第99話 11階層5、黒スライム
12階層への階段のある空洞内の泉の中から黒いスライムの大群が押し寄せてきた。
ケイちゃんの第3射がスライムを射貫き、そのスライムは潰れてしまった。
「スライムが潰れた後の液も踏まない方がいいんじゃないか?」
「そうね」
「ケイちゃんはもう少しスライムが迫ってきたら、矢を持って十分後ろに下がってから矢を射たほうがいいだろう」
「はい」
「それじゃあエリカ、俺たちも行くぞ」
「うん」
何もエリカには言わなかったが、俺とエリカは左右にズレていき、俺は右側から、エリカは左から回り込むようにスライムに向かっていった。
これまでのスライムは粘液を吐き出してから次に粘液を吐き出すまでに間があったので、一度粘液をかわしてから剣の間合いに一気に詰めより剣を突くなり払うだけで仕留められた。なのでそれに倣って、まずは粘液の吐き出し間隔を見極めるため一番俺に近かったスライムに近づいていった。
スライムの大きさは1メートル弱。これまでのスライムと同じなら、5メートル程度粘液の射程がある。吐き出される粘液のスピードがこれまでと変わらないなら2メートルくらいまで接近しても容易にかわせる。
そのつもりで近づいて行ったら7メートルほどの距離でそのスライムから粘液が俺に向かって吐き出された。吐き出された粘液のスピードもかなり速い。
あまり近いとかわせなくなるので余裕を見て3メートルまで接近し、そこで吐き出された粘液をかわして、次の吐き出しまでに決めてしまう。3メートルの距離なら、大きく一歩踏み出して片手で突きを入れれば剣先はスライムに十分届く。
よし。この作戦で何とかなるだろう。
目の前で俺に迫ってくるスライムにこちらから近づいていき次の粘液が飛んできたところで思いっきり踏み込んでレメンゲンを突きだした。レメンゲンの剣先はスライムを捉え、スライムはそこで潰れてしまった。
そのスライムの後ろにいた数匹のスライムから吐き出された粘液が空中を俺に迫ってきていたのでそれらをかわし、次に俺に近寄ってきていたスライムに向かっていき、同じように仕留めてやった。
一度休止していたケイちゃんの射撃も再開したようで、少しずつスライムの数は減ってきている。とはいうもののまだ40匹はいる。
少しずつ後退しながらスライムをたおしていき、10匹ほどたおしたところで、ケイちゃんの矢が尽きたようだ。
スライムの吐き出した粘液を浴びた路面は泡立っているので、今までのスライムなど比較にならないほど強力な毒に違いない。
スライムが潰れて路面に広がった粘液も泡立っている。
とにかく足元にも注意が必要だ。
エリカの方を見ると俺と似たように立ちまわっている。エリカなら丈夫だろう。
このまま一匹ずつたおしていけばスライムをいずれ全滅できる。
俺の方に向かってきているスライムがあと3匹になった。
その一匹が粘液を吐き出したところをかわして突きを入れて後二匹。
そして、もう一匹に突きを入れて、最後の一匹。
ふー。
俺の方は片付いた。
エリカの方は後2匹、……、1匹、……、全部片付いたみたいだ。
俺はレメンゲンの剣身をボロ布できれいに拭いて鞘に納め、ボロ布は捨ててしまった。
エリカも双剣をボロ布で拭いて鞘に納めた。
そのあと、俺たちは粘液に侵されていない路面に集合した。
「エリカにケイちゃん、ご苦労さま」
「数はいたけれど、大したことなかったわね」
「うん。あの粘液を受けてしまえばタダでは済まなかっただろうけどな」
「どんなものでも当たらなければどうということはないじゃない」
どこかで聞いたようなセリフだがその通りではある。
「ケイちゃんの矢は使い果たしたんだよな?」
「はい。射尽くしました」
「回収できるものなら回収したいけれど、ちょっと無理かもしれないな」
俺はそう言いながら、荒立つ路面を避けながらケイちゃんの矢を探したところ、1本見つけることができたが、金属製の矢尻を含めてほとんど溶けていた。
「矢は矢尻ごと溶けてた。全滅だな」
「仕方ないわよ。岩も溶けちゃうんだもの」
「そうですね」
「小島に渡って宝箱を回収したら帰還した方がいいな。岸辺まで行ってみよう。二人とも足元に気を付けて」
「うん」「はい」
岸辺に近づいてみると、泉の水は透き通っていてそれほど深くはないようだ。胸くらいまではありそうだが首まではないかもしれない。
とは言え濡れたいわけでもないし、泉の水が素直に普通の水であるかもわからない以上無理はしない方が良さそうだ。
当初の作戦通り橋をかけてしまおう。
