第79話 7階層
無事に実家に手紙を出し終えた俺はギルドの3階にある部屋に戻って、今度はケイちゃんの真似をして洗濯することにした。
ケイちゃんが言っていたようにできる時にできることをする。これは大事だ。後々に延ばしてしまうとその分気にかかってしまい気持ちが上向かない。すぐに済ませてしまえばその後は自由に羽ばたける。この差は大きい。
夏休みの宿題がいい例だよな。
もう50年以上前のことだが、中学1年の時夏休みが始まる前に宿題を終わらせた俺は夏休みを心置きなく遊びたおした。その結果、9月に入った新学期、アルファベットの筆記体で書けない文字があった。あれには俺も驚いた。今となってはほろ苦い思い出だ。それはそうと、いい例ではなかったかも?
桶に洗濯物を入れて水場に行ったものの、残念ながらケイちゃんはいなかった。代わりにいたのは男ばかり3人だった。その3人からすれば鬱陶しい男がやって来たと思ったであろうことは容易に想像できる。
そんなわけで、俺は黙って洗濯して、黙って帰っていった。
その日の夕食も結局反省会のようなものだったが、正式な反省会ではないので費用は各自持ちだ。
そして翌日。
雄鶏亭で朝食を食べ、一度部屋に戻って支度を整えた俺たちは1階の渦の横に集合し、俺を先頭に渦の中に入っていった。
ランタンは渦の前で点けていたので、渦を抜けた俺たちは立ち止まることなく2階層への階段に向かって行った。
2階層、3階層と順に下っていき、とうとう6階層からの階段下、7階層の空洞に到着した。
7階層といっても上の階層と全くといっていいほど変化がない。いきなりここに放り出されたらここが7階層であると絶対に分からないと思う。
階段下から空洞の隅に移動して、そこで小休止し水を飲んだり干しブドウを食べたりした。
渦をくぐって約3時間歩き詰めで、ちょっと強行軍だったが、エリカもケイちゃんも平気だったようで、二人でたわいのない話をして寛いでいる。
10分ほどで小休止を終え、装備を整えた俺はその上に地図用の画板と紙と筆を用意して今いる空洞を大まかに描き込んだ。これが7階層の地図の原点に相当する。
準備を整え終えた二人に向かって。
「それでは7階層の探索を始めようか」
「「はい」」
今の時刻はだいたい10時。今日の午前中の探索アンド地図作成は2時間ということになる。
今回の2泊3日のダンジョンアタックでは本坑道を中心に探索を進める予定なので、おそらく坑道の突き当りに出くわす回数は少ないだろう。従って側道への入り口あたりか、本坑道の真ん中にテーブルを出して店開きすることになる。よそのダンジョンワーカーが通りかからないことを願うばかりだ。
昼までの2時間の間に、キノコ数本を採集し、大ムカデ1匹と大ネズミ3匹をたおして収納キューブに入れた。その他オオカミを3匹たおしたが、それは坑道の脇に投げ捨てている。ほとんどケイちゃんがモンスターをたおしてしまうので、もう少しまとまってモンスターが出てきてくれないと、俺とエリカ、俺は地図描きでそれなりだけれど、エリカは手持無沙汰になってしまう。7階層でも俺たちは過剰戦力のようだ。
この2時間で他のダンジョンワーカーには出会っていない。そういえばいつぞやの親切なベテランダンジョンワーカーの4人はこの階層で稼いでいると言っていたので案外出会ったりして。
「ここらで、昼にしようか。
スープとパンでいいかい?」
「いいよ」「はい」
本坑道から側道に入って10メートルほどの場所で昼休憩に入った。
装備を緩め、リュックを坑道の壁に沿って置き、その横に昨日家具屋で買ったテーブルを置いた。
路面の上の直置きだったのでテーブルの脚が2本立ちしてガタガタする。
「何か詰め物を足の下に入れたいんだが何かないかな?」
「ボロ布を畳んで突っ込めばいいんじゃない」
エリカが言った通り畳んだボロ布を脚の下に突っ込んだらうまく安定してくれた。
結構大きなテーブルなので使い勝手がよく、料理道具や食材を並べていってもかなり余裕がある。
