローシュには、珍しく“本気”が宿っていた。


 そして、晴頼の返答を待つ間もなく、ローシュはその唇を奪った。


 なんて無遠慮で、傲慢な振る舞い。

 楔の魔法があるから逆らえないと踏んだのか。あるいは、己の欲望に忠実なだけなのか――。


 だが、晴頼は抵抗しなかった。

 それが、何よりも私の心をざわつかせた。


 長く重なった唇。

 無言のまま、まるでそこに時間だけが凍りついたかのような空白が生まれた。


 ……いや、きっとあの口の中では、あってはならぬ“熱”が交わっていたのだろう。


 「どうだ、少しは落ち着いたか?」


 ローシュが冗談めかして尋ねると、晴頼はわずかに目を逸らしながら答えた。


 「……ああ、そうだな……」


 動揺を隠しきれぬその表情に、私は胸をかきむしられるような衝動を覚えた。

 彼女にとっても、きっと初めての経験だったのだ。

 なにせ、あの身体を得る前は、ただの“花”だったのだから。


 「ターリーに着くのは夜だ。宿を取って、休んでから刀を振るうってのはどうだ?」


 ローシュは晴頼の手を取りながら、馴れ馴れしく言った。

 不快なほどの軽薄な笑顔。

 あれは、何度も女を口説き落としてきた男の顔だった。


 その手を振りほどきもせず、晴頼はただ視線を逸らし、刀へと目を落とした。


 ……迷い。


 あれは、確かにそう――迷いの目だった。

 花ではない。もう人になってしまったがゆえに、心が揺れている。


 まただ。

 また、弟に奪われる。


 親の期待。

 家の誇り。

 生まれ持った才能――そして、今度はこの感情までも。


 だが、今回は譲るつもりなどない。


 私は、あの花が欲しい。


 晴頼が、欲しい。


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