光の正体
✿
ガーベラの放ったまばゆい光が、イルダの街全体を飲み込んだ――
その光は、遥か遠くの丘に立つふたりの目にも届いていた。
夕暮れの薄明かりが沈みきる前、イルダの街を一望できる小高い丘に、ハナの兄姉、長兄ワンと、次女エリナの姿があった。
「なんだ……あの光は……」
ワンは目を細めながら呟いた。顔色はすでに蒼白に染まっている。
「魔力の放出……ですが、密度が異常です。あんな光……見たことがない」
エリナは千里眼の魔法を発動して、街の中を探ろうとしたが、視界は何度試しても白で塗り潰されるばかりだった。
「完全に干渉されてる……。これは魔術干渉の一種……? それとも……結界?」
思わず口に出してから、エリナは首を横に振った。
「いや、違う。これは……」
彼女の額にうっすらと汗が浮かぶ。
ワンは眉をひそめたまま、重い声で呟いた。
「“アルテメト”だ」
「……アルテメト!?」
エリナは一歩たじろいだ。
「まさか……! いくら何でも、そんな……」
アルテメト。
古代に封印された光属性最上級魔法。
その光に包まれた瞬間、あらゆる物質は構造を保てなくなり、分子どころか魔素の粒子レベルまで解体される。
生物であろうと、金属であろうと、例外はない。
“消滅”――それが、この魔法における唯一の結末。
「でも……ファザでも、せいぜい“指先大”が限界だったはず」
父親を呼び捨てにしたエリナに、ワンは一瞬、怪訝な表情を浮かべた。
それは彼にとって違和感だった——敬意の薄さよりも、妹の中にある父への距離感が、ふいにあらわになったように感じたのだ。
だが、その違和感に思考を割いている余裕はなかった。
今、眼下の街を包み込む異様な光。それがアルテメトによるものだとすれば——
「もし本当に“アルテメト”だとしたら、術者は一人や二人ではない。数十人、あるいは百を超える魔導兵……いや、軍単位での行使と見た方が自然だ」
「……じゃあ、これは」
エリナの声が震える。
「アララガが軍を半壊させた“隙”を狙って、どこかの国がイルダの占拠を企てた……」
ワンは静かに頷いた。
「ターリー、あるいは獣人国……いや、もっと奥のノルゼリカ帝国かもしれん。あそこには、禁呪の研究をしている機関があったはず……」
「どちらにしても、早く国王様に知らせなくては」
ワンとエリナがここに来た目的は2つあった。
ひとつはハナの動向を確認するため。
もうひとつは、魔女の確保。
後者は、近隣の村を壊滅させ、今もなお逃亡しつつ魔物を生み出している女が居るとの情報が入り、先遣隊として人を受け行動していた。
そのどちらをも凌駕する不測の事態に、ワンは額の汗を拭うことも忘れていた。
「あのアルテメトが発動されたら……街が、丸ごと……」
ワンは口の中で呻くように言った。
「ワン兄様、決断を。初動が遅れれば取り返しがつかなくなります」
エリナの声は冷静だった。
冷たい氷刃のようなその声音に、ワンは僅かに肩を震わせた。
「だが……ハナが……!」
握り締めた拳が、血が滲むほどに震えた。
ワンは——選ばなければならなかった。
兄として、護りたい者を。
王国のために、切り捨てなければならない者を。
「あの状況では、もう間に合いません……」
エリナは涙を拭った。
「……クッ」
ワンは片膝をつき、拳を地面に突き付けることしかできなかった。
✿
その頃──ハナたち
「うわあああああん!! ひどい〜っ! ガベっちゃんとか、べっちゃんとか、そんなの絶対イヤああああっ!!」
ハナの目の前で、ガーベラの花だった少女が、顔を真っ赤にして大泣きしていた。
その体から、街を呑み込むほどの凄まじい光が、ぽわぽわと放たれている。
「ま、まって! 落ち着いて! どうしたのさ、ガベっちゃん! じゃなかった、ベっちゃん!」
ハナは、目の眩む光の中で、ガーベラの花を必死に説得した。
「うるさい〜っ! もうイヤ〜っ!!」
光は色を奪い、さらにその強さを増していく。




