魔法の使い方
「なんだ、この匂い……」
最初に気づいたのはロイだった。
「いい匂いだな。甘い花みたいな」
ベンも鼻をピクピクと動かす。
「うっ……」
ワッチは腹部に違和感を覚え、手でさする。
「この匂い……シーラから?」
ハナがそう呟いた直後、ワッチたちの腹からゴロゴロと雷のような音が鳴り響いた。
「うっ、ちょっとトイレ……!」
「俺も……!」
「同じく……!」
三人は両手でお尻を押さえ、内股で慌てて走り去っていった。
「どうやら、成功ね」
シーラが得意げに親指を立てる。
「え? 何が起こったの?」
ハナは不思議そうにシーラを見る。
「毒を放出してみたの」
「毒? シクラメンの花の?」
「そう。“下痢しろ”って感じの」
「ふぇ~、そんな魔法が使えるんだ。すごいね、シーラ!」
「どんなもんよ。でも、ハナには効かないみたいだね」
「うん、僕は平気みたい」
「私を呼び出した本人だからかな?」
シーラの予想は、おおむね正しかった。
ハナの魔法で人の姿を得た花は、世界中に咲く同種の花と感覚を共有できる。彼らは見たことや感じたことを記憶し、それを自身の情報として扱うことができる。ただし、人となった場所から遠く離れた花の記憶は曖昧であり、それはハナの魔力量に比例していた。現時点では、その範囲はまだ狭い。
また、人となった花は、それぞれ固有の魔法を使える。それがハナの願いやイメージによるものか、あるいは花本来の性質によるものかは定かではない。ただ一つ確かなのは、ハナにはその魔法に対する耐性が備わっている、ということだった。
「これで一安心。もうあの三人も、ハナにちょっかい出せないよ」
シーラはハナの肩を軽く叩いた。
「ワッチくんたち、大丈夫かな……ちょっと見てくる」
「あっ、ちょっとハナ!」
シーラが止める間もなく、ハナはトイレに駆け出した。
「そういえば、そういう子だったね、ハナは……まぁ、そこが好きなんだけど」
シーラは走り去るハナの背中を見送りながら、優しく微笑んだ。
「あ、あれ? ハナ?」
ハナがダッシュで戻ってくる。
「大丈夫だから来るなって言われた……僕から甘い匂いが出てて、それを嗅ぐとお腹が痛くなるんだって」
「やっぱり……ハナにも私の魔法の効果が出てるみたいね」
「どうすれば匂い、消えるかな?」
「魔法を解除すればいいんじゃない?」
「解除してくれる?」
「どうやって?」
「えー、シーラも知らないの?」
「うん、初めて使ったから」
「ど、どうしよう……これじゃ誰にも会いに行けないよ……」
ハナは泣きそうな顔でうろたえる。
「とりあえず、“魔法を解け”って念じてみる。落ち着いて」
「うん……お願い」
シーラは魔法を発動した時と同じように、両手を前に突き出し、顔を真っ赤にしながら全身で念じた。
「どう?」
「え? わかんないよ……匂う?」
「自分の匂いって、よくわかんないよね」
「うん、ぷっ……アハハハ!」
ハナは必死なシーラの顔を見て、こらえきれずに吹き出した。
「あっ、ちょっとハナ! 何笑ってるのよ!」
「ご、ごめん……でもシーラ、真剣な顔してたから……ぷっ」
笑い転げるハナの肩をシーラが小突くが、その笑顔につられて自分も思わず笑ってしまう。
「ありがと、シーラ。僕のために」
二人は花壇のそばにあるベンチに腰をかけて、ひと息ついた。
「いいのよ。だってこれは全部、ハナの魔法だもの」
「僕の……?」
「そう。ハナがいなければ、私はこうして魔法も使えなかったし、ハナと話すこともできなかった。だから、自信持っていいの。もうイジメられる理由なんてないんだから」
「うん……でも、あんまりひどいことはダメだよ?」
「え、やりすぎちゃった?」
シーラは舌を出して、苦笑いする。
「まぁ、ちょっとくらいは……いいかな」
ワッチたちのことは気になったが、ハナの心にはほんの少し、光が差したようだった。
「でもさ、私の魔法って微妙じゃない? お腹壊すだけって……」
「え~、十分強力だと思うけどな。まだ誰もトイレから出てこないし」
「そうかなぁ?」
シーラは腕を組み、考え込んだ。
「ハナの魔法、まだまだ秘密がありそうだよね。邪魔もいなくなったし、続きやろうよ」
「うん。実は考えてたんだけど、シーラを呼ぶとき、花を一輪だけ使ったんだ。もし複数の花で願ったら、どうなるのかなって」
「なるほど。花の数だけ私がパワーアップするとか? やってみよう!」
ハナは花壇の前に膝をつき、両手で四輪のシクラメンにそっと触れ、願いを込めた。
次の瞬間、四つの光が彼の手元から立ち上る。
「バカっ!」
「エッチ!」
「へんたい!」
「最低ね!」
現れたのは、なんと裸のシーラが四人。
「あ、あれ~……」
ハナは顔を真っ赤にして、尻もちをついた。
「ちょっとハナ、大丈夫!?」
服を着た元のシーラが、倒れそうなハナを支える。
「これって……魔法を四回分、使ったってことかな?」
「そ、そうかもね……って、ハナっ! 鼻血出てるよ!」
「う、うん……だめみたい……」
それが疲労によるものだと信じたいシーラは、裸の自分を引き連れ、ハナを抱えて部屋へと戻った。
その後、ハナは目を覚ますとすぐ、四人のシーラを元の花に戻し、服を着たシーラに平謝りした。
それから数日間、ハナとシーラは魔法について語り合い、使い方にも少しずつ慣れていった。
知らない女の子がいると噂になり、アビー先生も何度か様子を見に来たが、うまく花に戻すことで正体はバレずに済んだ。