トリカブト(ニコ視点)
実験事例:千日紅
父上からの報告書に記されていた存在──巨躯の女剣士が、ハナの手によって再びこの地に呼び出された。
召喚された瞬間、彼女は鋭くも悲しげな眼差しをハナに向け、言い放った。
「ハナ……なぜ呼んだ」
その声には、怒りと嘆き、そして諦めが混じっていた。彼女は、過去にハナとの間で何かしらの誓いを交わしていたのだろう。呼び出されることは、彼女にとって裏切りのようなものだったのかもしれない。
「ごめんなさい……でも、エミリーのためなんだ」
ハナの答えはまっすぐだったが、迷いも確かにあった。守りたかったのは妹か、それとも自分の中にある罪悪感か。どちらにせよ、彼は千日紅の女戦士を必要としていた。
「……そうか。少しは強くなったようだな」
女は溜息のようにそう言った。そして、ほんのわずかに口元を緩めたようにも見えた。
「だが、まだその時ではない」
その言葉を最後に、彼女は静かに自らを花へと還した。
父ファザの放った『ファイヤーテンペスト』を無効化するほどの防御魔法──魔法の性質上、極めて優れた加護であろう。だが、彼女自身に攻撃の意思はなく、呼び出されたことをむしろ拒んでいた。戦闘用の使役には適さない。
私は、この個体を再び召喚する必要はないと判断した。
実験事例:トリカブト
千日紅に続いて、次に私が試みたのは、花言葉と植物の特性が魔法にどう影響するかの検証だった。
私が選んだのは、【騎士道】【復讐】【栄光】といった花言葉を持つトリカブト。
猛毒を有するこの植物は、その特性からも攻撃性に富む魔法効果を期待できた。
ハナは一目で不安を露わにし、「危ないから、優しそうな花がいい」と訴えてきたが、研究の進行上、無視することにした。
しかし、危険因子は極力排除しなければならない、私は花の魔力が「枯れ果て」によって終息することを踏まえ、花を一輪だけ摘んでハナに渡した。
そして、現れた。
紫のポニーテールに、淡い紫の瞳。長身で均整の取れた体躯。
彼女は全身を漆黒の中世風の鎧に包み、肩当てや胸甲には紫色の花をかたどった紋章があしらわれていた。
背丈を超える大剣をそのまま地面に突き立て、その柄に両手を添える──堂々とした姿で女は立っていた。
彼女はその場にいた私とハナを、睨むように見回した。敵意ではない。ただ、己が呼び出されたことへの警戒。あるいは、本能的な“警告”だ。
やがて、女は無言のまま剣を構え、軽く振り下ろした。
その一撃で、空気が裂ける音が響いた。
剣から放たれた衝撃波が走り、私とハナの間を裂いていく。研究所の壁面が一瞬で二つに割れ、背後にあった分厚い床までもが、深さ一メートルほどの溝を残して抉られていた。
私は思わず息を飲んだ。
あれは単なる一振り。もし本気で、戦意を持って攻撃されたら──我々は一瞬で存在を失っていただろう。
「だから危ないって言ったじゃないか……!」
ハナは叫ぶように言い、女に向かって「戻って」と願った。
女は再びこちらを睨みつけた。そして、何も言わぬままに、静かに姿を消した。
その場には、枯れたトリカブトの花が一輪だけ残された。
魔法の終息か、花の寿命か。その両方か。
だが、重要なのはそこではない。
――武器を持ち、鎧を纏った召喚体が存在する。
それは、この魔法が戦闘用にも進化し得るということ。
千日紅では得られなかった戦闘能力の可能性が、トリカブトによって示された。
私は、背筋に走る戦慄を感じながらも、笑みをこぼしていた。
これは、面白くなってきた。
研究を続けよう。
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花図鑑No.005
トリカブト
学名【Aconitum】
分類【キンポウゲ科、トリカブト属】
花言葉【騎士道】【栄光】【復習】




