第46話 新生サクラダの星
ケイちゃんの歓迎会の翌日。
朝食前にエリカが俺にチームとしての出費分の半分を渡してくれた。
そういうところがキッチリしている女子は好感が持てる。
玄人、素人問わず、金銭面でキッチリした人間は信用できるし信用していい。その逆もまた真。
ケイちゃんが部屋を出てきたところで3人揃って1階に下りていき雄鶏亭で朝食を摂った。
食事中1階層に現れるモンスターについて俺とエリカでケイちゃんに簡単に説明しておいた。
「……。1階層のモンスターについてはこんなところで、1階層から3階層までは種類は変わらないけど階層が下るにつれて少しずつ手強くなってくる感じだ」
「分かりました」
「今日はケイちゃんにとってのでデビュー戦だから1階層でしばらく流してから、問題ないようなら2階層に行こうか? それでどうだろ?」
「それでいいんじゃない」
「はい」
ケイちゃんも昨夜のうちに出撃準備を整えているということだったので、予定通り食事が終わったら部屋に戻り装備を整えて出撃することになった。
正確ではないが時刻的には7時少し前に俺たち新生サクラダの星の3人は渦の横に立っていた。
「それじゃあ、俺、エリカ、ケイちゃんの順で入っていこう。
渦を抜けたら後続の邪魔にならないようにそのまま少し歩いてそれから右にズレよう」
「うん」「はい」
前の人に続いて渦をくぐって1階層の空洞に出てた俺は、そのまま先に進んでから少し右にズレた位置に立った。エリカが続いて俺の隣りに立ち、ケイちゃんも戸惑うことなく俺たちの前に立った。
「ここが1階層。ここだけに出入り口の渦があるけど、他の階層も渦以外は似たようなものだから」
「はい」
「それじゃあ、地図を見ながら適当に進んでいくか。
おっと、忘れていたけど、ケイちゃん、目の方はどうだ?」
「暗くないわけではないけど、いろんなものの見分けははっきりしています」
「よかった。ランタンは点けなくてもよさそうだろ?」
「はい。これなら弓の狙いに支障はありません」
「モンスターを見つけたらケイちゃんが最初に弓矢でダメージを与える。そのあと俺とエリカで残ったモンスターをたおし、矢を受けたモンスターにとどめを刺す。で、いいかな?」
「それで、いいんじゃない」
「はい」
「ケイちゃんの腕だと、まだ1階層だし、ダメージだけじゃなくってそのままたおしてそうよね」
エリカの言うようにケイちゃんの腕前なら1階層は余裕だろう。適当な本坑道を1時間くらい歩いてから、側道を通って2階層に下る階段につながる本坑道に出よう。と、俺は一応作戦を立てておいた。
1階層の地図を見ながら歩くことだいたい30分。
前方から近づいてくるモンスターの気配に気づいた。
「まだ見えないけど、前からモンスターが近づいてきている」
俺のその言葉で、エリカが双剣を鞘から抜き、ケイちゃんも矢筒から矢を抜き出して弓に軽くつがえた。もちろん俺もレメンゲンを抜いた。
そのまましばらく待っていたら、近づいてくるモンスターは大グモだった。
「大グモだ」
「見えた」
「いきます!」
弓の弦が元に戻る鋭い音と同時に俺の脇を矢がすり抜けていき、矢は大グモの頭の真ん中、人で言えば眉間の真ん中に突き刺さり、大グモはその場で足を折って動かなくなってしまった。ヘッドショットというのだろう。
「すごい! エリカの予想通り一撃だった」
「見事ね」
「それほどでも」
「大グモは頭に毒腺があってそれをギルドが買い取ってくれるんだ。何でも毒が薬の材料になるらしい」
初心者のケイちゃんに説明しておいた。
「それじゃあ、頭を回収しよう」
各自武器を納め、大グモのところまで歩いて行き、俺がまず大グモの頭に突き刺さった矢を引き抜き、ケイちゃんに渡した。ケイちゃんが受け取った矢をボロ布できれいにしている間に俺はナイフで大グモの脚を斬り飛ばし、脚がなくなってスッキリした頭を胴体から切り離してエリカに渡した。
エリカは受け取った大グモの頭の切り口にボロ布を巻くようにして自分のリュックに回収した。
俺は俺でナイフをボロ布でよく拭いて腰の鞘に戻しておいた。
「これなら2階層でも問題ないな」
「というか3階層も余裕じゃない?」
「よし、それじゃあ3階層まで下りてみよう」
「りょうかーい」
「はい。でも大丈夫かな?」
「大丈夫、大丈夫。ケイちゃんの腕なら全然大丈夫」
俺は地図を見ながら最短コースで2階層への階段に続く本坑道を目指すべく二人を先導していった。
側道を通ってショートカットすることで2階層への階段前には30分ほどでたどり着いた。
「エド、結構簡単にたどり着いたね」
「うん。最初、この本坑道からあまりズレていない坑道を選んだからな」
「さすがはリーダー。先を見越してたんだよね」
「まあな」
「これが階段なんですね」
「うん。60段あるから気を付けて。特に下りはね」
「はい」
階段も俺が先頭になって下りていった。
「そういえば、ケイちゃんは足の方は大丈夫。疲れていない?」
「1時間以上歩いていると思うけど、少しも疲れていません。1時間も歩けば少しは疲れるんですが不思議です。あれ、これってエドの剣の力?」
「可能性はあるな。でもまだ1時間だし。昼ごろまで歩いてそれでも疲れていなかったらそういうことだろうな」
「分かりました」
「それじゃあ、このまま3階層を目指そう」
「りょうかーい」「はい」
なんだか、今日のエリカはやけに軽いな。仲間ができて少し浮かれているのか?
