第336話 蛇足2。終話
15歳でロジナ村を後にしてサクラダに向かう途中でエリカと出会い、ダンジョンワーカーに成ってから80年。
ずいぶん遠くまできたものだ。
全世界統一とまではいかなかったが、目論見通りほとんどの国が俺というかツェントルムなしでは立ちいかなくなった。
40歳になる前に21世紀で実現できていた技術について思い出せる範囲で覚書を書き終え、それから、何かのはずみで急に思い出したことも付け加え続けてきた。
大陸には鉄道網がめぐらされ、海洋には動力船が行き来している。
そして空は複葉機から単葉機に切り替わり、硬式気球から大型飛行機に切り替わっていった。研究所ではジェット機の試作に取り掛かっている。時代的には20世紀中盤といったところか。
電子関係の技術は思った以上に進んでおり、真空管の時代はあっという間に通り過ぎてトランジスターが実用化されている。
もちろん電話もある。テレビは現在開発中だが、ラジオ放送は何局もある。
俺の念願だったコミックもなかなかのものが出版されている。
百科事典もすでに版を重ねており、版を重ねるごとに巻数が多くなっている。百科事典については外部への閲覧は禁じており、厳しい審査を通った者だけが閲覧可能だ。
各国にはツェントルム製の発電所が建ち、それらが全ての電力を供給している。その発電所の主要技術者はツェントルムから派遣している。10年ほど前とある国が発電所を接収しようとしたことがあったが、ただちにその国の全発電所を停止し、10日後その国の政府は転覆した。その国の政府の動き自体は事前に把握していたが、一罰百戒の意味も含めて暴挙の実行を許してやった。その後、しばらくの間、ライネッケ軍の陸軍部隊が駐留しその国の治安を維持した。
俺は15年ほど前に子どもたちに諸々を継がせ、現役を退いている。この筋書きを描いたのも俺じゃなくって娘のエルザ・ライネッケ閣下ですよ。
5年前、ドリスが亡くなった。生涯独身だったドリスには後継者はおらず遺言でヨーネフリッツ全土を俺に託した。貴族の反発もなくすんなりとした禅譲だったが、すでに引退して久しい俺に託されても困るのでエルザに丸投げした。
そういうことなのでエルザがヨーネフリッツのエルザ・ライネッケ1世として即位し、1年度都をツェントルムに遷した。エルザはその後引退して、俺の孫にあたる自分の子に国王の座を譲った。
俺の後継者たちにはもちろん護衛の兵士が付いているのだが、ライネッケ領軍副本部長を引退したペラは彼らを24時間守っていてくれていた。本人は俺の護衛を続けたかったようだが、俺がペラにそう頼んだ。
そうやってペラは護衛を続けてくれていたのだが、ドリスの亡くなった頃に前後してペラのメンテナンスボックスが故障してしまった。その結果ペラの各部は稼働限界を超えてしまった。
研究所でもペラのメンテナンスボックスの構造は全く不明で故障を修理することはできず。メンテナンスボックスの故障から1年後。ペラの機能は完全に停止してしまった。ペラは機能を停止する最後に俺に向かって「マスター。ありがとうございました。楽しかったです」と言ってくれた。なにが楽しかったのかは分からないが、俺も「ありがとう」と言ったらペラはほほ笑んで目を閉じた。将来研究所によってメンテナンスボックスの構造が解明されればペラの目は再び開くことになるだろうがその時には、……。現在ペラの体は研究所の特別室に保管されている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
エリカと結ばれて素人童貞は卒業したのだが、今生では玄人童貞を貫いた。パーフェクト一穴主義ともいう。
俺の死に際にリンガレングに頼んでレメンゲンを壊すと言ってくれていたエリカは2年前に亡くなった。それを境に俺もめっきり足腰が弱くなってしまった。
