第80話 7階層2
リンゴを食べ終え、お皿とテーブルを片付けたら、わずかにスープとリンゴの匂いが漂うだけの状態になった。ただし、坑道の隅には水を撒いたあとと残飯の小山は残っている。
しばらく3人で側道の壁を背にして座り食後の休憩していたら、本坑道の方から何かの気配が近づいてきた。側道から本坑道をのぞくとランタンの明かりが4つ揺れているのが見えた。
「ダンジョンワーカーがやって来る」
「危ないところだったわね」
「運がよかったですね」
「俺たちもそろそろ出発の準備をしようか」
「「はい」」
俺たちが外していた防具を身に着けていたら、全員リュックをパンパンに膨らませた男4人のダンジョンワーカーが通り過ぎていった。
その中で一人だけ鼻から思い切り息をしていたダンジョンワーカーがいたが何も言わず通り過ぎていった。彼らの横顔を見たが、いつぞや雄鶏亭で、7階層で稼いでいると言っていたダンジョンワーカーたちとは違っていた。
「何も言われなかったね」
「リンゴが効いたのかな?」
「きっとそうよ」
とにかくこれで一安心だが、これからもこんなラッキーが続くか分からない。
「要するに、ぶっちぎりで最前線に立てばいいってことじゃない? そうすれば他のダンジョンワーカーはやってこないし」
「それはそうだ。そういえば、どうして今10階層が最前線なんだろう? さっさと11階層に行けばいいんじゃないか?」
「階段前のモンスターをたおせないんじゃない」
「どういうこと?」
「特別に強いモンスターが階段前に居座っているのよ。そいつをたおせない限り下へはいけないの」
俺の読んだことのあるweb小説にもそんな設定があったな。月並みではあるが、適当に考えたことが実は現実だったってこともあるだろうし。
「ということは俺たちがそいつをたおしてしまえば、俺たちがトップチームってことじゃないか?」
「そうなんじゃない?」
「狙うんですか?」
「そのうちには必ず」
「うん。絶対わたしたちでたおそ!」
「そうですね」
俺たちの午後からの探索アンド地図描きは、先ほどのダンジョンワーカーたちがやってきた方向なので準備を終えた俺たちは先ほどのダンジョンワーカーたちと離れていく方向に歩き出した。
途中1回小休止をとっただけでだいたい目安で6時まで探索アンド地図描きを続けた。
野営地は昼食の時と同じ感じの側道で、昼食時と同じ感じで店開きした。スープはまだたくさん残っているので、夕食の用意をしている間にスライスしておいたブタ肉を取り出し、塩コショウしてあらかじめ熱くしていたフライパンに並べ、フライパンの空いたところにはブロッコリーとズッキーニを切ったものを並べ蓋をしておいた。野菜には火が通りやすいように油を垂らしている。
焼き上がった肉と温野菜を平皿に盛ったら、キャベツの漬物を添えるつもりだ。
いい匂いが漂ってきたところで、蓋をとり中の様子を見たところ、下の面は良い感じに焼けているようだ。
トングで肉も野菜もひっくり返して蓋をしてよく焼く。
豚肉なのでしっかり火を通した方がいいだろうと思い、少し長めに焼き、トングで裏返して焼き加減を見たらいい具合に焦げ目もできていた。そろそろいいみたいだ。
フライパンで肉と野菜を焼いている間、オレンジを取り出して食べやすいようにカットして深皿に盛っておいた。オレンジに包丁を入れたらいい匂いが漂って、肉を焼く匂いもかなり薄まった。エリカがそのオレンジをじっと見ていたが無視して収納キューブにしまっておいた。
平皿に豚肉と温野菜を盛り付け、空いたところにキャベツの漬物を盛っておいた。キャベツの漬物のちょっとすっぱい感じがいいアクセントになるはず。数回料理しただけなのになんかわかってきたような気がし始めた。
空になったフライパンを加熱板から外してその上に昼作ったスープが入った鍋を置いた。スープ自体はまだ十分熱いようだが加熱板を『弱』にして加熱しておき、スープ用のマグカップによそった。最後に昼の残りのスライスしたパンを載せた皿をテーブルの上に出して準備終了。
