第78話 手紙と通信事情
家具屋からいつもの雑貨屋に行く途中、俺たちのあとをつけてきた二人組は、あのケストナー伯爵家の息子の差し金で俺のレメンゲンを狙っていたようだ。
なんなく二人を撃退し、ケストナー某の居場所は突き止めたが、相手は貴族。押しかけるわけにもいかなかったので放置するしかなかった。
「気を取り直して雑貨屋に行こう」
「そうね。今の騒動で、わたしたち何していたのか忘れるところだったわ」
「わたしもです」
いつもの雑貨屋に到着した俺たちは文房具売り場に回った。
そこで封筒と手紙用の紙とペンとインクをカゴに入れた。インクはちゃんと黒だったが、残念なことに便箋は青くなかった。俺の方が悲しい。
冗談はさておき。
ケイちゃんも俺と同じものをカゴに入れたようだ。
地図用の紙も少なくなってきていたので、5枚ほどカゴに入れておいた。手紙関係は個人の支出だが、こっちはチームの財布から支出することになる。店の人にすれば面倒な話だが、そこはキッチリしないとな。
「何か面白そうなものはないかなー?」
「ダンジョンの中で役立つものといえば、エドが昨日たいていのものを買っちゃったっていうし、もう何もないかもしれません」
「収納キューブだけど、まだまだたくさん入るみたいだから、遠慮はいらないから」
「そー言われても」
「なかなか思いつけません」
「料理時間を短縮できればいいと思うんだけど何か良い手はないかな?」
「そうねー。そういえば収納キューブに入れてたら温かいままだったじゃない。
ということは、外でたくさん作ってダンジョンの中に持ち込めばいいってことじゃないかな?」
「そういえばそうだな。なにも不便なダンジョンの中で料理する必要ないものな」
「そうなると、料理する場所が必要になりますよ」
「まさか街中で店開きできないものな」
「どこか人のいない郊外で料理を大量に作るとか?」
「いっそのこと家を借りるとか?」
「それいいかも」
「家を借りるとなると俺たちの稼ぎだと厳しくないか? もう少し稼げるようになってからだろ」
「確かにそうね。でも井戸と台所さえあればいいわけよね。最悪井戸がなくても水筒があるし」
「それより、どこかの食堂に頼んで作ってもらうのはどうでしょう?」
「それいいかも。大鍋でスープとかシチューとかあればすごく便利だものね」
「問題は収納キューブに入れるタイミングだよな」
「そうよねー。人前でできないものね」
「ですよね」
「今のところはこれまで通り。将来的には家を借りる。でどうだ?」
「それしかないか」
「そうですね」
「明日から2泊3日で潜るとしても、食料は十分だし、買うものもないようだからギルドに帰ろうか」
「そうね」「そうですね」
買い物カゴに入れていた商品を持ってカウンターに行き、精算してもらった商品は各自のリュックに入れた。
ギルドに帰った俺たちは昼一緒に食べようという約束をして部屋の前で別れた。
部屋に戻った俺は荷物の整理をした後、さっそくうちへの手紙を書き始めた。
内容は、元気にやっていることと、借金返済の目途が立ったこと。それにうちに帰るのはあと1年くらい先にしたいこと。それだけを簡単に書いただけだ。エリカのことや、ケイちゃんのことは書いていないし、ダンジョンの中でのことは何も書いていない。そういうのは帰ってからの土産話でいいだろう。
あて先は、ロジナ村に一番近い駅舎で、あて名はロジナ村のカール・ライネッケ。
サクラダの駅舎に持っていってしかるべき料金を払えば、5、6日で向こうの駅舎に届けられ、駅舎に訪れたロジナ村の当番が手紙を預かってうちに届けてくれる。けっこうよくできたシステムだ。ただこのシステムはヨルマン辺境伯領に限ったもので、ヨーネフリッツ王国内であっても領外への通信は荷馬車などの移動に頼っているためかなりの時間が必要になる。そのため急用がある場合は専用の馬車や馬を仕立てることになるらしい。もちろんそんなことができるのは貴族や大商人に限られる。
他国との通信も似たようなものらしいが、神聖教会は独自の通信網をインターナショナルに持っているという話だった。金がある=信者からそうとう金を集めている。ということだと思う。文字通り信じる者が多ければ多いほど儲けられるシステムを確立しているのだろう。うらやましいものだ。
手紙を書き終えて封筒に入れたものの、封筒に封をするノリがないことに気が付いた。
下の受付のエルマンさんに頭を下げれば貸してもらえるだろうと思って封筒は胴着の内ポケットに入れておいた。
そうこうしていたら昼の鐘が鳴り始めたので、部屋を出たらエリカとケイちゃんが部屋を出たところだった。
いつものように3人で1階に下りていき、雄鶏亭で昼の定食と飲み物を頼んだ。
「エドは昼からどうするの?」
「さっき手紙を書き終えたから、駅舎に行って出してくる」
「もう書いちゃったの?」
「すごく簡単に書いたから。詳しいことはそのうち、うちに帰ってからの土産話でいいから」
「それもそうね。
ケイちゃんは?」
「わたしは昼から洗濯かな。そんなに汚れ物は溜まっていないけど、できる時にやってたほうが落ち着くから」
「二人とも偉いなー」
「エリカはなにするの?」
「特に予定はないから、だらだらするくらいかな。そう考えるとわたしの場合ダンジョンの中にいる方が時間が潰れていいカモね」
「そうなってくると、完全なダンジョンワーカーだな」
「明日から7階層に行くわけだからわたしたちももう立派なベテランじゃない?」
「それもそうか」
「だけど、ほんとにあれよあれよといううちに7階層ですものね。エドの誘いに乗ってダンジョンワーカーに成ってホントに良かった」
「そう言ってくれると俺もうれしいよ」
「ホントよね」
なぜかエリカまで誇らしそうにしてるのだが。まあいいけど。
食事を終えた俺は封筒に封をするノリを貸してもらうため窓口に行ってエルマンさんに貸してもらった。
かなり図々しいお願いだと自覚してお願いしたところ、心の中でエルマンさんが何を思っていたのかはもちろんわからないが笑顔でノリを貸してもらえた。
そのノリで封筒に封をして駅舎まで行ったら、駅舎の窓口にちゃんとノリが置いてあった。親切だな。
手紙の料金は手紙を届ける駅舎までに通過する大きな駅の数+1に相当する大銅貨に受付料の大銅貨1枚を加えることで計算する。ロジナ村に一番近い駅舎までの大きな駅舎はディアナだけなので距離分として大銅貨2枚。それに受け付け料の大銅貨1枚を加えて大銅貨3枚になる。
銅貨1枚50円とすると大銅貨3枚は銅貨15枚なので750円になる。日本人の感覚からすると結構高い。しかし、乗合馬車でえっちらおっちら運ぶことを考えれば妥当な値段なのだろう。
今回は、井上陽水『心もよう』