3カ月前。そのことを思い出してリンガレングにレメンゲンを壊させようと終末回路まで使って試してみたのだが予想通り無駄だった。レメンゲンの力で今までいろいろといい目にあってきたのだから、それでレメンゲンへの対価のことはすっかり諦めがついた。
一度ケイちゃんにミスル・シャフーの加護について聞いたことがある。
ケイちゃんが言うには、おそらく人を越える洞察力を得たのでは。とのことだった。
どうして? と、ケイちゃんに聞いたら、俺が物事に対して何かコメントしたことが外れたことがなかったからだという。確かに俺が考察した事柄は思った通りだったことばかりだったような気がする。なるほど、そういうことか。実感することはなかったけれど腑に落ちた。すごい加護だ。
そのケイちゃんの顔は出会った時と全然変わっていない。奇異な目で見られないために30年くらい前からケイちゃんヴェールで顔を隠している。
そのケイちゃんは月に一度はエルフの里から館に俺をたずねてきてくれている。
前回たずねてきてくれたときは、駅から屋敷にやって来る途中で買って来たというバニラアイスを食べさせてくれた。
今日もバニラアイスを持ってきてくれて食べないかと勧めてくれたのだが、食欲はなかったので断った。そしたらケイちゃんは俺のベッドの横に置かれた椅子に座って俺の頬を触ってくれた。
少しうとうとしていたようだ。レメンゲンが俺を呼んでいるのが分かる。
とうとう今日でケイちゃんともお別れすることになりそうだ。
「ケイちゃん、これでお別れみたいだ。もうすぐお迎えが来ることが分かるんだ。レメンゲンが俺の魂を求めて脈打ってるのがケイちゃんにも見えるだろ?」
「エド、レメンゲンは隣の部屋です。わたしには何も見えせん」
「俺に見えるだけなのか。そういうものかもしれないな。これまでレメンゲンのおかげで2度目の人生は楽しめた。これからその対価を払うだけだ」
ケイちゃんが両手で俺の左手をそっと握ってくれたのが分かった。そこで俺の目の前が暗くなって、そして……。
「エド、エド! ……」
エドモンドの左手の中指にはまって今まで抜けることのなかった漆黒の指輪が今は金色に輝き、すっぽりとエドモンドの指から抜け落ちてケイの手のひらの中に残りやがて輝きが薄れていき最初の時のような銀色の指輪に戻った。
指輪の輝きが薄れていくのと時を同じくして、隣室に置かれていたレメンゲンは黒い鞘ごと砂のように崩れていき、その砂もやがて蒸発するように消えていった。同時に隣で飾られていたバトンもその輝きを失った。
(完)
[おまけ1]
エドモンドの左手の指輪:
名称:魂の錨。指輪をはめた者の魂とのきずなが強くなることで銀色から黒色に変化する。黒色に変化した魂の錨は結びついた魂を世界に繋ぎとめる錨としての力を発揮する。
エドモンドのバトン:
名称:覇者の指揮杖。
ダンジョン内のキーとして作用する。完成体は人数制限なく指揮下の人物の忠誠心と士気を高める。何らかの形で持ち主に直接的な危険を知らせる。
13階層の柱の2階層の泉:
名称:回復の泉。ケガ用、病気用ダンジョンポーションを合わせた効能がある。
金の全身鎧:
銘はゴルドヘルツ(金の心臓)。
神聖教会の金の御子が装着していた金色の全身鎧。装着者の意思により、自身を含め5人までの能力を大幅に向上させることができる。
黄金の女神像:
アララ神を象った黄金の像。
黒剣レメンゲン:
魔剣。契約者の魂を対価に契約する。魂の受け渡しは死に際。
不壊。契約者のあらゆる能力を上げる。契約者とレメンゲンの親和性が高まれば高まるほど契約者および契約者の眷属の能力が高まる。ここでいう眷属とは契約者と親しい者、契約者を慕う者など非常に範囲が広く人数制限はない。
長剣ヘルテ(無慈悲、冷酷)
エリカ・ハウゼンが右手に持つ白銀の長剣。所有者の俊敏性を底上げする。
