極楽鳥
「ピィィィィーーー!」
ハナがストレリチアに魔法をかけた瞬間、ダンジョン内にけたたましい鳴き声が響いた。
「えっ? ハナ兄さんの魔法って、花を人の姿にするだけじゃなかったんですか?」 エミリーが呆然と声を漏らす。
「そ、そうみたいだね……」
ハナも戸惑いを隠せない。
ストレリチアの花が変化したその姿。
情熱的な赤い瞳。王冠のような冠羽。鋭いくちばしと極彩色の羽根。翼を広げると、先ほど倒したミノタウロスよりもはるかに巨大な鳥だった。
「でっかい鳥さん……」
ハナが呟くと、鳥は再び高らかに鳴いた。
「……なんか、怒ってません?」
「そ、そうかな……たぶん気のせい……」
「ていうか、どうして鳥なんですか?」
「ストレリチアって“極楽鳥花”とも呼ばれるんだ。花の形が鳥に似てるから。たぶん……それが理由じゃないかな」
「だからって実際に鳥になるのはどうなんですか、まったく……この魔法、どこまで自由なんですか」
エミリーは思わずため息をつく。
けれど、彼女はふと思い出す。兄ニコの残した研究資料——
(ハナの魔法は、花の特性、あるいは花そのものの“なりたい姿”を具現化する可能性がある。
……魔法は、使い手の無意識に応じて姿を変える)
その一節が脳裏をよぎった。
今、目の前にいるこの巨鳥が、もし魔物だったら——。
エミリーは寒気を覚えた。
「ピィィィーー!」
突然、巨大な鳥が叫び声をあげ、ハナの足元へ鋭いくちばしを振り下ろした。
「わっ、ちょっと……ラクチョ、落ち着いてってば!」
寸でのところで避けたハナは、びっくりして後ずさる。
「……確認しますけど、ラクチョって、この鳥の名前ですか?」
「うん、極楽鳥花だから、“ゴクラクチョウ”の真ん中とって、ラクチョ! いい名前でしょ?」
エミリーは一瞬、心の中で突っ込んだ。
(いや、せめて“レリチ”とか、あるでしょうが……)
「ピィィィーーー!!」
ハナをじっと睨みつけ、叫び続ける鳥。
「たぶん名前に怒ってると思いますよ」
「そうかな、呼ぶ前から怒っていた気もするけど」
「……ともかく、このままじゃ危ない。あんな巨体でじゃれつかれたら、命がいくつあっても足りませんよ!」
「で、でも、どうすれば……」
戸惑うハナ。だが、その迷いの隙をつくように、鳥は再びくちばしを振り下ろす。
「ぐっ……!」
ハナの右脚のふくらはぎに、鋭い一閃が走った。浅い傷だったが、血がにじみ、ハナの動きが止まる。
「ハナっ!」
エミリーは反射的に《ウィンドショット》を放った。初級の風魔法。威力はないが、鳥の注意を少しでも逸らせれば——。
(……なんで私がハナを助けてるの)
そんな疑問が脳裏をよぎる。
でも、すぐにファザの言葉が思い出された。
『ハナの魔法を監視しろ。そして、何があっても死なせるな。必要とあらば——お前が盾になれ』
もし、ハナを失えば、自分も見捨てられる。興味を失われる。存在の価値すら否定される。
(それだけは絶対に嫌……!)
「ハナ、方法がひとつだけあります」
エミリーは決意を込めて言った。
「私の《ウィンドショット》に乗って、上空の穴から脱出してください。外へ出て、救援を呼ぶんです」
その衝撃で身体のどこかが壊れてもいい。今は、それしかない。
だが。
「逃げるもんか」
ハナは血を流しながら立ち上がる。
ふらつきながらも、両腕を広げて、エミリーと鳥の間に立ちはだかった。
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花図鑑No.009
ストレリチア
学名【Strelitzia】
分類【ゴクラクチョウカ科、ゴクラクチョウカ属】
花言葉【輝かしい未来】【すべてを手に入れる】【気取った恋】【恋の伊達者】【寛容】
別名【極楽鳥花】
 




