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アッシュ・ブルーム ~花の魔王と失われた花言葉~  作者: 長月 鳥
第二章 千日紅

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やさしい弱さ

 体を手に入れた。

 自由を手に入れた。

 強さを手に入れた。


 ――そして私は、弱くなった。


 木剣を振るう自分の姿が、かつて憎んでいたヨナに重なる。

 誰かを力でねじ伏せ、怒りに任せて手を挙げる。それは、ニチ子が最も忌んだ生き方だったはずだった。


 目の前にいるのは、初めて自分に“名前”をくれた存在――ハナ。

 泣きながら自分を止めてくれたその手の温もりが、あまりにも優しくて。

 だからこそ、今の自分が、どれだけ歪んでしまったのかを思い知る。


 「すまない、ハナ……もう私に、魔法を使わないでくれ」


 そう言いながら、ハナの頬にそっと手を添えた。

 ひどく熱いはずのその体が、どこか儚く、まるで霧のように頼りなかった。


 「どうしてそんなこと言うの? 僕たち、友達でしょ」


 涙をぬぐいながら、ハナはまっすぐにニチ子を見つめる。

 その目には、一片の疑いもなかった。

 自分がどれだけ暴れても、剣を振るっても、それでもなお、友達と呼んでくれる。


 「大丈夫だよ。ヨナ兄さんの傷は魔法で治るし、悪いことは、ちゃんと謝れば……みんな許してくれる。だからそんなこと言わないで」


 ハナの言葉は幼く、未熟で、それでも真っ直ぐだった。

 その手を取られた瞬間、ニチ子は胸の奥にひび割れを感じた。

 それは壊れかけた心の最後の砦だったのかもしれない。


 「ハナを……泣かせてしまった。私は感情をコントロールできない弱い生き物だ」

 ニチ子は静かに言い、瞼を伏せる。

 怒りと憎しみに任せて剣を振るった自分が、誰よりも浅ましく、誰よりも愚かだった。


 「だから……お願いだ。もう私を呼ばないでほしい」


 その言葉が発されたと同時に、ニチ子の体はゆっくりと透けていく。

 ハナの魔法――「花に戻れ」という願いが、無意識のうちに作用したのだ。


 ハナは、何も言えなかった。

 ニチ子の手が霧のように薄れていくのを、ただ握り返すことしかできなかった。


 「弱いのは……僕の方だよ」


 その一言が、ニチ子の胸に静かに突き刺さった。


 「僕がちゃんとニチ子のことを考えてあげなかったから……自分の魔法なのに、ちゃんと向き合えてなかった。だから今度は、頑張るから、そんなこと言わないで」


 ハナの声には、嘘も飾りもなかった。

 まっすぐで、あまりにも純粋で……まるであの頃の記憶をなぞるようだった。


 ──まだ花だったころ、陽だまりの中で、あたたかな手に抱かれた日々。

 やさしい声で語りかけてくれた少女。


 「もっと、きれいに咲けるようにがんばるから」


 あのときの声と、ハナの声が、ゆっくりと重なっていく。


 「……ハナの想いが“弱さ”だというのなら……」

 ニチ子はふるえる声で言った。

 「私は、ずっと、そんな弱さに守られていたのかもしれんな……」


 その瞬間、張りつめていた何かが、音もなく崩れ落ちた。


 「ハナを信じて、私はしばらく眠ろう」


 そう言って、ニチ子は透けゆく腕でハナをそっと抱きしめる。


 「また、会えるよね……」


 「……お互い、本当の強さを手にすることがてきたなら、その時は、きっと」


 “今度こそ、花ではなく、友として咲けるように”


 ニチ子はそう願いながら、静かに、光の粒となって消えていった。


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