表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アッシュ・ブルーム ~花の魔王と失われた花言葉~  作者: 長月 鳥
第四章 彼岸花

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/54

死の花の名前(ニコ視点)

 動悸が止まらない。心臓が、破裂しそうだ。

 間違いなく、これは毒だ。自律神経をやられている。


 ……どこで、間違えた? 最後の問いか?

 違う。あの問いに“正解”など最初からなかった。

 彼女は、最初からすべてを殺すつもりだったのだ。


 そして私を弄び、「ゆっくり味わって」と告げた。

 つまりこれは、死を完全に操る魔法――。


 千日紅の絶対防御。

 トリカブトの斬撃と風圧。

 彼岸花の即死性。


 花とは、一体なんなのだ。

 本当にこの世界の魔法か?

 それとも、ハナの魔力が規格外なのか?


 ……どちらにしても、あまりに危険すぎる。


 リリーは、あっさりと研究所を出て行った。

 その気になれば、目に映る者すべてを殺せるだろう。


 ハナが目覚めない今、誰も彼女を止められない。


 大量の死人が出ようが、国が滅びようが、知ったことか。

 だが――私は、まだ死ねない。


 もっと、彼女と話したい。

 リリーは“死”の意味を知っている。

 私は、“生きて”その答えを知りたいんだ。


 


 「ハナっ……起きろ……! ハナ……っ、はぁ、はぁっ……」

 息が苦しい。


 一般的な気絶は、大脳皮質や脳幹の血流が一時的に遮断されて生じる。

 通常は数分で意識が戻る。

 魔力の枯渇も同様……いや、魔力切れで意識を失うなど、普通はない。


 こいつは一体、一回の魔法でどれだけ魔力を使っている?


 


 「クソッ……起きろハナ! エミリーが目覚めたぞっ!」


 「……エミリーっ?」

 起きた。やはりこのシスコンが。


 


 「大変な事態だ。お前が呼び出した彼岸花は、死神だった」


 「死神? お花が死神なわけないよ。ばーか、ニコ兄さんはバカだなぁ、ハハハ」


 間の抜けた笑い声。

 だが……こいつが起きた。それだけで十分だ。

 これで、魔法が使える。


 芥子の女児の魔法に蝕まれていたエミリーは、彼女が消えると同時に回復した。

 つまり――彼岸花を消せば、私も助かる。


 


 「笑い事ではない。彼女を消さなければ、私は死ぬ」


 「ダメだよ、ニコ兄さんが死んじゃったら悲しいよ」


 偽善家め……だが、それでいい。


 


 「感謝する。……頼む、急いでくれ」


 「うん、やってみるね」


 ハナは、両手を合わせて目を閉じた。

 ――ただ祈っているようにしか見えない。これが魔法?


 


 「……」


 「どうした、ハナ。なぜ止めた?」


 「ごめん、ニコ兄さん……。僕、彼岸花さんの顔も見てないし、名前も知らないから……できないかも」


 ……使えん。


 


 「赤い髪、赤いドレスの女だ。私は“リリー”と名付けた。早くっ」


 「リリーちゃんかぁ。……ンバナちゃんでも良かったのに。ニコ兄さんって、センスないよねぇ」


 ンバナ? ……ヒガ“ンバナ”? 誰の教育だ。名前に“ん”から始まるなんて、最悪だ。


 「早くしろ」


 「わかったよ」


 


 ハナは再び手を組み、目を閉じて祈り始めた。

 『リリーちゃん、リリーちゃん、お願いだから消えてください』と、何度も何度も。


 「どう? 消えた?」


 だが――異変は止まらない。むしろ悪化している。


 「ダメだ。ちゃんと魔法を使え」


 「……ごめんニコ兄さん。たぶんだけど……お花さんの“近く”じゃないと、無理かもしれない」


 「なんだと……?」


 確かに、可能性はある。

 魔法の行使において、“視認”と“念”は重要な要素。


 


 「奴は歩いて研究所を出て行った。走ればすぐに追いつける。急げ」


 「わかった。赤い女の人、絶対見つけてくる。待ってて!」


 「ああ、頼んだぞ、ハナ」


 「任せてっ!」


 ハナは全速力で走っていった。


 


 ……無能だと思っていたが、案外、芯は強いのかもしれない。

 頼りになる顔をしていた。


 ……死に際だからか、感情が不安定だ。


 だがハナ一人では不安だな。

 念のため、近くにいるワンとエリナにも連絡を……。

 あの2人なら、あるいは……。


 


 リリー……美しい女だったな……。

 父の研究と軍務に縛られて、色恋など無縁だった私が、こんなにも心を乱されるとは……。


 また会えるだろうか。

 万全の状態で呼び出せれば、もっと上手く話せる気がする。


 


 静かだな。


 ハナが出て行って、どれくらい経った……?


 もしかして……皆、リリーに殺されたのか?


 


 私は……助からないのか?


 死ぬのか……?


 


 冗談じゃない。私は“死”を愉しむ側だ。貪る側だ。

 私は、死なん……!


 


 ――怖い。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。


 死にたくない。

 死ぬのは、怖い。


 助けてくれ。誰でもいい。……誰か――!


 


 「よかった、まだ死んでいなかったようですね」


 


 ……声? エミリー?

 目覚めたのか? いや……雰囲気が違う。


 それに――まるで、私が死にかけていることを知っているような口ぶり。


 


 「エ、ミリー……?」


 声が上手く出ない。毒が回っている……。


 


 「私はエミリーじゃありませんよ」


 


 なにを言っているんだ……。


 「私の名前はリリー。あなたがつけてくれた、素敵な名前」


 


 リリー……? 彼岸花の……?


 


 「な、なにが……」


 


 「“私”の花言葉にあるでしょ? 【転生】。本体が消えたから、今度は別の形で現れてみたの」


 


 転生……。まさか、エミリーの体を……。


 なぜそんなことを――


 


 「知りたがっていたでしょ? “死”の意味。だから、最後に教えてあげようと思って」


 


 死の、意味……。


 


 「た、助けてくれ……」


 


 「ええ。私なら、その願いを叶えられる」


 


 そう言って微笑んだ彼女の顔が、最後に見たものだった――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