水洗い用の桶二つに水筒から水を入れておき、残飯用の桶はテーブルの上に置き、野菜をむいた皮をその中に入れる。
「野菜スープの出汁は肉がいい? 魚がいい?」
「魚がいい」
「わたしも」
前回魚のスープはおいしかったものな。
イモとニンジンとタマネギをキューブから取り出してテーブルの上の並べた。イモとニンジンはケイちゃんが二つの桶を使って2度水洗いしてくれ、タマネギの薄皮はエリカがむいてくれた。
俺はケイちゃんが洗った野菜の皮を適当にむき、でき上りを適当な大きさに切って加熱板の上に置いた大鍋に入れていく。薄皮をむいたタマネギも同じようにざっくり切って鍋の中に。最後に干し魚を適当に折って大鍋の中に入れて水筒から水をひたひたになるまで入れる。
加熱板の火加減は『強』だ。
一連の作業が標準化されたようで、かなり手際が良くなった。
鍋が沸騰するまで塊パンをスライスしたり、夕食用にブタ肉をスライスしたりしておいた。フタ付きのタッパーがあれば便利だと思ったので、今度似たようなものがないか雑貨屋に行ってみよう。今までみたことはないから、多分無理だろうとは思う。
鍋が沸騰してきたところで灰汁を取り、味見をした。
オーケー。
加熱板の火力を『弱』に。
食後のデザート用にリンゴの皮をむいておいた。生前こんな芸当はできなかったが今は簡単だった。
3個リンゴをむいて各々8等分にして3枚の深皿にとって、物欲しそうな顔をしているエリカを無視してキューブに収納しておいた。リンゴは食後のデザートだからね。わざわざ言わなかったけど。
それはそうと、こういったものを入れるのにボウルも欲しいな。必要な物がどんどん出てくる。いいことだ。
スープも10分ほど煮込んでいい線でき上った。火がちゃんと通っているか、フォークで突いてみたらいいみたいだった。ホントは菜箸で突いてみたいがそういったものを売っていないんだよなー。今度自分で木を削って作るか。
スープ用に買った大マグカップにスープをよそって並べ、スライスしたパンは平皿に盛ってテーブルの上に置いた。
「それじゃあ、食べよう」
「おいしそー」「ほんとに」
椅子はないので立ち食いだが、特に問題はないようだ。というか、平たいテーブルにいつでもマグカップを置けるので地面に座って食べるよりよほど楽だった。これも、ノウハウだよな。
「しかし、俺たち、こんなところでこんなことをしているけど、他のダンジョンワーカーが俺たちを見たらどう思うかな?」
「普通は驚くんじゃない?」
「そうですよね」
「驚くくらいならいいんだけど、根掘り葉掘り聞かれるんじゃないか? 水はどうした? 火はどうした? って」
「聞くよね」
「聞きますね」
「ダンジョンで見つけたアイテム使ってます。って、言えないよな?」
「言えないわね」
「そうですね」
「スープのお代わりして、それで鍋とかテーブルは収納してしまおう。そうすればここで料理してたとは思わないハズ」
「でも、この辺り、スープのいい匂いが立ち込めてるわよ」
「うーん。やっぱり隠し切れないよな」
「そうかもしれませんね」
「誰にも遭わないことを祈るしかないってことか。時間の問題だよな」
「困ったわね。そうは言ってもこんなにおいしい物を止められないし」
「とにかく食べたら早めに片付けるしかないな」
「そうね」
「だからと言って急いで食べなくてもいいからな」
「うん」「はい」
それでも早めに昼食を終えたところでいったんテーブルの上や周辺をすっかり片付けテーブルだけ残し、改めてデザートとして皿に盛ったリンゴをテーブルの上に置いた。
「リンゴならダンジョンに普通に持って入れるから問題ないね」
「そうですね」
「このリンゴの匂いで、スープの匂いが消えればいいよな」
「エドはそこまで考えてたの?」
「いや、全然。たまたまリンゴがいい匂いだから思いついただけだ」
「でも、そうならオレンジの方がいいかもよ」
「そうだな。夕食の後はオレンジにしよう」
3人でリンゴを摘まんでいたらいつの間にかお皿のリンゴはなくなっていた。