表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アッシュ・ブルーム ~花の魔王と失われた花言葉~  作者: 長月 鳥
第三章 芥子

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/54

芥子の願い

 「エミリーーーッ!」


 ハナの悲痛な叫びが、冷えたラボの天井に反響する。


 「あらあら、お兄ちゃんったら。なんにも出来ないのに、大声なんか出しちゃって」


 ケーシィはエミリーの髪を撫でながら、淡々と、どこか壊れた玩具のように微笑んだ。


 「なんで、なんでこんなことをするの……」


 ハナは唇を噛んだ。自らの魔法が、またも家族を壊そうとしているという絶望。指先まで震えるその怒りを唇にぶつけるように噛み締めると、すぐに赤い血が滲んだ。


 「魔薬を使え、ハナ」


 ニコが静かに言った。差し出された小瓶の中では、淡い琥珀色の液体がとろりと揺れている。


 「魔薬? エミリーが言っていた、あの凄い効果の薬のこと……?」


 「そうだ。強化剤としては最上級……だが代償も最悪だ」


 「どうして今、そんなものに……そんな暇はないよ。僕は、エミリーを助けなきゃ……!」


 ハナは首を振ったが、ニコの声は冷徹だった。


 「魔法を制御できぬ者が、今さらどうやってケーシィを止める? 手段を選んでいる余裕はあるまい」


 「……これを飲めば、本当に止められるの?」


 「……おそらく、な」


 その答えは曖昧だったが、ニコの目は確信を秘めていた。いや、むしろこの瞬間を待っていたかのようにさえ見えた。


 「でも、これって危険なんじゃ……?」


 周囲に転がる呻き声を上げる軍人たちの姿。皮膚が裂け、歯を食いしばる彼らの末路が、薬の本質を物語っていた。


 「自分の作品に嘘はつかん。魔薬は身体能力と魔力を爆発的に高めるが、適性がなければ廃人。……それでも使うか?」


 「……使うよ。失敗したって構わない。僕は、ニチ子に“強くなる”って、約束したんだ」


 ハナは迷わなかった。小瓶の蓋を外し、迷いも戸惑いも飲み込んで、一気にその液体を喉に流し込んだ。


 「ダメ……ハナ兄さん……」


 震えるような、か細い声が届いた。魔法の効果で心を曝け出されたエミリーの本心が、ハナの名を呼んでいた。


 けれどもう、後戻りはできない。


 「今、助けるから。絶対に……!」


 口元を拭いながら、ハナはケーシィに願った。ニチ子を人に戻したように、自分の魔法がきっと届くはずだと。


 「ケーシィちゃん、お願い……僕の願いを聞いて……!」


 ハナは強く祈る。魔法の本質を、信じて。


 だが――


 「バカなお兄ちゃん。そんな薬、意味ないのに」


 ケーシィの微笑みは、どこか寂しげだった。


 「どうして……どうして花に戻ってくれないの……」


 「だってその薬……私の成分でできてるんでしょ? 私の魔法が、私自身に効くわけないよ」


 「そ、そんな……」


 ハナは膝から崩れ落ちた。希望が、脆くも崩れていく。


 「魔法効果の打ち消し……実に、興味深い」


 ニコの手がノートを走る。弟の絶望さえも“実験結果”として記録しながら、満足げに唇を吊り上げる。


 「でも……いいよ、お兄ちゃんが、そんな危険を冒してまで願うなら」


 ケーシィはそっと、エミリーの顔に触れた。


 「ごめんね、エミリーちゃん。私の願いより、お兄ちゃんの願いの方が……強かったみたい」


 そう言って、彼女はエミリーをゆっくりと床に横たえ、立ち上がる。


 そして静かに目を閉じた。



 ✿


 地下施設がまだ新しく、芥子の花が咲き乱れていた頃――


 少女は、ひとりきりで歩いていた。うつむき、歯を食いしばり、感情を押し殺すように。


 そして、その視線の奥は、いつも何かを、誰かを、強く――強く憎んでいた。


 風など吹かぬ地下のはずが、そのときだけ、ふわりと髪が揺れた。芥子の花の香りが鼻をかすめる。


 少女はその香りに、懐かしさを覚え、立ち止まった。


 「また、お兄ちゃんと……一緒にお花を育てられたら、どんなに……いいことか……」


 その声は掠れ、震えていた。


 「お兄ちゃん……ハナお兄ちゃん……もう嫌だよ、こんな生活……」


 「エミリー。訓練の時間だ。急げ」


 呼ぶ声は、命令にも、慰めにも聞こえた。


 少女は涙を拭い、立ち上がる。心に芽生えたやわらかな感情に、背を向けながら。


 「強くならなきゃ、捨てられちゃう……こんな弱い思いなんて、消えてしまえばいいのに……」


 そして彼女は、芥子の花に背を向けた。


 ✿


 その少女を見ていた芥子の花は、思う。


 人は、わたしの力で、すべてを忘れるくらいの刺激を得る。


 たとえそれが、死に至る快楽だとしても。


 それでも「そう願う」のなら――その願いを、叶えてあげたいと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