お尻に花を咲かせましょう
ハナは色とりどりの花に目を輝かせ、エミリーはハナの魔法の成長につながるかもしれないダンジョンの話に耳を傾けていた——そのときだった。
「おらぁ、なんでこんなとこに花屋なんか出してやがんだ!」
穏やかな空気を突き破るように、怒鳴り声が飛び込んできた。
「ここは俺様の商売する場所だ。さっさとどきやがれ」
男は地面に大きな袋をドンと置いた。中には、剣や盾などの武具がぎっしり詰まっている。
「なんだいあんた、あたしはちゃんと許可を取って、ここで店を出してるんだよ。勝手なこと言うんじゃないよ!」
「うるせぇババア! 武具販売が最優先ってのが、この街のルールだろうが!」
「ババアだって!? この子たちが“お姉さん”って呼んでくれたばっかりなのに!」
パリンッ!
男は怒鳴りながら、剣を振り下ろし、並んだ鉢植えをいくつもなぎ払った。
「花なんて、何の役に立つ! 武器になるか? 腹の足しになるか? クソの役にも立たねぇ、でしゃばってんじゃねぇ!」
「ひどい……」
「やめろぉー!」
おばさんが声を上げるより早く、ハナが勢いよく男に体当たりをかました。
「なんだぁ、クソガキ……!」
屈強な男に、ハナの突撃はほとんど効果がない。
「花だって生きてるんだ! 誰かの心を癒してるんだ! そんなものを馬鹿にするな!」
「街のルールも知らねぇガキが、口きいてんじゃねぇ。武具売買の邪魔するやつは殺してOK、俺様ルールだけどなぁ!」
剣が振り上げられた、その瞬間——
「ゆるちまちぇんよっ!」
ピシィッ!
レンリの背後から勢いよく伸びた蔓が、鞭のように空を裂き、男の腕に巻きついた。
「ぐっ……なんだ、こいつッ……!」
振り上げた剣は地面に弾かれ、男の腕が後ろへ引き倒される。
「レンリちゃん、ダメだ、傷つけないであげて!」
ハナの懇願に、レンリは小さく息をついて蔓を緩めた。
「じゃあ……ちょっとだけ、いたいいたいしてあげまちゅね!」
キィン、と空気が鳴る。
今度は別の蔓が地面を蹴るようにして、男の足元に絡みついた。瞬く間にバランスを崩し、男は尻もちをつく。
「てめぇ、やりやがったな……!」
怒声を上げた男が立ち上がろうとした瞬間——
「お・く・ち、チャックでちゅっ!」
レンリは小さな足で地面をドンと踏みつけた。すると、彼女の足元から生えた細い蔓が男の口に巻きつき、口をふさぐ。
「んんんっ!?」
「うるさいでちゅ。お花屋さんをこわすなんて、さいてーでしゅ!」
さらに蔓が伸び、男の両腕と両足をぴっちりと固定していく。
「レ……レンチちゃん?」
ハナが不安気な表情で声を掛けると、レンリはなにかを察したように蔓の力を緩めた。
「れんりはやさしいから、これくらいでゆるしてあげまちゅ。でも、つぎやったら——おしりに花を咲かせまちゅよ?」
「っ……!」(←男の恐怖の目)
その威圧的な一言に、男の全身がビクリと震えた。
そして、レンリの指先がひらひらと踊ると、蔓が一気に男の装備を脱がせた。
ドサッ。
「ひぃぃぃ〜っ、魔物ぉぉぉ〜っ! 街の中に魔物がいるぅ〜っ!」
情けない悲鳴と共に、男は下着姿でその場から逃げ出していった。
「れんりは、つよいけれど、魔物じゃないのれす」
胸を張ってふんっと鼻を鳴らすレンリ。その後ろ姿に、ハナとエミリーはしばらく言葉が出なかった。
「魔物だって!?」「街の中に?」「討伐隊を呼べ!」
全裸の男が叫びながら走り去ったせいで、広場がざわつき始める。
「なんか、まずい気がする……レンリちゃん、花に戻って」
「わかりまちた。また、あそんでくだちゃいね」
レンリは笑みを浮かべながら、ゆっくりと花の姿へと戻っていく。
その姿を、エミリーはどこか名残惜しそうに見つめていた。
「あんたたち、荷車を押すの手伝っておくれ! 早く!」
花屋のおばさんは、割れた鉢の残骸をかき集めて荷車に積み込みながら叫ぶ。
「うん!」
「ありがとうございます、お姉さま」
三人は力を合わせて荷車を押し、騒がしい広場を抜けて、人通りの少ない路地裏の小さな花屋の前に辿り着いた。
「さぁ中へお入り、私の店だから遠慮せずにね」
「うわぁーすごーい」
ハナが声を上げるのも無理はなかった。
小さいながら温室、冷蔵室完備、店の中は沢山の花々で溢れ、どの花も瑞々しく活気に満ち、咲いていた。
「すごいね、お姉さん、一人でお花屋さんやってるの?」
ハナは目を輝かせている。
「2人だよ。旦那は今、花の買い付け中でね、しばらく留守なんだ。」
おばさんは、そう言いながら水魔法を使い一株一株丁寧に水やりを始める。
その魔法さばきにハナは見入ってしまう。
そして、次に覚えるべきは水魔法だと決心した。