「ねえ、エド、ここそんなに深くないようだから小島まで埋め立ててしまった方がいいんじゃない。なまじ削り出したような岩の橋より安心じゃないかな」
「それもそうだな。岩を沈めた上に道になるように平たい岩を置けば折れにくいだろうし万が一折れても大したことないだろう。
それじゃあ、岩を集めてくる」
空洞の壁まで歩いて行き、50センチ角くらいの岩をどんどん切り出していった。収納キューブ、何でもできるじゃないか。もしかしてモンスターの体から肉を収納できたりして。可能性はあるが売り物になりそうもないのでやめた方がいいだろうな。その代りさっきのスライムには有効だったような気がする。表面を含んで10センチ角くらいで切り出せたらそれだけでスライムは潰れるわけだし、収納の射程はいまのところ20メートル近くあるし。
十分かどうかわからないけれどかなりの数の岩を収納キューブに収納した俺は、エリカたちが立つ岸辺に戻って石材を岸から向こうの小島に向けて排出していった。
50センチでは大きすぎたようでかなりデコボコしてしまった。そして何より、俺の立つところから10メールを越えては石材を排出できなかった。
「これ以上先に石を置けなくなったから先まで行ってみる」
「エド、気を付けてよ」
「うん」
かなり歩きにくいが何とか石材の上を埋め立ての先端まで歩いて行き、そこから小島の岸に向かって石材を排出していった。
全部の石材を使い果たしたところで、小島の岸までつながった。
俺はまたエリカたちの立っている岸辺まで戻ってから、先ほどの石切り場に回り、幅2メートル、長さ3メートル、厚さ50センチで石を切り出していった。大目に10枚切り出してから岸に戻ってそこから埋め立てた岩の上に平たい石材を並べていった。8枚並べたところで小島と岸が繋がった。平たい石材同士のつなぎ目はもちろんがたがただが、しっかり埋め立ての石材の上にのっかっているようでぐらぐらはしていない。
俺が小島の岸に上がったらすぐにエリカたちもやってきた。
「思った以上にしっかりした橋ができたみたいね。さすがはわたしたちのリーダー」
「こんなことができるなんて」
俺はほめられて伸びる男なんだからもっとほめてくれていいのだよ。
「それじゃあ、さっそく宝箱を見てみよう」
今回の宝箱も銅で出来た宝箱だった。常識的にいって銅、銀、金の順に中身がよくなるものだと思うのだが、今まで手に入れたものはそういった順番に関係なく全部銅製の宝箱だったが中身はどれも素晴らしい物だった。つまりはこのダンジョン内の宝箱は全部銅製なのかもしれない。
宝箱の大きさは縦横60センチくらいで高さは20センチ程度。その宝箱は高さ30センチほどの盛り上がった岩の上にのっかっていたから高さがわずか20センチでも遠くから見えたようだ。
「開けるよ」
宝箱の蓋は今までと同じような簡単に開いた。エリカとケイちゃんが首を伸ばして眺める宝箱中には、ガラス製のフタのついた透明のガラス瓶が縦横12個。合計12ダース、144個並んでいた。ガラス瓶の中には液体が入っている。色ははっきり分からないが確かに2色ある。
「エド、これってダンジョンの水薬だよ。エドが里帰りする時にお土産にいいって言ってた水薬だよ」
「不思議です」
ケイちゃんの言う通りホントに不思議だ。
「一人一種類24本ずつで二種類。ということで現物を分けてしまわないか?」
「わたしはそれでいいわよ」
「わたしもそれで」
「一応俺が宝箱ごとキューブに預かっておくから売りたい時とか必要な時は言ってくれ」
「分かった。でもこれから何かあるか分からないからわたしは売らないかな」
「わたしも取っておきます」
「俺は、実家へのお土産に何本か持っていくけど、俺も売らないかな」
「それで階段下りてみる?」
「ケイちゃんの矢も底を突いたことだし、今日は止めておこう」
「そうね」
「今の時間はおそらく1時過ぎだから、もう少し休憩したら引き返そう」
「いつも思うんだけど、エドの時間て正確よね。太陽も何もないダンジョンの中なのにすごく不思議」
「わたしもそれ思っていました」
「実は俺も」
「エドがそれ言ったらおかしいじゃない」
「でもほんとだから」
「そんなのもレメンゲンの力なのかな? わたしは今の時間なんか全然分からないんだけど」
「わたしも全然です」
「レメンゲンは俺だけで十分だと思って、みんなの能力を上げるのを渋っているのかもしれないし」
「そんなのあるのかなー」
「理由は分からないけどな」
下り階段のある小島で小休止をとった俺たちはギルドへの帰還の途に就いた。ギルドへの帰還予定時刻は午後6時。今日は買取に出す獲物はないので帰り着いたらすぐに反省会だ。