それぞれの決意
「分かったから、落ち着いて。誰も、エミリーの傍から離れたりしないよ」
ハナは取り乱すエミリーの背中をさすりながら、静かに語りかけた。
「ちょっと疲れてるんだよね……きっと僕のせいだ。こんなところまで連れてきて、お母さんとも離れてさ。ごめんね、寂しいよね」
「そんなんじゃないです」
「そうかそうか」
ハナがエミリーの頭に手を添えると「やめてください、子供扱いしないで」そう言って、エミリーはその手を払いのける。
ゴツッ。
「イタッ」
「こらエミリーちゃん、あんたはまだ子供だよ。しっかりお兄ちゃんに甘えな」
マーノリアが見かねたようにエミリーの頭を小突きながら笑った。
「今日はもういいから、二人とも奥で少し休んでおいで。話したいことがあるなら、ちゃんと話すんだよ。うちの旦那のことなんてちょっとくらい放っておいても大丈夫さ、ターリーはここよりも治安はいいからね」
その言葉に、エミリーの胸がぎゅっと締めつけられる。
「ごめんなさい……」
エミリーは、泣きそうな顔で小さく呟き俯いたまま動けずにいた。
「エミリー……ごめんなさいマーノリアさん、ちょっとエミリーを休ませてくるね。ジェルベーラちゃん、お店の手伝いお願い」
「任せて! まったく、エミリーったらおこちゃまなんだから」
ジェルベーラは花の手入れをしながら、軽く手を振って送り出す。
「すごいよね、ジェルベーラちゃん……。もうあんなに立派に手伝ってる。僕も見習わなきゃ」
ハナはそう言いながらエミリーの手を取り、そっと椅子に座らせると、ハーブティーを用意した。
「これ、マーノリアさんが調合したカモミールティーなんだ。昨日僕も飲んだんだけど、すごく美味しくてさ。まずはこれを飲んで、落ち着いて」
「今のエミリーって、誰が見ても……頑張りすぎてるよ」
頑張り過ぎている——
エミリーは思いもよらなかったハナの言葉に大きく息を吐いた。
自分は頑張ってなんかいない、むしろ、自分のせいでマーノリアの夫が、ターリーの国民が、晴頼の刃で——
やはり今ここで全てを打ち明けるべきではないのか?
晴頼を生み出したハナならば、たとえ遠く離れた場所でも、願えば魔法を解除できるかもしれない——
エミリーは、決意を固めハーブティーを一気に飲み干し、立ち上がった。
「今、おやつも持ってくるから、待っててね」
「ちょ、ちょっと、そんなのはいいですから!」
エミリーの制止も聞かず、ハナは意気揚々と台所を飛び出していった。
「……まったく、すぐにそうやって先走って」
エミリーは溜息をひとつつく。
それは、どこか安堵のこもった吐息だった。
ハナに打ち明けることを決心したからだろうか、胸の奥に長く引っかかっていた棘が、ようやく動き始めたような感覚があった。
「そういえば、小さい頃もそうだったな……」
机に肘をつきながら、エミリーはぽつりと呟いた。
「私のことで、いつも先走っては怪我して……。私が悪いのに、上級生と本気で喧嘩して、ぐちゃぐちゃに泣きながら守ってくれて……」
思い出すと、自然と口元がゆるむ。
それを悟られたくなくて、エミリーはテーブルに顔を伏せた。
そしてそのまま、その余韻に浸るように、ゆっくりと目を閉じた。
「持ってきたよ。エディブルフラワーのお菓子なんだって……って、あれ?」
戻ってきたハナは、椅子にもたれて眠るエミリーを見て小さく呟いた。
「……寝ちゃったのか」
そっと戸棚から薄手の毛布を取り出し、そっと彼女の肩に掛ける。
それから忍び足で部屋を出て、マーノリアのもとへ向かった。
「マーノリアさん。僕……やっぱり、ターリーに行きます」
気を張り詰めていたエミリーの穏やかな顔を見て、自分も頑張らなくては——そう決意を固めたハナの眼差しは真っすぐで揺ぎ無かった。
その姿に、マーノリアは少し眉をひそめたが、ふうっと鼻から息を吐いた。
「……あっちは、今のところイルダよりもずっと治安がいい。戦乱からも遠いし、街の結界もしっかりしてる。何より、花を大事にする人たちが多いからね」
そして、マーノリアは横に立つジェルベーラへ視線を移した。
「それに、あの子が一緒なら安心さね」
出会ってからまだ半日も経っていない。それでも、マーノリアの言いつけを守り、真摯に店を手伝う姿——そして何より、自分が育てた花から生まれた存在だという事実。それらを思えば、自然と信頼の気持ちは募っていった。
「頼んだよジェルベーラ」
「任せてマーノリアさん」
ジェルベーラは親指を立て自信ありげに返した。
ふっと笑みを浮かべ、マーノリアはハナの肩に手を置いた。
「……けど、無茶だけはしないでおくれよ」
その後、マーノリアは直ぐに花屋の常連客である護衛隊の一人に、ハナとジェルベーラの護衛を依頼した。
「これを持っていきな」
支度を整えたハナにマーノリアが差し出したのは、花を模した金色のピンブローチだった。
「これ、私と旦那の思い出の品なんだ。帽子につけておきな。向こうも胸ポケットのあたりに付けているからね、目印にするといい」
「うん、ありがとうマーノリアさん。あと、エミリーのこと……よろしくお願いします」
「任せときな」
ハナとマーノリアは、大きく腕を振って別れた。
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花のよもやま話
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やさしい香りと穏やかな効能は、心がささくれた時にそっと寄り添ってくれる——
そんな、静かな力を持つお茶です。




