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アッシュ・ブルーム ~花の魔王と失われた花言葉~  作者: 長月 鳥
第七章 弟切草

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足枷

 ✿アララガ国・軍司令部 ファザの書斎


 軍司令部の一角、重厚な扉に守られた大賢者ファザの書斎に、一つの足音が響いていた。

 一歩ごとに床を踏みしめるような、怒りと焦りのこもった足音。


 「ハナとエミリーを……どこへやったのですか?」

 扉が乱暴に開かれ、鋭い怒気とともにその場へ飛び込んできたのは、ハナとエミリーの母・フローラだった。


 「鍛錬の一部だ。口を挟むな」

 ファザは手にしていた分厚い書物から目を離さず、無機質に吐き捨てる。


 「鍛錬? 修行? 国のため……? あなたは、いつもそうやって子供たちを……!」

 まるで部下を一蹴するようなその態度に、フローラは声を荒げた。


 「なんだ? 私に口出しする気か?」

 ファザはゆっくりと本を閉じ、ようやく顔を上げた。

 「地位、名誉、名声……私は子供らにすべてを与えてきた。お前はどうだ? 無意味な優しさで、あいつらを堕落させる気か?」


 「……!」

 フローラの唇が震える。

 彼の言葉は、事実として反論し難い現実を含んでいた。ハナ以外の兄妹たちは、それぞれ国家における重要な任務を担っている。それもこれも、父であるファザの熾烈な教育の賜物だということは、否定しようのない真実だった。


 「それに、ハナについて私は一切関与していない。……一番上の愚息が、街から追い出したとの噂だが、私は興味もない」


 「ワンが……!? それでは、エミリーは?」

 「知らん。心配なら、首輪でも付けておけ」

 ファザの冷笑に、フローラは思わず拳を握りしめる。


 「……なんてことを……あなたは……」

 「用が済んだのなら、出て行け」

 「……」

 フローラはもはや、言葉を返すことすら無意味だと悟った。

 教育熱心で威厳のある父、誇りある夫だったのは何時の頃だっただろうか——フローラは下唇を嚙み、書斎を後にした。



 ✿ 同・数分後


 書斎の静寂を破ったのは、誰にも気づかれず入り込んだ一つの影だった。


 「戻ったか。首尾はどうだ?」

 「はい、お父様」


 暗闇から静かに現れたのは、エミリーだった。

 その膝を床につけ、凛とした声で続ける。


 「ハナは、新たにスイートピー、ガーベラ、ストレリチアの花に魔法を使いました」

 ファザは椅子に身を預けたまま、興味を示すように片眉を上げる。


 「ほう。その者たちの能力はどうだった?」

 フローラの時とは打って変わり、ファザはしっかりとエミリーの目を見て問いかけた。


 「スイートピーとストレリチアには特筆すべき能力は見られませんでしたが……ガーベラは、アルテメトを使用しました。確認できただけで数十回以上。威力・範囲ともに調整可能で、魔力の底はまだ見えていません」


 「ほう……アルテメトを、か。いいぞ、これは使える……でかしたぞ、エミリー」

 「……ありがとうございます」


 名前を呼ばれ、褒められただけなのに——どうして、こんなにも嬉しいのだろう。

 胸が熱くなる。呼吸が少しだけ浅くなる。

 ほんの一瞬、母のことも、ハナへの後ろめたさも、心の奥に沈めていた苦しみも、すべてが遠のいていく気がした。


 「お母様は……どうしてここに?」

 ふと湧いた疑問。自分の報告を母にも聞いてほしかった。自分が“役に立った”ことを、あの優しい人に誇らしく伝えられたなら——。


 だが、その想いはあっさりと切り捨てられる。


 「アレは捨て置け。足枷にしかならん」

 「アレ……」


 母を「アレ」と呼ぶ父の声に、エミリーの胸には鈍く冷たい痛みが走った。


 「いいかエミリー。お前には才能がある。私に従えば成功する。必ずだ。……努々(ゆめゆめ)忘れるな」

 「……はい。分かりました」


 「よし、もう行け。引き続きハナを見張れ。できるだけ多くの花に魔法を使わせるのだ」

 ファザはけしかけるように手を払った。


 「……いや、待て」

 その声に、エミリーは足を止めた。


 「ヨナが残した記録に、こうあったな——『想いが花を咲かせるなら、無意識の想いは何を生むのか』と」


 花の擬人化は、ハナの感情が具現化した結果である可能性が高い。

 短いながらも鋭い考察を遺したヨナの言葉を、ファザは静かに思い返していた。

 特にストレリチアの一件は例外だった。切羽詰まった状況下で発動したあの魔法——あれこそが、意識の外にある“想い”の発露ではないか。そう感じさせる何かがあった。


 ファザは一冊の古い書物を手に取り、ページをぱらぱらと捲る。

 やがて指を止めたその先には、一輪の鋭利な花が描かれていた。


 「これは……弟切草でしょうか」

 「そうだ。次はその花を使わせろ」


 「……承知しました」


 弟切草——

 その名前は、子どもの頃に見た図鑑の中でも、特に強い印象を残していた。

 そして、その花言葉も。


 『恨み』『秘密』『復讐』


 エミリーの背筋に、ぞくりと冷たいものが走る。


 (私は……お父様に必要とされている。だから——)


 自分の存在価値を、その言葉にすがるように信じて。

 エミリーは拳を握り、再びハナのもとへと向かっていった。




______________________

 花図鑑No.010


 弟切草

 学名【Hypericum erectum】

 分類【オトギリソウ科、オトギリソウ属】

 花言葉【迷信】【敵意】【秘密】【恨み】【盲信】


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