用済み
「ク、クソッ……早く治療しろよ、エミリー」
ヨナは負傷した右腕を庇いながら、力なく膝をつく。
「で、でも、ヨナ兄様……」
声をかけられたエミリーだったが、獄炎で焼き切れた傷の深さに戸惑っていた。
これはもう、自分の回復魔法ではどうすることもできない――そう直感する。
「諦めろ、ヨナ。もうお前は用済みだ」
「父上……な、なにを仰るのですか」
ヨナの右腕が再起不能であることを、ファザもすぐに察していた。
そしてそれが、戦士としての終わりを意味することも。
「いずれ医療班が来る。こいつのことは放っておけ、エミリー。それよりもハナだ。あれは使えるかもしれん。すぐにニコの研究所へ連れていけ」
「そんな……お父様……」
「なんだ?」
「い、いえ……なんでもありません」
ファザの冷酷な眼差しに、エミリーはそれ以上なにも言えなかった。
「行きましょう、ハナ……」
エミリーはヨナに背を向け、ハナに声をかける。
「ダメだよ、エミリー。ヨナ兄さんを助けなきゃ……ごめんね、ヨナ兄さん。僕のせいで、こんな……」
「黙れっ。貴様のようなゴミに“兄”と呼ばれる筋合いも、情けを掛けられる覚えもない!」
ハナの言葉に、ヨナが怒り狂ったように怒鳴る。
そしてふらつきながら、道場の奥へと歩み去っていく。
その姿にファザは一瞥もくれず、ヨナもまた誰とも目を合わせようとしなかった。
「よくも……“用済み”などと……」
ヨナはそう吐き捨て、姿を消した。
「花を人に変える魔法、か……おもしろい」
肩を落とし、エミリーに引かれるハナの背中を見つめながら、ファザは薄く笑った。
獄炎剣、ファイヤーテンペストを防御したニチ子の魔法効果は、国の魔法技術の発展、ひいては軍事力の強化に直結するものだった。
だが今のハナには、その魔法を自在に操る術も、自覚もない。
ファザは即座にその未熟さを見抜き、ハナの魔力を強化するため、ある場所へ連れて行くようエミリーに命じた。
「こ、ここは……」
ヨナのこと、ニチ子のこと、そして魔法のこと。
まだ整理のつかない思いを抱えたまま、ハナはエミリーの後に続いていた。
その目に飛び込んできたのは、予想もしなかった光景――
「そういえば、ハナは花が好きなのでしたね」
エミリーがふと口にした言葉に、幼い日の記憶が蘇る。
“幼稚な、いつまでもそんなだから捨てられたのに”
そんな思いが喉まで出かかったが、彼女は飲み込んだ。
「凄いよ、地下にこんなに沢山の花が咲いているなんて」
ハナはエミリーの顔も見ず、視界いっぱいに咲き誇る花々に見入っていた。
その光景は、悩みも不安も忘れさせてくれるような、鮮やかで穏やかな美しさに満ちていた。
「これ全部ポピーだよね? すごいな、こんなにたくさんのポピーが栽培されてるなんて。あれはアイスランドポピー? あっちはオリエンタルポピーだよね」
白、黄色、オレンジ、深紅――
内側に斑点を持つ種類もあり、その可憐さに、ハナは思わず笑みをこぼした。
「ここの花々は全てケシです。主に咲いているのはアツミゲシとハカマオニゲシ。ポピーではありません」
思い出に浸るハナに、エミリーが少し誇らしげに訂正を入れる。
けれどその瞬間、自分が言ったことを後悔した。――余計な知識だった。
「ケシかぁ……ケシ?」
図鑑で読んだ内容を思い出しながら、ハナは首を傾げる。
「あれ? でもケシって毒があるから栽培禁止じゃなかったっけ?」
「ええ、その通りです。鎮静剤としても使われますが、副作用が強いため一般では禁じられています。ですが、お父様は……ケシの実に秘められた“ある効用”に注目し、国のために研究を続けておられるのです」
「効用?」
「はい。私たちはそれを、“魔薬”と呼んでいます」
この場所は、大賢者ファザの監督下に置かれた軍事施設だった。
表向きは戦士育成のための訓練所――
だがその実態は、ケシを違法に栽培し、その実から抽出したアヘンを用いた“人体実験”の場だった。
アヘンに魔力を込めると、ある種の劇薬が生成されることを突き止めたファザは、それを“魔薬”と名付け、軍の精鋭に秘密裏に投与していた。
魔薬は、服用者の魔力を大幅に増強する効果を持つ。
適合すれば超人的な力を得られるが、失敗すれば、精神と肉体は深く蝕まれ、廃人となる――そのリスクは極めて高い。
エミリーは、そのすべてを知っていた。
そして、ハナに魔薬が投与される可能性があることも……。
「ハナ……」
何かを告げようと、エミリーが慎重に口を開きかけたその時だった――




