第73話 6階層最終アタック、料理
思いついたものは全部買うことができた。ロジナ村ではそうはいかないのだが、さすがは大都会。2時間半もかからずこれだけのものが全部買えたとは驚きだ。
時刻はまだ11時前。場所は商店街のパン屋の前。
「昼まで時間があるけどどうする?」
「思っていた以上に早く物が揃っちゃったものね」
「そうですね」
「俺の村じゃそう簡単に物なんか揃わないんだけどれどさすがはサクラダだな」
「わたしの村なら1カ月以上かかったかもしれません。なにせうちの村には店はないから行商の馬車が来て注文しないといけないから」
「わたしのオストリンデンだったら、ここと変わらないわよ。だって大都会だから」
いやまー、エリカの気持ちも分かるけどね。
「オストリンデンはいいけれど、これからどうする?」
「帰るしかないか」
「そうですね」
「ゆっくり歩いてれば時間もかかるし、荷物を整理したりしたら昼になるだろうからギルドに戻ろう」
「そうね」
「はい」
ギルドが本当に生活の基盤になってるよな。その気になればギルドから出ずに過ごせるし、何か必要な物があればギルドから歩いて5分の雑貨屋に行けば済む。理想の職住近接だ。
生前この環境があったら俺はもっと長生きできていたような気がするが、今の生活は向こうの生活より何倍も充実しているのは確かだから、職住分離で満員の通勤電車に長時間揺られて不規則な生活をしていたことが反って良かったかも?
ギルドに帰って、部屋の前で12時の鐘が鳴ったら下に下りようと約束して二人と別れた。部屋に戻った俺はリュックを下ろし、剣帯も外して少し寛いだ後、リュックの中身を収納キューブに移していった。収納にも慣れたようで、作業はすぐに終わってしまった。
そのあとはいつも通りベッドに腰を下ろして、床に足を付けたままベッドに横になって時間調整した。
そうやって横になっていたらようやく街の鐘が鳴り始めたので起き上がって部屋を出たら、エリカとケイちゃんも部屋を出てきた。
3人そろって1階に下りていき、いつもの4人席に3人で座って昼の定食と飲み物を頼んだ。
飲み物は俺とケイちゃんは薄めたブドウ酒でエリカは薄めていないブドウ酒だった。代金は各自で払っている。
「野営する場所はやっぱり坑道の行き止まりを探した方がいいよな。坑道の真ん中で料理するのもなんか変だし」
「確かにそれは言えるわね。場所を探すのに少々時間がかかっても仕方ないんじゃない?」
「それでいいんじゃないですか」
「分かった。新しい階層を調べる時はなるべくいい時間に行き止まりが見つかりそうな坑道を探しながら行ってみるよ。
だけど、地図がある程度出来上がっていないと難しいからあまり期待しないでくれよ」
「誰もそんなことでエドに文句なんか言わないわよ」
「その通りです」
仲間に信頼されているということはありがたいと同時に責任を感じるけど、俺の場合その責任を重圧とは感じない。人は自分のやれること以上のことはできないけれど、自分のやれることをきっちりやっていれば自ずと結果はついてくる。そう思っていれば責任を重圧と感じる必要はなくなる。逆に責任をやりがいと思えるようになる。そういうものだ。
その日の午後からは自由時間としたところ、エリカとケイちゃんは二人で芝居を見にいくと言っていた。俺も誘われたが遠慮した。俺は昼から溜まった下着の洗濯だな。
翌日。
朝食を終えて部屋に戻り、出撃準備をして部屋を出たらエリカとケイちゃんが俺の部屋の前で待っていてくれたので、そろって1階まで下りていき俺を先頭にして順番に渦をくぐった。
渦から階段下の6階層の空洞まで2時間半。休まず歩きとおして階段下から少し移動して小休止した。
「水飲む?」
「飲む」
「いただきます」
昨日買った木製のマグカップを収納キューブから取り出し、エリカとケイちゃんに渡して水筒から水を注いだ。
俺もカップを取り出し、エリカに持ってもらって水筒から水を注いだ。
飲んでみたところ、味はないが少し冷たい感じがした。もちろん水袋特有の革臭さなど付いていない。これはいい。
「いいねこれ」
「おいしいです」
マグカップは各自で持っておこうということになったので、各自自分のリュックのポケットに入れた。
