第87話 11階層2
イノシシを仕留め血抜きをして収納キューブに収納した。
ケイちゃんの新しい矢筒についての効能は依然として不明だ。
イノシシの額に突き刺さっていた矢を抜いたら拍子抜けするくらい簡単に抜けたのだが、矢筒の効用なのか偶然なのかは今のところ不明だ。
探索を再開した俺たちはさらに進んでいき、本道らしき坑道に出た。
そこから本道を少し進み、空いていた側道の入り口に入っていった。
側道に入り、しばらく進んでいたらまた前方にモンスターの気配を感じた。
俺やエリカが何かの気配を感じた時にはケイちゃんは既に視認しているので、俺とエリカが剣を構えたころには矢が放たれている。
今回もちゃんと俺とエリカの真ん中、すなわち坑道の真ん中を矢が飛んでいった。
今回の獲物は鹿だった。その鹿だが、牛ほどの大きさがあり、異様に角が発達していた。ヘラジカほどは大きくないのだろうが、先ほどのイノシシの数倍はある。ヘラジカの一種かもしれない。
そのヘラジカもどきもケイちゃんの額への矢の一撃でたおされたわけなのだが、もしかして、ケイちゃんの矢に即死属性が付いている?
そういった属性が付いているのかいないのか、小説的鑑定スキルなどないので確かめるすべはない。
前回と同じく俺がヘラジカもどきの額から矢を引き抜いたのだが、今回も前回同様簡単に引っこ抜けた。これは偶然じゃないような気が強くする。
あと数回同じことが繰り返されれば確定だな。
それはそうと、このヘラジカもどき、大きすぎて処理するのは大変そうだ。
「これは大変そうだな。とりあえず角が邪魔だから頭を落として、それで血が流れ出るのを待つか」
「そうね。わたしたちの力じゃ動かせそうにないものね」
「一度収納してから、壁際に首が下になるように出してやればいいかも知れません」
「確かに。キューブから出すとき位置も決められるし方向も決められるからできそうだ。
その前に、首を落としてしまおう」
俺はレメンゲンを引き抜き2回振り下ろしてヘラジカもどきの首を落とした。首からも血が流れ出るので首はそのままにして、胴体を一度収納してから切断された首の切り口を下にして坑道の壁に寄りかかるよう排出した。
収納キューブを使った作業は思った以上に簡単だった。これからの荷役作業はこの方式だな。
ヘラジカもどきの頭と胴体どちらの切り口からも5分ほどで血が出なくなったので、二つともキューブに収めた。
探索を再開した俺たちはしばらく進んだところで、今度は群生した赤鬼ダケを見つけた。
50個くらい壁際にわらわらと生えていたので、傘がちゃんと開いたものを収納しておいた。
さらにその先で今度は青いジェムを見つけた。新階層は宝の山だ。
「この階層は怖いほど儲かりそうだな」
「儲かる時に儲けるのが商売の鉄則だって父さんが言ってたから、張り切って行きましょ」
「その通りだな」
「頑張りましょう」
探索を再開して20分。今度遭遇したのはオオカミ5匹。一匹一匹上の階層のオオカミと比べて一回りから二回り大きかった。ケイちゃんが2匹、エリカが2匹、俺が1匹たおしている。
かなり大きなオオカミだったが今回もケイちゃんは1匹に1本でたおしていた。新しい矢筒に代えてから今のところ100パーセント1本の矢でモンスターをたおしている。さすがに即死属性といっても確実に即死が発動するわけではないだろうが、新しい矢筒はその中に入れた矢に即死属性を付与する可能性が強まった。
そのことをケイちゃんに話そうか迷ったのだが、確証があるわけでもないし即死属性付与とかラノベ的な言葉を言ったところで伝わらないだろうと思って黙っておいた。
俺は黙っていたのだがケイちゃんが自分から新しい筒のことを話し始めた。
「どうもこの筒に代えてから、矢の威力が増したような気がするんです。それと、矢羽根が少し傷んでそろそろ修理に出した方がいいかなと思っていた矢が見つからないんです」
「威力は分かったけど、修理したい矢がなくなったとは?」
「えーと、矢羽根が勝手に揃って新品同様になってしまったような気がするんです。今矢筒に入っているどの矢も矢羽根が新品みたいになってるんです。あと、矢尻の方もわずかな汚れも無くなっているし、先端もみな新品同様鋭くなっているみたいです」
「なるほど。矢を直してくれる効果があるってことか」
「そうみたいです」
「それってすごくない?」
「すごいと思うよ」
このところケイちゃんの放った矢が折れることがほとんどなくなってきているのですぐには試せないけれど、折れてはいるけれどまだつながっている矢が直るかどうかだな。野外だと的を外せば矢を回収できなくなることはあるだろうが、もしそれが直るようならダンジョンにいる限り矢を消耗することはなさそうだ。
たおした5匹のオオカミだが、オオカミは買い取ってもらえないので、いつも通り死骸はエリカと二人がかりで坑道の隅に運んでおいた。ケイちゃんも手伝うと言っていたのだが、こういうのは俺とエリカでするからと言ってそれは断った。
「戦っている時はそこまで気にならなかったけれど、こうやって運ぶとなると大きいわね」
「そうだな。俺たちの剣で切り飛ばせば一撃で決まるのは当然だけど、あの細い矢が刺さっただけでたおしちゃうっていうのも不思議だよな」
即死属性というのも言葉では分かるが、仕組み的には急所に命中するってことなのかもしれない。
「そう言われれば。ケイちゃんの矢が急所に全部命中してたって事なんでしょうけど、わたしじゃどこにそういった急所があるのか分からないもの」
「俺もエリカといっしょだよ。だからとりあえず首を落とそうってなってる」
「わたしもそれ」
「だよな」
実際、モンスターの解剖学的知見があればずいぶん楽になると思うんだけど。ただ、ある程度の技量がないと知見もへったくれもなけどな。ダンジョンワーカーの裾野が広がれば将来的にはそういったことを教える場所があってもいいかもしれない。ただ、ヨーネフリッツ国内のダンジョンはここサクラダダンジョンだけなので、そこまでダンジョンワーカーの数は増えないんだろう。
「それでケイちゃん、モンスターの急所ってわかるものなの?」
「うーん。なんというか、的を狙って弓を引いていると、ここに射込めばいいってなんとなくわかるんです。その先はウサツの力だと想うんですけど、狙ったところに矢が飛んで行くんです」
「なるほど」
ケイちゃんは的の急所を見抜く力を元々持っていたのか。その辺りはエルフの血ってことかも知れない。
「つまり才能って事ね」
エリカの言う通りだ。
「俺はレメンゲンの力でいろんな能力は底上げされてるけどそれは才能じゃないしな」
「わたしも」
「エリカは剣の才能あると思うよ。少なくとも俺よりは」
「えー、そうなの? 初めて聞いた」
「いや、嘘じゃなくて。俺なんかただ振り回してるだけだもの」
「ほめてくれても何も出ないけど、ありがとう。って言っといてあげるね」
「それだけで十分だから。
さて、それそろ行くか」
そこから夕方までそれなりの成果を上げて、いい時間に野営の場所として側道の行き止まりを見つけることができた。今いる階層は11階層だから他のダンジョンワーカーに遭遇する可能性はまずないけれど、何となく行き止まり手前だと落ちつくのは確か。おれたちはそこで装備を緩め野営と食事の準備を始めた。