短剣エルバーメン(慈悲)
エリカ・ハウゼンが左手に持つ白銀の短剣。所有者の俊敏性を底上げする。
ウサツ(烏殺)
ケイ・ウィステリアの持つ短弓。命中率大幅アップ、貫通力アップ、破壊力アップ、クリティカル率アップ、特に頭を狙った場合のクリティカル率は大幅アップする。名前の由来は太陽の象徴であるカラスを射殺した弓の名人羿の伝承にちなむ。
[おまけ2、登場人物]
エドモンド・ライネッケ
主人公。素人童貞のまま泡の国でアノ最中に心筋梗塞で亡くなり、ロジナ村で村長を務める騎士爵カール・ライネッケの4男として異世界転生した。前世での名まえは山田太郎。
ダンジョンワーカーチーム『サクラダの星』と傭兵団『5人』のリーダー。
ヨーネフリッツ王国大侯爵、大元帥。ライネッケ領領主。
人型陸戦兵器ペラ・セラフィムのマスター。
神滅機械リンガレングのマスター。
魔剣レメンゲンの契約者。
4方神の1柱であるミスル・シャフーの使徒。
今生では玄人童貞。一穴主義者。
名字のライネッケは『キツネの裁判』から
エリカ・ハウゼン・ライネッケ(エリカ・ハウゼン)
オストリンデンの商家の娘。エドモンドのサクラダ行きに偶然同行し、ともにダンジョンワーカーとして行動するようになる。その後エドモンドと結ばれる。
ヨーネフリッツ王国伯爵。
ライネッケ領軍本部長。
ケイ・ウィステリア
ハイエルフ。エルフの里の女王。4方神の1柱であるミスル・シャフーの巫女。年齢不詳。
エドモンドをミスル・シャフーの使徒とするため接近。その後エドモンドと行動をともにする。
おそらく転生者。エルフ特有の横長耳は一般人では認識できず人間の耳に見える。
ヨーネフリッツ王国子爵。
ペラ・セラフィム
とある世界に存在していたドライゼン帝国の陸軍省兵器局で開発された人型陸戦兵器 ドールmk9セラフィム。
名は『巻き込まれ召喚』の主人公ショウタがノッペラボウのペラから命名。姓は、兵器愛称セラフィムから自身で名乗る。顔かたちは同じく『巻き込まれ召喚』のヒロインアスカが造形した。
ヨーネフリッツ王国子爵
ライネッケ領軍副本部長
ドーラ・ライネッケ
エドモンド・ライネッケの妹。カール・ライネッケの長女。
出身地であるロジナ村からすぐ上の兄エドモンド・ライネッケにより連れ出され、それ以降エドモンドたちと行動をともにする。
ヨーネフリッツ王国子爵
ライネッケ領軍本部長エリカ・ハウゼン・ライネッケ付副官。ライネッケ領軍実質ナンバースリー。
名前の由来はハイラインの『愛に時間を』に登場する主人公(長命人ラザルス)の宇宙船のAIの名まえから。そのAIは主人公が保護した幼女であり妻であった女性の幼女時代の人格を持つ。
カール・ライネッケ
一兵士からたたき上げで騎士爵に上り現役引退後ロジナ村の村長に。その後、いろいろあってヨーネフリッツ王国伯爵となる。
エドモンド・ライネッケ、ドーラ・ライネッケの実父。
ドリス・ヨルマン
エドモンドたちの力で兄であるヨルマン2世をヨーネフリッツ王国から追い、ヨーネフリッツ王国の女王に即位しドリス・ヨルマン1世を名乗る。
バトー・ヨルマンの4女。
サリー・ジルベルト:ドリス・ヨルマンの護衛、股肱の側近
クララ・シューマン:ドリス・ヨルマンの護衛、股肱の側近
ドロテア・レーベン:ドリス・ヨルマンの護衛、股肱の側近
サクラダダンジョンギルド
トマス・アドラー:ギルド長
ショーン・エルマン:受付嬢
マリナ・クレイ:受付嬢
ハンス・ゴルトマン:買い取り担当
ヨハン・ゼーリマン:鑑定士
ペーター・モール:食堂兼酒場の店長兼給仕
バトー・ヨルマン
元ヨルマン辺境伯。ヨーネフリッツ国王フリッツ4世から禅譲されヨーネフリッツ国王ヨルマン1世に。戴冠式後それほど間をおかず急逝。その死因は公式には不明。
ハンス・ヨルマン、ドリス・ヨルマンの実父。名まえは三国志に登場する馬超の父親馬騰より。
