やさしい弱さ
体を手に入れた。
自由を手に入れた。
強さを手に入れた。
――そして私は、弱くなった。
木剣を振るう自分の姿が、かつて憎んでいたヨナに重なる。
誰かを力でねじ伏せ、怒りに任せて手を挙げる。それは、ニチ子が最も忌んだ生き方だったはずだった。
目の前にいるのは、初めて自分に“名前”をくれた存在――ハナ。
泣きながら自分を止めてくれたその手の温もりが、あまりにも優しくて。
だからこそ、今の自分が、どれだけ歪んでしまったのかを思い知る。
「すまない、ハナ……もう私に、魔法を使わないでくれ」
そう言いながら、ハナの頬にそっと手を添えた。
ひどく熱いはずのその体が、どこか儚く、まるで霧のように頼りなかった。
「どうしてそんなこと言うの? 僕たち、友達でしょ」
涙をぬぐいながら、ハナはまっすぐにニチ子を見つめる。
その目には、一片の疑いもなかった。
自分がどれだけ暴れても、剣を振るっても、それでもなお、友達と呼んでくれる。
「大丈夫だよ。ヨナ兄さんの傷は魔法で治るし、悪いことは、ちゃんと謝れば……みんな許してくれる。だからそんなこと言わないで」
ハナの言葉は幼く、未熟で、それでも真っ直ぐだった。
その手を取られた瞬間、ニチ子は胸の奥にひび割れを感じた。
それは壊れかけた心の最後の砦だったのかもしれない。
「ハナを……泣かせてしまった。私は感情をコントロールできない弱い生き物だ」
ニチ子は静かに言い、瞼を伏せる。
怒りと憎しみに任せて剣を振るった自分が、誰よりも浅ましく、誰よりも愚かだった。
「だから……お願いだ。もう私を呼ばないでほしい」
その言葉が発されたと同時に、ニチ子の体はゆっくりと透けていく。
ハナの魔法――「花に戻れ」という願いが、無意識のうちに作用したのだ。
ハナは、何も言えなかった。
ニチ子の手が霧のように薄れていくのを、ただ握り返すことしかできなかった。
「弱いのは……僕の方だよ」
その一言が、ニチ子の胸に静かに突き刺さった。
「僕がちゃんとニチ子のことを考えてあげなかったから……自分の魔法なのに、ちゃんと向き合えてなかった。だから今度は、頑張るから、そんなこと言わないで」
ハナの声には、嘘も飾りもなかった。
まっすぐで、あまりにも純粋で……まるであの頃の記憶をなぞるようだった。
──まだ花だったころ、陽だまりの中で、あたたかな手に抱かれた日々。
やさしい声で語りかけてくれた少女。
「もっと、きれいに咲けるようにがんばるから」
あのときの声と、ハナの声が、ゆっくりと重なっていく。
「……ハナの想いが“弱さ”だというのなら……」
ニチ子はふるえる声で言った。
「私は、ずっと、そんな弱さに守られていたのかもしれんな……」
その瞬間、張りつめていた何かが、音もなく崩れ落ちた。
「ハナを信じて、私はしばらく眠ろう」
そう言って、ニチ子は透けゆく腕でハナをそっと抱きしめる。
「また、会えるよね……」
「……お互い、本当の強さを手にすることがてきたなら、その時は、きっと」
“今度こそ、花ではなく、友として咲けるように”
ニチ子はそう願いながら、静かに、光の粒となって消えていった。