小休止を終えた俺たちは準備を整え6階層探索を開始した。時刻はおそらく9時半。これから昼休憩までの2時間半、画板上の地図を見ながら描きながら、主に未探索の側道探索を行なうことになる。
昼休憩までに遭遇したモンスターは、ケイちゃんが弓矢で瞬殺してしまったので、後片付けだけだ。血の出るモンスターなら血抜きは必要だけどそれほど手間ではないし、それ以外ならそのまま収納キューブに直行なので面倒なリュックへの押し込みがなくなって捗る捗る。
6階層の地図も完成に近くなってきている関係で、昼近くにうまい具合に側道の行き止まりを見つけた。
行き止まりの岩壁の先には坑道があってお宝が見つかる可能性があるのだが、これまでお宝が見つかった坑道の行き止まりでは全てなにがしかの鉱石で覆われていたので、それが目印と考えてもいいだろう。
いま俺たちがいる側道の奥の行き止まりの岩壁は周囲の岩と全く区別できないのでこの先には何もないと思う。
これまでは手では掘れなかった関係で見逃していたのだが、試しに収納キューブを使って直径10センチ深さ10メートルでボーリングしてみることにした。
岩壁にはきれいな孔が空いた。収納キューブから今収納したボーリングのコアを取り出したきれいな10メートルの円筒が路面に出現した。坑道の先には岩しかないと思って良さそうだ。
坑道の先には何もないだろうと思っていたので予想内の結果だったが、それより収納キューブには10メートルの長さのものが簡単に収納できたことに驚いた。
「この壁の先には何もなさそうだってことがわかったから昼の準備をしよう」
俺はまな板と、加熱板と水筒をとりあえずキューブから取り出して路面に置いた。ビニールシートがあればよかったが、そういったものは売ってないんだよなー。大判の毛布でもいいかもしれないが、料理する以上回りは汚れるし向かないよなー。
これは諦めるしかない。
「楽しみだね」
「そうですね」
「それで何を作ろうか?」
「まずはスープよね」
「あとは?」
「ステーキかな? 温野菜も欲しいよね」
「まだ昼だし、最初だからスープとパンだけでいいんじゃないですか?」
「そうだね。まずはスープから試してみよう」
「野菜を切ってからだな。
イモとタマネギとニンジンを入れておけばいいかな?」
「いいんじゃない。わたしたちが食堂で食べてるスープの中に入っているのもそんなものだし」
「わかった。それじゃあ、皮をむこうか」
野菜をキューブから取り出してまな板の上に取り出した。イモとニンジンには表面に土がこびりついていたので洗った方がいい。
水が飛び散るのでちょっと離れたところにケイちゃんと移動して、俺は水筒から水を出す係になりケイちゃんに洗ってもらった。
水洗い用には桶が2つはあった方がいいな。頭の中にメモメモ。
俺たちがイモとニンジンを洗っている間にエリカはタマネギの皮をむいてくれていた。
洗い終えたイモの皮をむいていったのだが、これが結構面倒だ。凸面はそれなりだが凹面の皮をむくのが難しい。
「意外と大変だ」
「イモの皮って食べられるんじゃない。きれいに洗ってるんだから傷んだところだけ切り取れば十分じゃないかな?」
「それもそうか。ニンジンもそれでいいな」
「いいんじゃない」
野菜をざっくり切って用意した鍋に入れて、そのあと、干し肉を適当に切ったものを上から乗っけた。
路面に置いたまな板のまえでしゃがんでする作業なので何気にやりにくい。テーブルでいいけど調理台が欲しいところだ。
鍋をまな板の上に置いた加熱板の上に置き、上から水筒で水をひたひたになるまで入れて蓋をして、加熱板を『強』にした。
鍋の大きさは中鍋だけど、おそらく5、6人分のスープができるはず。
鍋が沸騰するまで3人でジーッと眺めていたんだけど、こういったものはダンジョンの中でわざわざ料理しなくても外で料理してそのまま収納キューブに入れた方が効率いいような気がする。キューブに入れておけばいつだって熱々なんだし。
となると台所が必要になるんだよなー。
今のギルドの寮では無理だし。
もう少し稼ぎが良くなったら、家でも借りるか? 美少女二人と夢の一つ屋根の下生活。今も一つ屋根の下ではあるが、戸建ての屋根と集合住宅の屋根は意味が違うものな。
そのためにも稼がねば!
「エド、またニヤニヤしてるけど、鍋を見ててそんなに面白いことあるの?」