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死の間際(ニコ視点)

「私は今、死の間際にいる。」

私の名はニコ。

大賢者ファザの次男として生まれ、物心がつく頃には、すでに父の敷いた道を歩かされていた。

魔法の研鑽に明け暮れ、ただ国を守る道具として生きることが、自分の宿命なのだと、早くから悟っていた。


だからこそ、自分自身の人生には、何の興味も抱かなかった。


魔力に恵まれようと、知識に通じようと、「天才軍師」と呼ばれようと──

そんなものには、意味がない。


――ただひとつ、【死】というものにだけは、妙に惹かれていた。


この世界には、多種多様な知性ある存在がいる。

人間、エルフ、獣人、竜人、魔人。あるいは、人の形すら持たぬ魔獣、聖獣、魔物、ドラゴン。

それらすべてに等しく与えられる“終わり”、死という現象は、私の心を底知れず魅了した。


軍務、なかでも軍事研究という分野は、命を弄ぶことが許される、数少ない楽園だった。


私は死を研究し、死を与え、そして死に魅せられた。

敵国の捕虜、捕らえた魔物、己の強化を望む兵士たち――

彼らに等しく“終わり”を与えながら、それを観察し、理解しようと努めた。

誰であれ、死の前では平等だったからだ。


だが、死を単なる「事象」として扱うのは浅はかだ。


非業の死。自決。他殺。大往生。

様々な形があるが、私が最も美しいと感じるのは、「戦いの中にある死」だ。


生物は戦いのなかで生を燃やし、そして死に至る。

知性の高低など、死の前では無意味だ。


魔力によってすべてが決するこの世界において、戦いの中で訪れる死こそが、最も純粋で、儚く、美しい。

それ以外の死など、ただの枯れゆく花にすぎない。


―そんな私の血筋に、「それ」は生まれた。


魔法を使えない、無力な存在。

それに生きる価値などあるのか?

この世界では、小鳥ですら魔法を使えるというのに。


両親は、その子に「ハナ」と名付けた。

人の手によって摘まれ、消費されるだけの“花”の名……皮肉のようにすら思えた。


父は、ハナが魔法を持たないと知った瞬間、ほとんど躊躇なく追放を決めた。

おそらく、わが子が“無能”である可能性など、最初から想像すらしていなかったのだろう。

表向きには見放しながらも、妹のエミリーに監視を命じていた。


そしてその監視のなかでわかったのは──

ハナは、虐げられ、拒絶されながらも、誰も憎まず、ただ植物や動物を愛し、健気に生きているということだった。


「アレに意味があるのですか? 実験にでも使って処分したら?」

かつて私はそう父に言ったことがある。だが、睨み返され、却下された。

そのとき私は、エミリーがハナに嫉妬する理由を、ほんの少しだけ理解できた気がした。


そして今、その“つまらない”はずの存在が──

私に、かつてないほど美しい【死】をもたらそうとしている。



話を少し戻そう。


芥子の花から生まれた少女が消え、意識を失ったエミリーを前に、ハナは懇願した。


「ニコ兄さん、お願いだよ。僕ができることなら、なんでもするから……エミリーを助けて」


瀕死のようにも見えたが、実際にはエミリーはただ体力を消耗していただけだった。

毒に侵され、死にかけていたはずの彼女が、花の少女が消えた途端に回復する―あまりに都合が良すぎる。だが、魔法とは得てしてそういうものだ。


私は真実を伏せ、交換条件を提示した。


「なんでもするって言ったな。……約束、違えるなよ」


ハナは即答した。


「うん。エミリーのためなら、なんでもする」


つまらない。

どこまでも利他的で、理解できない。

だが、都合が良い。


私は、花の魔法の研究を、続けることにした。




【ブロッサム・インカーネーション】


私は、ハナの魔法にそう名をつけた。


実験事例:シクラメン


 「……ハナ、まだ帰れそうにない……?」


 少女の声は震えていた。

 “人間”になって間もない不安定な存在。場違いな白衣と冷たい実験室に囲まれ、椅子の端に小さく座り込む様子は、実験動物に等しい。


 彼女の名はシーラ。

 元はシクラメンの花だった。ハナの魔法によって人の姿を得た最初の成功例──もっとも、“成功”と呼ぶには、あまりにも不安定だったが。


 「大丈夫、ごめんねシーラ。すぐに終わるから」

 横に立つハナがそう声をかけた。彼なりに彼女を気遣っているのだろう。

 だが、その声の奥にも怯えが滲んでいた。自ら頼み込んで連れてきたくせに、現実の空気にすらまともに向き合えない。やはり、彼は未熟だ。


 「私、ほんとに何もできませんよぉ……」

 シーラは視線を落とし、消え入りそうな声をもらす。

 当然だ。この場は“研究室”であり、“戦場”である。子供の遊び場ではない。


 私は助手の一人を呼びつけ、シーラの身体検査を命令した。


 ……瞬間、シーラの様子が一変した。

 肩が跳ね、手が震え、顔色が失せる。拒絶反応だ。

 私はその変化を見逃さなかった。


 そして次の瞬間、助手が呻き声を上げて床に倒れ込んだ。

 嘔吐、下痢、脱力――明らかな毒素反応。

 ……ふむ。これがシクラメンの“力”か。


 興醒めだ。


 「……所詮、この程度か」

 私は呟くように告げた。


 生理作用を強制する魔法など、代替手段はいくらでも存在する。

 ましてや、恐怖に反応して暴走するだけの魔力など、制御不能な欠陥品に等しい。

 意志を介さぬ魔法に、価値はない。

 これでは、使い物にならない。


 「その花を、消せ」

 私はハナに命じた。


 ハナの顔が苦悶に歪む。だが、命令に抗える立場ではない。

 彼がそっと手をかざすと、シーラの身体が徐々に薄れはじめた。


 「……バイバイ、ハナ……またね」

 引き攣った笑顔で、シーラは手を振った。


 「……うん、ありがとね、シーラ。またね」

 ハナもまた、ぎこちない笑顔を返す。


 “またね”――愚かしい約束だ。


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