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アッシュ・ブルーム ~花の魔王と失われた花言葉~  作者: 長月 鳥
第二章 千日紅

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戻れぬ花

 振り下ろされた獄炎剣は、ニチ子の前に飛び出したハナへ襲いかかった。

 「くっ」

 ニチ子は木剣を投げ捨て、咄嗟にハナに覆いかぶさる。


 なぜ、自分がそんな行動を取ったのか……。

 その理由を、ニチ子は瞬きの間に思った。


 ──自分は、ただの花だった。

 喋れない、動けない。生まれ育ち、風に揺れ、やがて朽ちて土に還る存在。

 思考はあっても届かず、想いはあっても形にならなかった。


 それが“生”だと思っていた。

 それが“普通”だと、信じていた。


 だが、ハナに出会った。

 名を呼ばれ、願われ、人としてこの世に在ることを許された。


 自由に動けるようになり、言葉も発せるようになった。

 けれど……最初は、それがどうということでもなかった。

 “自由”なんて、ただ重いだけの枷に感じた。

 どう生きればいいかもわからない。意味も見出せなかった。


 ──それでも。


 人の姿で生きる時間が長くなるほど、心の中に少しずつ何かが芽生えていった。


 剣技への憧れ。

 ハナの優しさと、時折見せる弱さ。

 ヨナへの激しい憎しみ。

 そして……誰かを大切に思う心。


 それらが、すべてハナと出会ってから芽吹いたものだと気づいた瞬間。

 ニチ子の中に、確かな感情があふれ出した。


 ──ハナを、守りたい。

 自分を咲かせてくれたこの少年を、何があっても。


 「なにっ!」

 ヨナは絶句した。

 渾身の力を込めて振り抜いた獄炎剣は、確かにニチ子の頭を捉えたはずだった。

 だが、砕けたのはヨナの剣の方だった。


 剣は半分に折れ、獄炎を纏った剣先がクルクルと宙を舞った。


 「ヨナッ、避けろ!」

 ファザの声が響くまで、ヨナは呆然としていた。

 絶大な信頼を置く魔法剣が砕けたという現実を、まだ理解できずにいた。


 「グハッ……!」

 落ちてきた剣先がヨナの右肩から肘を裂き、悲鳴を上げさせた。

 ファザの声がなければ──命を失っていたのは彼だったかもしれない。


 「エミリー、治癒魔法だ」

 「承知しました」

 道場の隅で呆然としていたエミリーが、ファザの声に反応しヨナへ駆け寄る。


 「ここで待っていてくれ」

 ニチ子はハナの頭に手を当て、静かに立ち上がった。

 「え? なに? どうなったの?」

 ニチ子に守られていたハナは状況がつかめず、傷を負ったヨナの姿を見て愕然とする。

 「今ここで奴にトドメを刺す」

 「ニチ子……何を言っているの?」


 その言葉は届かない。

 手放していた木剣を再び握りしめ、ニチ子はヨナへと駆け出した。


 ──あの男を殺せる。

 自分を育ててくれた、優しい花屋の娘を汚した男。

 花を……散らせた男。


 怒りが、心の底から湧き上がる。

 いや、それは怒りなどという言葉では足りない。

 花だった自分が抱いた、あのときの悔しさ、無力さ……

 ただ咲くだけで何もできなかった、あの無念の全て。


 今なら──動ける。

 剣を振るえる。

 意思を示せる。


 そのことが、ただただ嬉しかった。

 この胸の鼓動が、たまらなく心地良かった。


 「ファイヤーテンペスト!」


 ファザの叫びが響き、全てを焼き尽くす大賢者の魔法がニチ子を包む。

 だが──ニチ子の【不朽】の魔法の前では無力だった。


 「うぉぉぉぉ……ッ!」

 炎を纏いながらも、ニチ子は木剣を振り抜いた。


 「くっ」

 ヨナは左腕に防御魔法を展開し、かろうじて攻撃を防ぐ。


 「お前が……お前さえ居なくなれば……お前がぁ!」


 防御魔法に阻まれても、ニチ子の手は止まらない。

 木剣には自身の魔法効果が宿り、どんな金属よりも硬く強い刃となっている。

 手負いのヨナの魔力が尽きるのは、時間の問題だった。


 「ハナッ、止めさせろ、兄が死ぬぞ!」

 ファザが叫ぶ。

 エミリーはニチ子の鬼神の如き姿に怯え、動けずその場で蹲る。


 「ニ、ニチ子、やめて!」

 ファザの声に、ハナはようやく我を取り戻し叫んだ。

 「ダメだよニチ子。ヨナ兄さんが死んでしまう。お願いだから……もう、お花に戻って!」


 ハナの叫びが響く。

 その声に、ニチ子の動きが一瞬だけ止まった。


 ──シーラは、ハナが願えば花に戻ってくれた。

 自分の魔法は、花を人の姿にし、そしてまた花に戻す魔法。

 そう信じていた。


 けれど……ニチ子は、戻らなかった。


 「ニチ子っ!」

 ハナはその背に抱きつき、涙ながらに訴える。


 「お願いだよニチ子、もう止めて」

 「ハナ、危険だ。下がっていろ」

 ファザの放った魔法の飛び火が、ハナにも届こうとしていた。


 「嫌だっ、どかない!」

 ハナは両手を広げ、ヨナの前に立ちはだかる。


 「邪魔をしないでくれ。これは私の問題だ」

 ニチ子は木剣を振り上げ、ハナを威嚇する。だがその瞳には、わずかな揺らぎが宿っていた。


 「お願いだよニチ子。僕が好きなお花は、誰かを傷つけたりなんかしない。ヨナ兄さんがニチ子に……千日紅の花に、何か酷いことをしたのなら謝るから。僕が一生懸命、お世話して、償うから……!」


 ハナの声が、真っ直ぐに、ニチ子の心を貫いた。


 「ハナ……」


 ──“もっと、きれいに咲けるように頑張るから”


 花屋の娘の言葉が、脳裏に浮かぶ。

 そして、彼女の姿が、いま目の前にいるハナと重なった。


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