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アッシュ・ブルーム ~花の魔王と失われた花言葉~  作者: 長月 鳥
第七章 弟切草

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魔法の植木鉢

 花屋の店のドアが開いたのか、花の香りと共に心地よい風がエミリーの頬を撫でた。


 ——わたし、眠ってしまっていたの?


 記憶の糸を辿りながら辺りを見回すと、テーブルの上に花の絵が描かれたクッキーの皿が置かれていた。

 エミリーはお腹を押さえ、空腹の虫が鳴いたことをハナに気付かれまいと、そっと周囲を確認する。


 ハナがいないことを確かめてから、そっとクッキーに手を伸ばし、一つを丸ごと口に頬張った。


 「美味しい……それに、良い花の匂い……。食感が時々モサモサしてて、なんだか草花を食べてるみたい……」


 眠る前にハナが「エディブルフラワーのお菓子だよ」と嬉しそうに言っていたのを思い出す。きっとこれがそれなのだろう。


 「花って……美味しいんだ」


 思わず漏れた独り言と共に、エミリーは次々とクッキーを口に運んだ。

 そして弟切草の恐ろしさを思い出しながら、ぽつりと呟く。


 「花なんて、食べてしまえばいいんだ」

 そう口にしたとき、まるでターリーの破滅さえ避けられる気がした。


 “マーノリアの旦那さんが犠牲になる前に、ハナと一緒に……ハナ……兄さん、手伝ってくれるかな”


 エミリーは立ち上がり、店舗側へと足を向けた。

 ハナの姿はどこにも見えず、代わりにせっせと働くマーノリアが目に入った。


 「マーノリアさん、ハナ……兄さんは、どこですか?」

 エミリーの変化に気づいたマーノリアは、表情を緩めて答える。


 「立派なお兄ちゃんだよ、ハナは。頼もしいね。明日には帰ってくると思うよ」

 「……それって、どういうことですか?」

 全身から血の気が引いていくのを感じながら、違う返事が返ってくることをどこかで願っていた。


 「ターリーに行ってくれてるよ」

 「どうしてっ……誰も行かないでって言ったじゃないですか。それに子供一人で行かせるなんて、非常識です!」


 引いた血の気がすべて頭にのぼったように、エミリーは顔を真っ赤にして叫んだ。


 「安心おし。ここいらで一番の護衛隊をつけたからね。ジェルベーラも一緒だし、ハナくんならきっと大丈夫。男らしくなって帰ってくるさ」


 「……どうしよう。ハナが……お兄ちゃんが死んでしまう……」


 エミリーは、晴頼が現れたときのことを思い出す。

 目隠しをされたハナに向かって、あいつは平然と刀に手をかけた。


 体を与えた主にすら、容赦なく牙をむこうとした——。


 あの目は、人を殺す目だった。

 双子の兄たちがいなければ、確実に斬りかかっていたに違いない。


 今すぐ、弟切草の鉢を壊せば、晴頼を止められるかもしれない。

 けれどヨナの研究によれば、千日紅だったニチ子は、花が枯れてもなお動いていた。


 それが千日紅の特性によるものであっても、弟切草にそれがないと信じるのは、あまりにも甘い考え。

 花が枯れ晴頼が消える前に、彼女はターリーの人々を、マーノリアの夫を——そしてハナを殺してしまうかもしれない。


 「マーノリアさん。馬を貸してくれる場所を教えてください」

 今、取るべき行動は一つしかなかった。


 「まさか……追いかける気かい?」

 「はい」

 迷いのないその瞳に、マーノリアは思わず声を飲んだ。

 止めようとしたが、エミリーは静かに首を振るだけだった。


 仕方なく、マーノリアは信頼できる護衛のひとりを紹介し、出発の準備に取り掛かった。

 支度の途中、エミリーが口にした花の名に、マーノリアが首を傾げる。


 「千日紅、ガーベラ、スイートピー……? 誰かのお祝いにでも行くのかい?」

 統一感のない花を求めるエミリーに、理由を問うと、彼女は少し黙ってから小さく頷いた。


 マーノリアは不思議に思いつつも、用意を始めた。


 水魔法を付与した吸水スポンジ。光魔法の球体。氷魔法で保冷された透明な箱——

 それは花を長く保たせるために設計された、小さな温室のようなものだった。

 元の花が枯れれば、魔法で人の姿になった存在は消えてしまう。

 ならば少しでも長く、美しく咲かせておく必要がある。

 そのための魔法の植木鉢。


 「こんな、不揃いで不恰好な花束をもらって喜ぶ人なんて、いるのかい?」

 マーノリアの問いに、エミリーは静かに答えた。


 「これでいいんです。これだけあれば……お兄ちゃんが、きっとみんなを——」


 花束を肩がけの鞄にそっと仕舞い、エミリーは険しい顔で馬に跨がった。


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