何事もなく30分ほど歩いて3階層への階段前に到着した。
「階段を下りたところで小休止しようか」
「りょうかーい」「はい」
エリカは相変わらずだ。
60段下り切り3階層の空洞に出た。
階段前から少しずれたところに移動して、そこでリュックや装備をいったん下ろして各自水を飲んだ。エリカは干しブドウの入った袋を取り出してケイちゃんや俺に勧めてくれた。
そこで10分ほど小休止する間に、3階層での作戦を二人に伝えておいた。作戦は適当に歩いて目に付いたモンスターをたおす。ただそれだけ。今の時刻は10時ごろのハズなので、2時間ほど坑道を歩き回り、そこで昼休憩をとってから帰途につく。
「よし、そろそろ行こうか?」
「はーい」「はい」
準備が整ったところで、俺は適当な坑道を選んで地図を見ながら先を進んでいった。
ここでも30分ほど歩いたら、前方からモンスターが近づいてくる気配がした。
今回のモンスターはおそらく大ウサギだ。
俺が言わなくても二人もモンスターの気配に気づいたようですぐに臨戦体制に移行した。
大ウサギが2匹こっちに向かってきているのが見えた。
「いきます!」
ケイちゃんのその言葉と同時に弦が元に戻る鋭い音が響き、俺の近くを矢が抜け、左側を進んでいた大ウサギに命中した。
大ウサギのこぶにあたってしまえば矢が刺さるとは思えなかったのだが、ケイちゃんの放った矢は大ウサギのこぶの下側、鼻の根元辺りに突き刺さり、大ウサギは近づいてきた勢いのまま坑道の路面の上を転がり動かなくなった。今回も一撃だった。
残った右側の大ウサギが距離にして5メートルくらいまで近づいてきたところでまたケイちゃんの声がした。
「いきます!」
二の矢は吸い込まれるようにもう一匹の大ウサギに命中して大ウサギはしばらく路面に転がって動かなくなってしまった。笑っちゃうくらいにケイちゃんは弓がうまかった。まさに名人。この調子ならそのうち名人伝(注1)の不射の射も会得してしまいそうだ。
俺とエリカは動かなくなった大ウサギの首にナイフを突き立てて止めを刺してやり、それから矢を抜いた。残念ながら1本は繋がってはいたが真ん中あたりで折れていた。
「ケイちゃん、折れた方の矢はどうする?」
「矢尻は使えますから、いただきます」
2本ともケイちゃんに渡した。ケイちゃんは折れていない方の矢をボロ布で拭いて矢筒に戻し、折れた矢もボロ布で拭いてリュックにしまった。
「これから血抜きするからケイちゃんは見ていけばいいから」
俺とエリカで大ウサギの頭が下になるようにして坑道の壁にもたれかけて血抜きをし、血が出なくなったところで2匹とも俺のリュックにしまった。
「エド、もう1匹リュック入れられそう?」
「1匹なら入れられる」
「エド、大丈夫なんですか?」
「大丈夫」
「これもその剣の力?」
「そうだと思う。それじゃあそろそろ行こうか」
「うん」「はい」
2匹の大ウサギで膨らんだリュックを背負った俺は、二人を先導しての移動を再開した。
注1:名人伝
中島敦『名人伝』https://www.aozora.gr.jp/cards/000119/card620.html