「なんだか、見る見るうちにエドの料理の腕前が上がってきたわよね」
「そうですね」
「そうかい?」
澄ました風に答えたけれども、自分でもそんな気がしている。
「それじゃ食べよう」
……。
「おいしいね」
「幸せですね」
……。
「もう、お腹いっぱい」
「わたしも」
「オレンジあるけど食べない?」
「食べる!」
「わたしも」
手で摘まんで食べやすいように切ったオレンジを盛った皿をテーブルの上に出し、3人でオレンジの果汁を飛ばしながら食べていたらすっかり料理の匂いはなくなって辺りはオレンジの匂いに充たされてしまった。すごくいい匂いなんだけど、すごく目立つよな。
モンスターの嗅覚がどうなっているのか知らないけれど、少なくともこの匂いはかぎ分けられるだろう。今夜の不寝番は気を引きしめた方が良さそうだ。
鍋を見たら明日の朝の分のスープがまだ残っていたので、明日の朝は楽だ。明日の朝はお茶を淹れてもいいな。そういえばこの世界でのお茶は見た目は紅茶だが、厳密にはお茶ではなく煎じ薬のようなものだ。ちょっと高級なお茶だと、ポットに入れてしばらくおくだけでいいが、安物のお茶はヤカンに入れてしばらく沸騰させて煮出さないといけない。今回買ったのはポットで十分なちょっと高級なお茶だ。
フライパンを洗って全部片づけ終わったところで時刻はおそらく午後7時半。
今回の不寝番の順はケイちゃん、俺、エリカ。リーダーである俺は不動の2番打者なのだ。
俺が料理している間にエリカとケイちゃんで俺の分も含めていつものように毛布を敷いてくれている。枕代わりのクッションも置かれていたので、さっそく毛布に横になった。
まだ一度も試していなかったクッション枕は思いのほか後頭部になじみ魔力操作をしないでも気持ちよく眠ることができた。睡眠の質がワンランクアップしたわけだ。
そんなこんなで初日を終え二日目に入った。
収納キューブがあるおかげで、リュックの中に仕留めたモンスターを入れなくてすむ。背負ったリュックは3人とも萎んだまま。足取りも軽い。
7階層にはそれなりの数のダンジョンワーカーがいそうだが、モンスターとの遭遇頻度は高めだった。そういう意味ではおいしい階層なのだろう。
俺は画板を駅弁スタイルで下げている関係で、ほとんど戦闘に参加していないが、モンスターの最大同時出現数も4体となっているので、エリカの出番が増えている。
俺から見てもエリカの剣さばきは鋭い。俺との違いは、スピードはエリカ、一撃の重さは俺といったところだと思う。
2日目も何度かダンジョンワーカーに出会ったが運よく食事中に遭遇することはなかった。面倒ごとから逃れられているのもレメンゲンの力が働いているのかもしれない。
なにか普通じゃないことが起こる。普通のことが起こらない。全てレメンゲンの力が働いているような気がしてならないんだよな。
あと、俺の左手の謎の指輪。何の意味があるのかいまだに不明だ。実際のところは分からないが俺の自覚としては実害もなければ実益もない。
俺はいつだって必要以上にピンピンしているので知らぬ間に俺の精気を吸い取っているというわけでもなさそうだ。
黒くなった表面を何回かボロ布で磨いてみたんだけど黒味は取れなかった。逆に今ではかなり黒くなっている。どうも黒味は銀の錆ではないようだ。つまり、銀の指輪ではなかったということだ。
そして3日目。
午前中、やや早めに切り上げ昼食を摂った。
午後からはギルドへ帰還だ。
来た時と同じように休憩をとらず1階層まで歩き続け、一度本坑道から外れて側道に入りそこで収納キューブに入れていたモンスターの死骸やキノコをリュックに詰め替えた。
ケイちゃんのリュックにまで詰めたのだが、予想通りだいぶ余ってしまった。この調子だとどんどんキューブの中に溜まってしまうので、休みの日に何回か1階層に入り、リュックに詰めて買い取ってもらうしかないだろう。