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アッシュ・ブルーム ~花の魔王と失われた花言葉~  作者: 長月 鳥
第六章 ガーベラ

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忘れようとした花言葉

 最後の力を振り絞り、ジェルベーラはふらりと立ち上がる。

 その背中を眺めながら、エミリーはハナに目配せをした。

 「このまま気持ちよく頑張ってもらいましょう」

 「うん。また後で、ガーベラの花に魔法を使って説明とお礼をしないとね」

 ハナも静かに頷く。


 「私のこと、忘れないでね……それから、おばさま……マーノリアさんにも。いつも大事に育ててくれてありがとうって、伝えて」

 そう言い残し、ジェルベーラは渾身のアルテメトを放つ。

 凄まじい光がミノタウロスを呑み込み、その姿を跡形もなく消し去った。

 同時に、彼女自身もまた、花としての命を全うし、その場から静かに姿を消した。


 「ジェルベーラちゃん、いい子だったね」

 「少しワガママでしたけど……」

 花はまた咲く。それを知っていても、二人の胸には名残惜しさが残った。


 「さて、どうやって帰りましょうか」

 エミリーが溜息をついた。

 「帰り道、牛さんが塞いじゃったから……」

 ジェルベーラがいなくなったことも相まって、急に寂しさが増す。

 「日の光が差しているってことは、上から出られるかも。でも、私の風魔法じゃ届きそうにない」

 ぽつ、ぽつと、水滴の音だけがダンジョンの最深部に響く。



 天井のわずかな隙間から差し込む光が、薄暗いダンジョンの中をぼんやりと照らしていた。ミノタウロスとの戦いを終え、しばらく経った今も、ハナとエミリーは出口の見えない空間で、肩を寄せ合うようにして静かに座っていた。


 「エミリー……怖くない?」

 ぽつりと、ハナが問う。

 「……少しは、ね。でも」

 エミリーはゆっくりと首を振り

 「……平気よ。強くならなきゃいけないから」

 そう自分に言い聞かせた。

 「お父さんに言われたの?」

 「……」

 ハナの問いにエミリーは答えを返さなかった。



 しばらく沈黙が流れた後、エミリーがふと目を伏せて呟いた。

 「本当は、私……お花、好きなの」


 「えっ?」  驚いたようにハナが振り返る。


 「花言葉も……たくさん覚えた。子供の頃、お父様の書斎から花の図鑑をこっそり持ち出してね、寝る前に何度も読んだの」

 小さな声だったが、それはどこか震えていた。


 「でも、お父様に見つかって……睨まれた。“そんな言葉がなんの役に立つ”って、一度だけ、本当に冷たい目で……それが怖くて……」

 エミリーは膝に手を置き、ぎゅっと指を握りしめる。

 「それから、忘れようとしたの。好きだって気持ちも、意味も……全部」


 ハナは黙ってエミリーの隣に座り直し、そっと笑った。

 「でも、忘れてなかったんだね。好きな気持ちは、ちゃんと心に残ってたんだ」


 「……うん」  エミリーの返事は小さかったが、確かに震えが止まっていた。


 「僕もよくお父さんに怒られてた」

 「うん、知ってる」

 「でもね、僕はずっと好きでいようって決めたんだ」

 「どうして?」

 「花って、心を咲かせる魔法みたいだから。花言葉だって誰かがその意味を忘れても、誰かが思い出せば、きっとまた咲いてくれるって……そう思ってる。だから、エミリーが強くなるために花言葉を忘れちゃっても、大丈夫だよ」

 「そう……なのかな……」

 なにが“大丈夫”なのかは分からなかったが、なんとなくハナの言葉に暖かさを感じた。今はそれだけで救われた気がした。


 「あっ、あれを見て」

 少し時間が経ち、天井から漏れる日の光が当たる場所に、ヒラヒラと煌めくものが目に入り、ハナが叫んだ。


 「よし、咲かせよう」

 ハナは立ち上がり、エミリーへ手を伸ばした。

 「なにを急に……」

 あまりに突然だったので、エミリーは反射的にハナの手を取る。

 そして、その手の暖かさに、懐かしさと安心を覚える。


 「あの花に魔法を使ってみよう」

 ハナは天井の光が差し込む先へと歩み寄る。そこに、寄り添うように咲くストレリチアの群れがあった。

 「こんな暗い場所でも咲いてる……綺麗だね」

 ハナは目を輝かせながら言った。


 「やめてください。どんな人が出てくるのか、どんな魔法かも分からないんですよ? また彼岸花みたいだったら……」

 ダンジョンに閉じ込められた不安を拭いきれないエミリーは、ハナの手を引いた。

 「ストレリチアには“寛容”と“恋の伊達者”って花言葉があるんだ。きっと優しい人が出てくるよ」

 「どこからその自信が……恋の伊達者ってなに……」

 呆れたように返すエミリーだったが、自分の顔が緩んでいるのを知って顔が少し熱くなった。


 ハナは地面に落ちたジェルベーラのシャツを拾い上げ目を瞑り、祈りを込めた。

 「お願い、ストレリチア。僕の願いを聞いて——“ブロッサム・インカーネーション”」

 ハナの手が、そっと花に触れる。


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