再会
パチパチパチ、パチ……。
ハナとニチ子の背後に乾いた拍手が響いた。
「お見事ですね、ハナ兄様」
称賛の言葉とは裏腹に、少女の顔は不機嫌そうに歪んでいた。唇を尖らせ、まるで怒っているようなその顔に、ハナは言葉を失う。
「エミリー……? どうしたの? お母さんは?」
声の主が誰かを確かめると、ハナの瞳が揺れた。
かつてのエミリーは、母のそばを片時も離れたがらない甘えん坊だった。笑顔がよく似合う、無邪気で可愛い妹のままだと、ずっと思っていたのに――。
「今日は一人です、ハナ兄様。お父様がお呼びですので、ご同行願えますか?」
その口調は、まるで他人に向けるものだった。
「お父さんが僕を? どうして……お母さんは、なんて?」
動揺を隠せず、問い返す。
「……チッ。いつまで経っても“お母さん、お母さん”って……うるさいんですよ」
エミリーの吐き捨てるような言葉に、ハナは息を呑んだ。あの優しかった妹が、こんな冷たい声を出すなんて。
「……エミリー」
思わず呼びかけたが、返ってきたのは冷たい命令だった。
「失礼。取り乱しました。さっさと、その大女を連れてきてください。お父様の命令は絶対です。わかりますよね?」
ハナは無意識に頷いていた。父の命令に逆らえないことを、身に沁みて知っているから。
「大丈夫なのか、ハナ?」
そばで聞いていたニチ子が、心配そうに声をかける。
「……大丈夫だよ。エミリーは本当は優しい子なんだ。きっと何かあったんだ……だから、行こう」
ハナの声には、覚悟がにじんでいた。
着いた先は、孤児院からほど近い「天帝流」の剣道場だった。
「ここは……ヨナ兄さんの……」
そう呟いたハナに、ニチ子もつられて顔をしかめる。道場の庭に咲き誇る花々。その美しさとは裏腹に、何かを感じ取ったのだろう。だがハナは、そんな彼女に気づくことなく、道場の神棚の下に座る人物に視線を向けた。
「久しぶりだな、ハナ。ようやく魔法が使えるようになったそうじゃないか。なぜ報告に来ぬ?」
黒ずくめの司祭服に、鋭く整えられた耳。エルフの誇りを体現したような男――ファザ。ハナの実父が、穏やかな口調で問いかけた。
その隣には、白い道着と黒袴を着た男が立つ。オールバックにした青い髪と鋭い眼差し。不敵な笑みを浮かべるその男は、四男・ヨナ。剣帝の名を持ち、道場の師範でもある。
「……」
ハナは返事をせず、視線をエミリーに向けた。しかし、彼女は目を伏せ、黙ったままだった。
「まあいい。今日は祝うべき日だ。お前の魔法の力を私に見せてみよ」
ファザの視線が、ニチ子に向けられる。
「女剣士の具現化か……ふむ、実に興味深い」
その目が、ニチ子の体をなめるように這った。そして一言。
「ヨナよ、値踏みせよ」
ファザは上座に陣取り、片膝を立てあぐらをかいた。
「いいのかい父上? 俺は女でも容赦しないぜ」
ヨナが木剣を手に、笑った。
「構わん。どうせ魔法で作った“まがい物”だ。壊しても、また作ればいい」
「まがい物じゃない!」
「ニチ子は、僕の……大事な友達なんだ!」
ハナの叫びが道場に響いた。
「フハハ、よう言ったなハナ。私に逆らうとは……終わったら再教育してやる。覚悟しておけよ」
ファザの声に、ハナの体が震えた。幼き日の、無力だった記憶が蘇る。
「魔法の女剣士か……どんな味がするかねぇ。俺はデカい女も嫌いじゃねえよ」
ヨナが舌なめずりをする。剣帝の名を持ちながら、裏では「色情魔」とまで囁かれる男。その邪悪さを、ハナは知っていた。
「やめてヨナ兄さん、ニチ子はまだ試合なんて……」
「いいんだ、ハナ」
肩に手が置かれた。振り返ると、ニチ子が穏やかに微笑んでいた。
「私は今――高揚している」
その瞬間、開け放たれた道場の戸口から風が吹き込んだ。
風に揺れる、庭の花壇。その中で――
**“千日紅”**が、風に逆らい、凛と咲き誇っていた。




