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アッシュ・ブルーム ~花の魔王と失われた花言葉~  作者: 長月 鳥
第七章 弟切草

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それぞれの決意

 「分かったから、落ち着いて。誰も、エミリーの傍から離れたりしないよ」

 ハナは取り乱すエミリーの背中をさすりながら、静かに語りかけた。

 「ちょっと疲れてるんだよね……きっと僕のせいだ。こんなところまで連れてきて、お母さんとも離れてさ。ごめんね、寂しいよね」


 「そんなんじゃないです」

 「そうかそうか」

 ハナがエミリーの頭に手を添えると「やめてください、子供扱いしないで」そう言って、エミリーはその手を払いのける。

 

 ゴツッ。

 「イタッ」

 「こらエミリーちゃん、あんたはまだ子供だよ。しっかりお兄ちゃんに甘えな」

 マーノリアが見かねたようにエミリーの頭を小突きながら笑った。


 「今日はもういいから、二人とも奥で少し休んでおいで。話したいことがあるなら、ちゃんと話すんだよ。うちの旦那のことなんてちょっとくらい放っておいても大丈夫さ、ターリーはここよりも治安はいいからね」

 その言葉に、エミリーの胸がぎゅっと締めつけられる。


 「ごめんなさい……」

 エミリーは、泣きそうな顔で小さく呟き俯いたまま動けずにいた。


 「エミリー……ごめんなさいマーノリアさん、ちょっとエミリーを休ませてくるね。ジェルベーラちゃん、お店の手伝いお願い」

 「任せて! まったく、エミリーったらおこちゃまなんだから」

 ジェルベーラは花の手入れをしながら、軽く手を振って送り出す。


 「すごいよね、ジェルベーラちゃん……。もうあんなに立派に手伝ってる。僕も見習わなきゃ」

 ハナはそう言いながらエミリーの手を取り、そっと椅子に座らせると、ハーブティーを用意した。


 「これ、マーノリアさんが調合したカモミールティーなんだ。昨日僕も飲んだんだけど、すごく美味しくてさ。まずはこれを飲んで、落ち着いて」

 「今のエミリーって、誰が見ても……頑張りすぎてるよ」


 頑張り過ぎている——

 エミリーは思いもよらなかったハナの言葉に大きく息を吐いた。

 自分は頑張ってなんかいない、むしろ、自分のせいでマーノリアの夫が、ターリーの国民が、晴頼の刃で——

 やはり今ここで全てを打ち明けるべきではないのか?

 晴頼を生み出したハナならば、たとえ遠く離れた場所でも、願えば魔法を解除できるかもしれない——

 エミリーは、決意を固めハーブティーを一気に飲み干し、立ち上がった。


 「今、おやつも持ってくるから、待っててね」

 「ちょ、ちょっと、そんなのはいいですから!」

 エミリーの制止も聞かず、ハナは意気揚々と台所を飛び出していった。


 「……まったく、すぐにそうやって先走って」

 エミリーは溜息をひとつつく。

 それは、どこか安堵のこもった吐息だった。


 ハナに打ち明けることを決心したからだろうか、胸の奥に長く引っかかっていた棘が、ようやく動き始めたような感覚があった。


 「そういえば、小さい頃もそうだったな……」

 机に肘をつきながら、エミリーはぽつりと呟いた。

 「私のことで、いつも先走っては怪我して……。私が悪いのに、上級生と本気で喧嘩して、ぐちゃぐちゃに泣きながら守ってくれて……」


 思い出すと、自然と口元がゆるむ。

 それを悟られたくなくて、エミリーはテーブルに顔を伏せた。


 そしてそのまま、その余韻に浸るように、ゆっくりと目を閉じた。


 「持ってきたよ。エディブルフラワーのお菓子なんだって……って、あれ?」

 戻ってきたハナは、椅子にもたれて眠るエミリーを見て小さく呟いた。


 「……寝ちゃったのか」

 そっと戸棚から薄手の毛布を取り出し、そっと彼女の肩に掛ける。

 それから忍び足で部屋を出て、マーノリアのもとへ向かった。


 「マーノリアさん。僕……やっぱり、ターリーに行きます」

 気を張り詰めていたエミリーの穏やかな顔を見て、自分も頑張らなくては——そう決意を固めたハナの眼差しは真っすぐで揺ぎ無かった。

 その姿に、マーノリアは少し眉をひそめたが、ふうっと鼻から息を吐いた。


 「……あっちは、今のところイルダよりもずっと治安がいい。戦乱からも遠いし、街の結界もしっかりしてる。何より、花を大事にする人たちが多いからね」

 そして、マーノリアは横に立つジェルベーラへ視線を移した。

 「それに、あの子が一緒なら安心さね」

 出会ってからまだ半日も経っていない。それでも、マーノリアの言いつけを守り、真摯に店を手伝う姿——そして何より、自分が育てた花から生まれた存在だという事実。それらを思えば、自然と信頼の気持ちは募っていった。

 「頼んだよジェルベーラ」

 「任せてマーノリアさん」

 ジェルベーラは親指を立て自信ありげに返した。


 ふっと笑みを浮かべ、マーノリアはハナの肩に手を置いた。

 「……けど、無茶だけはしないでおくれよ」

 その後、マーノリアは直ぐに花屋の常連客である護衛隊の一人に、ハナとジェルベーラの護衛を依頼した。


 「これを持っていきな」

 支度を整えたハナにマーノリアが差し出したのは、花を模した金色のピンブローチだった。


 「これ、私と旦那の思い出の品なんだ。帽子につけておきな。向こうも胸ポケットのあたりに付けているからね、目印にするといい」

 「うん、ありがとうマーノリアさん。あと、エミリーのこと……よろしくお願いします」

 「任せときな」


 ハナとマーノリアは、大きく腕を振って別れた。


_____________________ 

 花のよもやま話

 古くから「癒やしのハーブ」として親しまれてきたカモミール。

そのお茶には、以下のような効果があると言われています。

・【リラックス効果】

・【自律神経を整える効果】

・【安眠を促す効果】

やさしい香りと穏やかな効能は、心がささくれた時にそっと寄り添ってくれる——

そんな、静かな力を持つお茶です。


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