表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アッシュ・ブルーム ~花の魔王と失われた花言葉~  作者: 長月 鳥
第四章 彼岸花

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/54

長兄と次女

 時は少し遡り、ハナが目覚め、リリーを追ってニコの研究所を出た後。

 アララガ城の展望台には、二つの影が佇んでいた。


 「見えたか?」  低く艶のある声の男、名はワン。  ツーブロックの黒髪、少し垂れた二重の瞳、薄い唇、高い鼻、尖った耳。  完璧な顔立ちと190cmの長身で、国の女性の多くが振り返る。  ファザ家の長兄にして、「剣星けんせい」の称号を持つ、国内最強の剣士。


 「はい、確認しました。ニコからの報告通りの女です(なによあの露出狂。お兄様の神聖な瞳に映すわけにはいかないわ)」

 金髪カールの長髪、兄に負けぬ美形の顔。170cmと女性にしては高身長ながら、細身の体に若干のコンプレックスを持つファザ家の次女、エリナ。

 魔法の才に優れ、多彩な魔法を習得しており、「賢者」の称号を持つが、時折心の声が口から漏れる癖がある。


 「呼び捨ては感心しないな。素行に難があろうと、ニコもまたお前の兄だぞ」

 ワンは展望台の塀の上で、双眼鏡のように手をかざすエリナを支えながら言った。


 「いいえ、お兄様。私のお兄様は貴方だけです。他に兄などいません(ド畜生の兄弟なんていらないわ。その点、お兄様は……はぁ、私の腰に触れる大きくて暖かな手、このまま時が止まればいいのに)」


 「……お前は変わらぬな、エリナ」  「はい、変わりません。お兄様にお仕えすることが、私の生きる意味です(お兄様の剣となり盾となるのです)」


 「それで、その女……ニコからの連絡ではリリーという名だったか。魔法効果は確認できるか?」  「はい、報告通り、強力な魔法のようです。差し向けた兵士が次々と倒れています。即死ではないようですが……皆、瀕死の状態です」


 アララガ城と軍師ニコの研究所は、城下町を挟んで約20㎞。

 エリナは望遠系の千里眼魔法で、遠く離れたリリーを補足していた。


 「ですがお兄様、倒れているのは兵士のみ。町の住民たちは無事のようです」

 「なるほど、無差別ではないようだな……何かに反応している……兵士たちの武器? 魔法? いや、敵意か!」


ワンはわずかな状況描写と被害の偏りから、魔法の性質を瞬時に見抜いていた。多くの実戦を経験してきた彼の洞察力は、理論に頼らずとも本質を見抜く力を備えている。


 「敵意にだけ反応する魔法……流石です、お兄様。(私の好意に、お兄様は反応してくれるかしら)」


 「……この魔法、非常に危険だ。だが、同時にただの暴走とは思えん。あの女……何者だ」

 「ニコの報告には、“花から現れた”とありました(花の精霊とかどうでもいいけど、お兄様の敵なら殺すだけ)」


 「……魔法兵たちの配置はどうなっている?」

 「すでに包囲網を形成済みですが、距離100m以内に入った部隊が次々に倒れています」

 「距離100mか。魔法の発動条件と発症までの時間差……あまりにも精密すぎる。生物的な本能ではないな」

 「ええ。冷静な判断と意志を感じます(だけどそんなことより、お兄様が危険な目に遭うほうが心配)」


 「兵を退かせ。無駄死には哀れだ」

 「承知致しました、お兄様」


 エリナは千里眼魔法を解き、下で待機していた兵士たちに撤退の合図を送った。


 「我らが赴く。掴まれ、エリナ。振り落とされるなよ」

 「はいっ、お兄様(ああ、お兄様……好きっ)」


 ワンはエリナを抱き上げ、高速移動魔法を発動。

 足元に羽の幻影を纏い、空気を蹴るようにして空を駆けた。



 ✿



 「なんで、こんなに兵隊さんが倒れているんだ……」  リリーを追って城下町に出たハナは、その異様な光景に立ち尽くす。  リリーの通ったであろう道には気を失った兵士たちが転がり、状況が掴めない住民たちが恐れ、逃げ惑っている。


 「これって……リリーちゃんがやったのかな……」ハナは目の前の光景を信じられずに立ち尽くした。


 「早くリリーちゃんを戻さないと」


この光景……僕の魔法が、原因なんじゃないか?そんな考えが頭をよぎった瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。もしそうなら、僕がこの人たちを……。ハナの足は、思わずその場に止まりかけた。だけど、今は立ち止まっている場合じゃない。誰かがやらなきゃ。僕しか——できないんだ。そう言い聞かせて、ハナは震える脚を両手で叩き、再び走り出した。



 ✿



 「この辺りか。降りるぞ、エリナ」

 「はい、お兄様もっとこうしていたかった


 リリーを視認できる建物の屋上で降り立つワンとエリナ。


 「直ぐに終わらせる」


 ワンはそう言うと、帯刀していた剣を抜き、剣先を地面に向けて「剣弓」と唱えた。


 「はい(出たわ、お兄様の【剣弓】。魔法で作り出した弓で、矢の代わりに魔力を込めた剣を放つ遠距離最強魔法。はぁカッコいい……けど、剣を飛ばしちゃうから武器がなくなって少し慌てるのよね。まぁそこも可愛いんだけど)」


 「エリナよ、武器など飾りに過ぎん」


 ワンは真顔でそう言うと、光の弦を引き、リリー目がけて剣を放った。


 「悪く思うな、リリー。お前が何であれ、脅威から国を守るのが私の使命。せめて一撃で散れ」


 放たれた剣は空気を震わせ、音を置き去りにし、一瞬でリリーのもとへと飛んでいった。


 「終わったわね、あの女。お兄様の剣を避けられるはずない」


 エリナは死を確認するため、再び千里眼の魔法を使った。


 「はぁ?」

 「どうした、エリナ。リリーは消滅したか?」

 ワンは、間の抜けた声を出したエリナの肩に手を置いた。


 「……踊っています」

 「踊る? 何を言っている。リリーをやったかと聞いているんだ」

 「ですから、リリーが踊っているんです。踊りながら、お兄様の放った剣を避けました……ヒラリと」


 「なんだと⁉」


 エリナの言葉に目を凝らし、リリーの姿を探すワン。


 地面に突き刺さった剣に手を触れながら、リリーは優雅に舞っていた。

 赤い長髪とドレスを風に揺らし、その姿はまるで——


 「……燃え盛る炎のようだ」


 ワンはため息と共に、静かに言葉を漏らした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