ヘプナー侯爵
ヨルマン領軍本部長。のちヨルマン1世下で横滑り的に国軍本部長に就任。伯爵から侯爵に陞爵するも、ヨルマン2世によって国軍本部長から更迭される。
ホト子爵
ゲルタ守備隊隊長。名まえは、WW2でのドイル軍ヘルマン・ホト将軍から。
ケストナー伯爵
フリッツ4世下での廷臣貴族。国王補佐。
フランツ・ケストナー
ケストナー伯爵の3男。
ハンス・ヨルマン
バトー・ヨルマンの長子。のちのヨルマン2世。
ケイト・エリクセン
フリシア王国エリクセン1世の次女。
のち、ライネッケ領の領都ツェントルムに大使として赴任。
ライネッケから大使殿と呼ばれる。
エドモンドがらみの功績により公爵家を立てる。
マキシミリアム・ミューラー(マックス):ケイト・エリクセンの側近、文官
エンマ・シュナイダー:ケイト・エリクセンの側近、文官
ルーカス・シュミット:ケイト・エリクセンの側近、武官
ハンナ・クライン:ケイト・エリクセンの側近、武官
エリクセン1世
フリシア国王。ケイト・エリクセンの父親。
妾腹の子ながら正妻の子である弟との王太子争いを勝ち抜いて前王を襲い、さらに弟を推す反国王派を一掃して国内を統一。ヨーネフリッツの外征のスキを突きドロイセンと語らいヨーネフリッツに侵攻。エドモンド・ライネッケと敵対する愚を悟り、エドモンド・ライネッケへの追従路線に舵を切る。
神聖教会
ハジャルを聖地とした宗教勢力。強力な騎士団と御子と称する5人の超人を有し、勢力拡大のためには武力介入も辞さない。
モーリス総大主教:神聖教会のトップ。
フィン・カイザー:金の御子。黄金の鎧の力で自己を含めて5人の能力を高めることができる。
リナ・ノーマン:白の御子。フィン・カイザーに次ぐ実力を持つ。設定では転生者。それらしい描写は髪の色だけ。最終的には市井に身を隠し、表の世界から退場。
ウーマ
常闇の女神の眷属の半神が魔法で作り上げた移動住居。首は飾り。ゾウガメの大きさまで小さくなることができる。内部は空間拡張されているため見た目以上の容量がある。移動速度は陸上で時速30キロ。水上で時速10キロ。
リンガレング
とある世界の賢者が作り上げたクモ型対魔神決戦兵器。単独で一国を文字通り滅ぼすことも可能。脚を畳むと球型に変形できる。黄昏のアラファト・ネファルを斃し『常闇の女神』シリーズの主人公ダークンの『常闇の女神』への神化に貢献。
対魔神戦では『神滅回路』をロードするが、通常は『終末回路』をロードして特殊攻撃を放つ。
特殊攻撃:
「神の裁き」;対国家用特殊攻撃。閃光の中で全てが砂になる。影響範囲は地下数百メートルに及び、対象地点から周囲に向けて砂漠化が進行していく。
「神の怒り」:対都市用特殊攻撃。対象上空に雲が渦巻きながら発生し、雲の渦の中心から目標に向けて空から光の柱が突き刺さる。超高温で対象を素粒子レベルまで還元可能。有害放射線が発生する。
「神の鉄槌」:個別対象用特殊攻撃。対象を超低温で凍り付かせ、超重力で押しつぶす。
4方神
北:黒き常闇の女神サルム・サメ
東:青き夜明けの神ミスル・シャフー
南:白き太陽の神ウド・シャマシュ
西:赤き黄昏の神アラファト・ネファル(のちの常闇の女神ダークンたちとリンガレングによって討たれている。ダークンはこれによって神化を果たす)
[おまけ3、言い換え]
四角手裏剣:鉄塊
米:白麦
バナナ:黄色い房のくだもの、アノ黄色いの
マンゴー:ねっとりして甘いの
おにぎり:白麦ボール
ジャガイモ:ダンジョンイモ
トマト:ダンジョン赤玉、赤玉
白みそ汁:白い方の濁りスープ
赤みそ汁:赤い方の濁りスープ
ポーション:水薬
エリクシール:光る水薬
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